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誰が、何を、誰に伝える?【文章ゼミ#01】

「メディア」の語源から読み解くメディア論初歩の初歩
連載にあたって
 私は企業の研究部門に所属していたため,研究レポートや特許,論文を書く機会が多かった。また最近では共著を含む数冊の専門書や一般向けの本を,制約された時間内で書く経験もした。私は社会人になるまでは論文や実用文の書き方の教育を受けていなかったので,自分流を少しずつ改善しながら苦労して対応してきた。

 小学校の作文の時間に,「自分が思ったままに文章を書きなさい」と教育されたが,それはビジネス社会では通用しない。そこで著名な作家の「文章読本」や「上手なレポートのまとめ方」の類のハウツー書を読んだが,それぞれに個性があって迷路に陥ることも多かった。

 こうした経験をもとに,良い技術文書をはやく書くにはどうしたらよいかについて,肩の力を抜いた記事を10回くらい連載してみたい。一つのガイドラインとして,あるいは技術文に関心を持つきっかけとなれば幸いである。

連載で伝えたい内容
① 良い技術書は論理の流れがスムーズで,高度な技術も平易な言葉で説明している。
分かりやすい論理は言葉で形成されるので,書く力と論理力には強い相関がある。

② 純文学小説と異なり,技術文書は殆どの場合,書き手でなく読み手が主役である。
このため読み手が理解してゆく道筋を想定し,文書の論理フローを設計する。

③ 単行本や数十ページ以上の分厚い技術書の執筆に着手するときは,各章・節・項のタイトルとキーワードを記入した原稿仕様書を作成し,あらすじを可視化する。

④ 論理フローの基本ブロックは,一つの主張を塊にした段落(paragraph)である。
段落の先頭には,スライド一枚のタイトルに相当する「主題文」が書かれる。

⑤ 文章が長い時は,論理フローの骨格となる主題文を先に書いて論理展開の透明度を上げる。この主題文に「詳細説明文」を肉付けして主張を強固にする。

⑥ 論理フローの入れ替えが容易なワープロ機能や,参考検索できるインターネットを最大限に活用することで文書作成の生産性を上げる。

7回分までの目次
#1 誰が、何を、誰に伝える?
#2 コミュニケーション論から見た技術文書 (公開予定日6月20日)
#3 論理的に書く能力を上げるには?( 公開予定日6月21日)
#4 生産性の高い書き方 (公開予定日6月22日)
#5 何かを書くために必要な情報の収集・整理法 (公開予定日6月23日)
#6 「矢印」と「箱」で論理透明度を上げる (公開予定日6月24日)
#7 はやく書くためのテクニック (公開予定日6月25日)



誰が、何を、誰に伝える?


この記事のポイント
1、ウェブメディアと紙メディアの違いとは?
2、Mediaとはもともとどんな意味だったのか?
3、相手で変わる伝え方の例



 現在の技術文書の主な伝達媒体は, WebメディアとPaperメディアである。前者は動画やシミュレーションソフトなどにリンクすることができて自由度が高い。その反面、読み手が勝手気ままに別のサイトに移動したり,途中で読むのをやめたりする集中度を欠いた行動もみられる。書き手は,読み手が浮気せずに読み続けてもらうための種々の工夫が必要で,これが表現に対する大きな制約要因になる。一方,紙メディアは入手購入するときに手間と暇と金がかかるが,それが逆に読み手を拘束してくれることで,書き手としては自由度が上がり個性を出した文章が書ける。

 和英辞典で巫女を引くとmediumとある。これは巫女が神と人間の中間にいるからである。日本では,神と人との中を執り持つ神職の中臣(なかとみ,なかつおみ)家が,令外官(今風に言えば特別職)として幕末まで伊勢(神宮)の祭主(まつりのつかさ)を務めていた。今使われているメディアmedia は,mediumの複数形である。

 欧州では中世まで,ローマ教皇がキリストと人間の間にいるメディアであったが,グーテンベルクの活版印刷の発明とマルチン・ルターの宗教改革により,教皇に代わり聖書(書物)がメディアの主役を占めるようになる。ラジオ放送やインターネットなどが誕生してからは,メディアは「情報媒体一般」を意味するようになる。

 技術文書は,表現者が持つ技術に係わる何か(What)を,二人称や三人称の誰か(Whom)に伝えるものであり,一人称の誰か(Who、筆者)と誰か(Whom)との中間にあるメディアである。
メディアは中間にある媒体

 神=表現者と,信者=受け手が異なれば,中間に居る神職の立ち居振る舞い,つまり宗教儀式が変わるように,媒体としての技術文書の書き方も、誰が,何を,誰に伝えるかで変わる。

 今、仮に高耐圧絶縁電線の開発現場で,次のような(1)と(2)の事実があったとしよう。

(1) 実験データとして:耐圧500Vが達成できた。この時の温度条件は-30℃から120℃で,耐久性は1000時間が確認できた。
(2) 技術情報として :これは業界トップデータである。ただし、特許調査によると他社は新素材でこの上の耐圧600Vを狙っているようなので気が抜けない。


 事情を熟知している上司には(1)のデータの報告だけでよい。(2)の業界情報まで付言すると「そんなことはこちら合点承知の助だ,余計なことまで書くな」と言われる。

 一方,(1)のデータだけを担当役員に報告すると,「何が言いたいのだ!」と一喝されるだろう。ここは(2)だけで良く,理由を聞かれれば(1)を補足説明すればよい。

 以上をまとめると,誰が,何を,誰に伝えるかと,技術書のスタイル(たとえば大きな図表は,A4の紙媒体であればA3の折り畳みで,電子媒体であればズームやスクロールのアップ/ダウンで対応するなど媒体の特徴)でメディアとしての適性が変わる。

次回:#2 コミュニケーション論から見た技術文書 (公開予定日6月20日)
筆者プロフィール:廣田幸嗣(ひろた・ゆきつぐ)
1946年生まれ。1971年、東京大学工学系研究科電子工学修士課程修了。同年,日産自動車入社。同社総合研究所でEMC,ミリ波レーダ,半導体デバイスなどの研究開発に従事。この間,商品開発本部ニューヨーク事務所に3年間駐在。2015年3月まで,日産自動車で技術顧問,カルソニックカンセイでテクノロジオフィサ,放送大学非常勤講師。
人工知能学会理事,技能五輪シドニー大会電子組立エキスパート,東大大学院非常勤講師などを歴任。

主な著書
「とことんやさしい電気自動車の本 第2版」 (日刊工業新聞社)
「ワイヤレス給電技術入門」 (共著,日刊工業新聞社)
「電気自動車の制御システム」 (編著,東京電機大学出版局)
「電気自動車工学」 (編著,森北出版)
「パワーエレクトロニクス回路工学」 (編著,森北出版)
「バッテリマネジメント工学」 (編著,東京電機大学出版局)
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
「トコトンやさしい電気自動車の本」は脱稿(書き終わること)まで2ヶ月だったそうです。「どうしてはやいのですか?」と聞くと、色々なポイントを教えていただきました。それが今回の連載につながりました。「論理的に物事を考えたい、書きたい」「伝わる文書をはやく書きたい」という方に是非読んでいただきたいです。

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