宅配クライシスなどに挑む国家プロジェクト、データ活用が要に

内閣府の大型研究支援事業で推進

 内閣府の大型研究支援事業「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」が社会課題からスポンサーの明確な産業課題へとテーマをシフトする。技術開発と並行して現場のデータを集めるためだ。データが新しい資源として認められるようになった現在、成果を実用化する産業界がどんなデータを共有し、業界で運用するかSIPの期間、5年間で固める。人材や資金で困窮する社会課題よりも、産業界が投資可能な産業課題に勝負をかける。

生産から消費まで物流最適化―業界大手の参画必須


 SIPは科学技術によるイノベーションで社会課題を解決しつつ、産業競争力につなげることを目指す野心的なプログラムだ。だがせっかく開発した新技術が、本当に困窮したマーケットでは育てきれないという問題があった。

 特に大量のセンサーネットワークやロボットなど、ハードウエアの投資が前提となる技術は、ユーザーに購買力がなければコストは下がらず普及が難しい。そこで2018年度から始まったSIPの第2期では、データや人工知能(AI)技術に重点を置いた。

 データは今や「データ・イズ・ニュー・オイル」(データは新資源)と言われ、AI技術はデータから価値を抽出する手段として期待されている。

 データやソフトウエアは安く整備でき、投資効果が高い。業界や官民でどのようにデータを共有するのか、SIPを使って技術開発と合意形成を進める。

 例えばSIPの「スマート物流サービス」では、メーカーの生産データから卸・倉庫業者の入出庫データ、運送事業者のトラック動態データ、小売業の店舗在庫データ、消費者の購買データまで、サプライチェーン全体のデータをつなげた「物流・商流データプラットフォーム」を構築する。生産から消費までデータを集めて物流を最適化する。

 プログラムディレクター(PD)を務めるヤマトホールディングス(HD)の田中従雅執行役員は「業界ごとに物流全体の7―8割のデータを集めないと傾向がみえないだろう。効率化するには業界大手の参画が必須だ」と説明する。

最大の課題は各事業者の理解だ。このため、国家プロジェクトでなければ実現不可能な規模の連携を目指す。「(人手不足などにより)戸別配送はこのままでは崩壊を待つだけだ。ECサービスの下で、運搬機能を提供するだけの業界になる。この危機感のもとに団結したい」と訴える。

希望は物流業界に投資体力がある点だ。データ基盤さえできれば各事業者はその上で新サービスを組み立てられる。市民やユーザーが荷物を運ぶタイムシェアリングサービスや中小事業者も大規模最適化の恩恵を受ける。大手物流として、基盤を元にどんなビジネスモデルを描くかの競争になる。

 

農業・材料・医療…データ整備で相乗効果


 一方、「スマートバイオ産業・農業基盤技術」はSIP第1期の農家のための技術開発という側面から、第2期はアグリ・バイオ産業のための技術開発にシフトしている。食品産業とヘルスケアとをつなぐ健康統合データのほか、バイオマテリアルの材料データ、食品・農産物のサプライチェーンの流通データを整備する。

 PDであるキリンHDの小林憲明常務執行役員は、「健康効果の調査は長いものは5年、10年、20年とかかる。企業単独では不可能。まずはSIPで始める」と説明する。

 サプライチェーンのデータ管理は農協の経営問題でもある。社会への本格的な導入に向けて大きな事業者を巻き込めるかが焦点だ。小林PDは「サプライチェーンと健康、材料など、種類の違うデータが整うことで相乗効果が出る」という。食品生産だけでなくサービス化や高付加価値化を志向する事業者でないとついていけなくなるだろう。

 「統合型材料開発システムによるマテリアル革命」もデータが命。第1期は航空機材料の開発を補う形で、データを利用した開発手法を研究してきた。第2期ではその開発手法をメーンテーマに据えた。材料データを集め、必要な性能に合わせてプロセスや組織構造を設計する。対象は高張力鋼板や耐熱材料などだ。

 PDを務める東京大学の岸輝雄名誉教授は、「業界2位や3位の企業はデータ共有に協力的だが、首位がデータを出さない。SIPで成果を示し交渉していく」と話す。

 「AIホスピタルによる高度診療・治療システム」では、10機関にAIシステムを導入し、心拍数や血圧などのバイタルサインや検査データ、全遺伝情報(ゲノム)情報を統合する。

 ただ診療支援や治療法開発などに生かしたいが、臨床試験のようなデータ品質は担保できない。PDを務めるシカゴ大学の中村祐輔教授は「まずはデータのバラつきをデータの量で補う。SIPでデータが整い、有用性が認められれば診療や検査を規格化しようという流れになる」と期待する。

構造革新の機会


 「革新的深海資源調査技術」では南鳥島沖でレアアース(希土類)の分布を調査する。14キロメートル間隔だったボーリング調査を7キロメートル間隔で実施し、データを集めて有望な開発エリアを絞り込む。

 さらに深海2000―3000メートルのレアアース泥を船上に引き揚げる。PDを務める石油資源開発の石井正一副社長は、「陸上の鉱床と競争するため精錬プロセスを検証する。産出国が偏った資源リスクに貢献したい」と意気込む。

 レアアース泥にはヒ素や水銀などの有害物質が含まれる。現在のレアアース主要産出国では有害物質が投棄されているため、「環境対策コストが極めて低い」と指摘されている。日本として資源化を進めるなら環境対策でフェアな競争条件を同時に整える必要がある。

 一方、データそのものは石油のように自噴させる採掘技術と、精製して加工し、商品にまで仕上げる技術の二つが重要だ。SIP全12分野の内、「フィジカル空間デジタルデータ処理基盤」がデータを生み出すセンサーを開発する。さらに「ビッグデータ・AIを活用したサイバー空間基盤技術」がデータを統合して解析し、サービスに落とし込む技術を開発する。

 ともにSIPの基盤技術を開発する形になる。サイバー空間基盤技術のPDを務める慶応義塾大学の安西祐一郎名誉教授は「AIやデータで社会課題を解き、産業構造を革新する機会にしなければならない」と強調する。

 宅配クライシスや資源リスクなどの社会課題解決に向けて参画企業は本気になった。産業競争力につなげるには関連業界の団結が求められる。
耐熱材は航空機のエンジンタービン翼に重要

日刊工業新聞2018年7月12日

小寺 貴之

小寺 貴之
07月13日
この記事のファシリテーター

 自動運転の3D地図データを事業化するダイナミックマップ基盤のように物流業界でもデータプラットフォーム事業者を共同出資などの形で作る計画です。自動運転の実証実験車両は民間の持ち込みなので、SIPの参画企業は本当にヒト・モノ・カネ・データを出して国プロを進めます。開発した技術やデータ解析の成果で求心力を保てないと空中分解も予想され、中核メンバーは本気です。業界の合意形成をどのように導くか官民挙げた試行錯誤が始まります。また技術的なネックになりそうなのが「フィジカル空間データ処理」で進める、安い大量のセンサーです。センサーはデータの源泉の一つであり、センサーにコストがかかると採算ラインが厳しくなります。そのためテーマとして立てられました。基盤技術が別に投資されることで各産業課題は大きなチャレンジができるようになります。

この記事にコメントする

  

ファシリテーター紹介

PRmore

記者・ファシリテーターへのメッセージ

この記事に関するご意見、ご感想
情報などをお寄せください。