【川崎フロンターレ 中村憲剛×篠田洋介】 J1制覇のフィジカルトレーニングを語る
人間の本能とテクノロジーを両立できれば、サッカーの未来は面白くなる
第一線で活躍するトップアスリートと選手・チームを支えるスタッフとの対談を通じて、「SPORTS×ICT」の可能性を探る新シリーズ。J1王者「川崎フロンターレ」の中村憲剛選手と篠田洋介フィジカルコーチに、悲願のタイトル獲得を成し遂げた強さの秘訣、ICTを活用した最新トレーニング、スポーツの未来などを伺います。
―昨シーズンはクラブ史上初のJ1制覇を成し遂げた川崎フロンターレ。優勝した時はどんなお気持ちでしたか?
中村「なんでしょうね......言葉で言い表せないような感情がありました。クラブ創設から21年、僕自身も15年ここにいて、やっと獲得できたタイトルでしたから。今まで8回準優勝で、あと一歩のところで優勝を逃してきて、一体どうしたら獲れるんだろうって考えて、考えて、でも勝てなくて......。とにかくいろんなものを背負ってやってきたので、やっと獲れたという安堵感もありましたし、もちろん嬉しさもありましたし、清々しさもありました」
篠田「最後まで諦めず、本当に選手一丸となって勝ち取ったタイトルだと思います。憲剛と同じように、僕もすごく嬉しかったですし、ほっとする気持ちもありましたね」
―タイトルを獲得してから、チームの雰囲気やご自身の気持ちなどに何か変化はありましたか?
中村「自分たちはそこまで変わってないと思うんですけど、周りの見る目はとにかく厳しくなりましたね。一回負けただけで、まぁまぁ叩かれますから(苦笑)。でも、それはやっぱり、チャンピオンならではだと思います。あとはやっぱり、対戦するチームが今まで以上に自分たちを研究し尽くしてくるようになったというか、倒すんだっていう気概をものすごく感じますね。ただ、そうしたプレッシャーをはねのけて勝つことで自分たちがまた力をつけて、さらに強くなれるんじゃないかなと思います。今年も優勝して、あの景色を見たいです。本当に最高でしたから」
―タイトルを獲得できた要因や川崎フロンターレの強さの秘訣はどこにあるとお考えですか?
中村「昨シーズンは自分たちの哲学でもある「攻撃的サッカー」を貫けたし、守備も強化して、より隙がない戦い方ができたと思います」
篠田「フロンターレの強さの秘訣は、トレーニングに対する選手の高い意識やチームの一体感にもあると思います。僕は昨シーズンから加入したのですが、それまでフロンターレには5年ほどフィジカルコーチがいなくて、ウォーミングアップも個人個人でやっていたと聞いています。そんななか、僕のアプローチを選手たちがどう受け止めるかなという思いもあったんですが、最初のキャンプから誰一人手を抜くことなく、タイトル獲得という目標に向かって、細かな練習にも一生懸命取り組んでくれました」
中村「久々にチーム全員でフィジカルトレーニングをするようになって、すごく新鮮でしたね。僕も年齢が年齢だし、正直、フィジカルトレーニングってあまり好きじゃないので、最初は「ものすごい鬼コーチだったらどうしよう......」と不安もあったんです(笑)。でも、篠田さんはすごく気さくだし、説明が丁寧でわかりやすい。選手の体調とか試合までの日程とかを見ながら今のチームにベストなやり方を選んでくれますし、どんなことも気軽に話せます。僕だけでなく、うちの選手はみんな篠田さんのことを信頼していると思いますね」
―篠田コーチが加入された背景には「ケガ人を減らす」というチームの課題があったそうですね。
中村「はい。それまでうちは毎年ケガ人に悩まされていましたし、僕自身もケガで試合に出られないということがありました。試合中は激しいボディコンタクトもあるし、それで起こるケガはしょうがないんですけど、うちは肉離れなど、筋肉系のケガが多かったので、篠田さんが来てそこにアプローチしてくれたことは、チームにとってすごくプラスになりました。シーズン後半はケガ人も減りましたし、フィジカルトレーニングの効果が出たんじゃないかと思います」
篠田「フィジカルコーチとして、僕が大事にしているのは「ケガをしない身体づくり」です。ケガをしなければしっかりと練習ができるから、自然とコンディションがアップする。そうすれば試合でのパフォーマンスも上がって、チームの勝利を引き寄せることができると考えています。あとは、選手が楽しく、笑顔でトレーニングすることも、一つのケガ予防だと思っているので、くだらない話をしながら、やることはしっかりやるというのを心がけていますね」
中村「練習中の篠田さんはいつもニコニコしながら指示を出すんですけど、内容はかなりキツいんです。うちら選手は篠田さんに完全に騙されてますね(笑)。でも、楽しみながらキツい練習がやれるというのは、すごくありがたいことだと思っています」
―中村選手は現在37歳ですが、歴代最年長(36歳)でJリーグ年間最優秀選手賞を獲得したり、J1通算400試合出場も達成するなど、今も第一線で活躍しつづけています。常に高いコンディションをキープするために、何か心がけていることはありますか?
中村「いや、特にないです。その時その時でベストだと思うことをやっているだけで...」
篠田「本人はこう言ってますけど、憲剛は自分の身体と対話ができる選手です。自分の身体を客観視して、今どんなコンディション管理が必要かを考え、それをきちんと実践している。だからフィジカルが強いんです。これは現役を長くつづけている選手に共通して言えることでもありますね。憲剛の場合、見た目がゴツいわけではないし、試合を見ていてもフィジカルが強いイメージはあまりないかもしれないですけど、それは経験を積んで状況に応じてパワーをコントロールできるようになったということ。今、チームで瞬発力やジャンプ力などを測定する体力テストをやっても若手を抑えて上位にきますよ。僕は密かに憲剛のことを「隠れフィジカルプレーヤー」って名付けています」
中村「隠れフィジカルプレーヤー! その表現、いいですね」
篠田「年齢を重ねても持久力というのはある程度キープできるんです。でも、サッカーに必要不可欠な瞬発力や筋力というのは、トレーニングで常に身体に叩き込んでおかないと衰えてしまう。若い時はちょっと休んでもすぐに回復できるけど、年齢を重ねると回復までの期間が長くなる傾向にあるので、自分の身体としっかりと対話をして、必要なケアを毎日少しずつ継続してやっていくことが第一線で活躍しつづけるために、とても重要なことだと思います」
―フロンターレでは、今年からフィジカルトレーニングにスポーツブラ型のIoTデバイスを取り入れているそうですね。海外のビッグクラブが先駆けて導入し、公式試合でも使用が解禁されて注目を集めている装具ですが、その大まかな仕組みと使用するメリットを教えてください。
篠田「スポーツブラ型のインナーにGPSや心拍計、加速度センサー、地磁気センサーなどが内蔵されていて、選手が身につけてプレーすることで、走行距離やスプリント回数、加減速の回数、ターンの回数、運動負荷、心拍数など、たくさんのデータがリアルタイムに取得できます。フロンターレでは、そのデータを実際の映像と照らし合わせながら試合の振り返りをしたり、選手個々の特性や筋肉にかかっている負荷に合わせて練習メニューを組み立てるという使い方をしています」
中村「選手としては、自分たちに課せられたメニューをしっかりこなすだけなので、特に何かが変わるわけではないんですけど、コーチがこうしたデバイスを使うことで練習メニューがより緻密なものになるのはいいですよね」
篠田「こうしたデバイスを使う大きなメリットは、データを参考に負荷をコントロールすることでオーバーワークよるケガのリスクを軽減できることだと思います。もちろんデータが全てではないんですが、運動強度をどのくらいにするかというのは、これまで我々コーチの経験や勘によるところが大きかったので、そこをデータがバックアップしてくれるというのは心強いです」
中村「今後データがどんどん蓄積されていけば、いろいろ応用できそうですよね。例えば、ケガをした時にどうやって回復していったのかがデータとして残っていれば、リハビリにすごく役立つでしょうし。あらゆるデータを長期的に取り続けることって、これからすごく重要になってくると思いますね」
篠田「海外のクラブに続いて、Jリーグでも多くのクラブがこういったICTデバイスを導入しはじめていて、世界的なスタンダードになりつつあると感じています。デバイスの開発も進んでいて、今後はもっと小型化されていくでしょうし、映像とリンクして、例えば、選手画像をクリックするだけで走行距離やターン数がリアルタイムで分かるようになったり、チームに必要なデータだけが瞬時に可視化されたり、どんどん使いやすくなっていくんじゃないかと思います」
―2020年をきっかけに、スポーツでもICT活用が急速に進んでいくと考えられていますが、サッカーにおいてはどのような活用を望まれますか?
篠田「ジュニア世代へのICT活用ですね。ジュニアの子たちがプロに上がるまでのデータがあると、より効果的な育成プログラムが開発できるはずです。あと、スマホと連動して、その日の体調、睡眠、栄養、体重、起きた時の気分などを練習前に把握できるようになると、よりきめ細やかなコンディション管理ができるようになりますね。これは一般の方の健康管理にも応用できると思うので、今後はそういったところに富士通さんのテクノロジーが活用されることを期待しています」
中村「僕は、誰もがあっと驚くような画期的なもの......それこそ、ドラえもんの世界じゃないですけど「どこでもドア」みたいなものが早くできないかな、と思っています。なんだか小学生みたいな発想ですけど(笑)、長時間の移動って選手にとってはものすごい負担なんです。今年はACL(アジアチャンピオンズリーグ)に出場していますが、国内でJリーグの試合をして、そのまま飛行機で海外に行って、翌日練習して、次の日にはアジアのクラブチームと試合...というようなハードスケジュールもあたりまえのようになっています」
篠田 「『どこでもドア』とまでは行かなくても、疲労の度合いを計測できるデバイスなんかは近い将来、実現可能なんじゃないでしょうか」
中村「あ、それ欲しい! 疲労の感じ方って人それぞれだし、精神論じゃないですけど、選手って限界を超えていても気持ちでカバーして「大丈夫です」と無理をしてしまうことがある。もし疲労を計測できるデバイスがあれば、監督やコーチが「この数値が出ているから使わない」と冷静に判断して、ケガを未然に防げるかもしれないですよね。ちょっと恐ろしい話でもありますけど」
篠田「唾液や尿でストレスの度合いを計測するデバイスなどもあるんですが、もっと確実かつ簡単にデータを取れるようになってほしいですね。例えば、睡眠時に寝具などから疲労度を測定して、なおかつ効率的にリカバリーできるようなシステムができたら画期的だと思います」
―ICT活用でサッカーがどう進化していくのか、注目ですね。最後に、今後の目標や、お二人が思い描いているサッカーの未来像について教えてください。
中村「今年は、全ての大会でタイトルを獲ることを目標にしています。そのためにもケガをせず、毎日のトレーニングを全力でこなして試合で結果を残したい。一年一年が真剣勝負なので、あまり先のことは考えていません。自分がこのチームで有益である限りはやりつづけたいです」
篠田「チームを支える立場としては、昨年よりもさらに体力面、パワー面を向上させて、チームのコンディショニングアップに取り組んでいきたいと思っています」
中村「サッカーの未来は......どうなっていくんでしょうね。僕がサッカーを始めた頃と今でも全然違うので、この先どうなるか想像がつきません。ただ、気合とか根性とかっていう精神論だけじゃなくてICTなしでは成り立たなくなる時代がすぐそこまできているなとは感じます。もちろん精神論は必要だし、今後もなくならないと思いますが、ICTを導入することで実際に成果も上がってきているし、世界的な流れもあるので、テクノロジーを取り入れる動きは今後、どんどん加速していきそうですね」
篠田「精神論や昔のトレーニングが意味のないものというわけではないので、それらの科学的な裏付けを取りながら、より良いものを生み出していけたらいいですよね。未来を予測するのはなかなか難しいことですけど」
中村「そう。でも、予測できないからこそ、人は未来に惹かれるんですよね。先が見えないところを毎日必死にあがいていくことで切り拓かれていくというか、実際にそうやって僕は生きてきて、毎日毎日頑張って練習して、試合に出て、結果を残すことで自分の可能性を少しずつ広げてきたと思っています。今の子供たちが大人になる頃には、きっといろいろなことが適切にコントロールされて整理整頓された時代になるんでしょうけど、あまりにもデータ重視になって、選手が本来持っているたくましさみたいなものが失われてしまうのは寂しい気もします。たぶん、人間の本能的な部分とテクノロジーをバランスよく両立していくことが大切で、そうすれば、サッカーの未来は面白いものになるんじゃないかと思います」
【中村憲剛】
1980年10月31日生まれ、東京都小平市出身。
2003年、中央大学から川崎フロンターレに入団以来、クラブひと筋16年目を迎えるベテラン。日本代表でも活躍し、2016シーズンにはJリーグ最優秀選手賞を受賞。日本を代表するサッカー選手。試合の流れのなかで対戦相手の穴を見つけ、卓越したテクニックと戦術眼でその急所を突く名手。今年、37歳を迎えるが、勝負どころで発揮される老獪なプレーは衰え知らず。昨シーズン、念願だったJリーグの初タイトルを手に入れた。クラブを支えてきた人々の思いを背負い、新シーズンもプレーする。
【篠田洋介】
1971年9月19日生まれ、栃木県宇都宮市出身。
アメリカの大学、大学院で医学、運動生理学やスポーツ心理学などの基礎を学び、指導者としてのキャリアをスタート。2004年から横浜F・マリノスでフィジカルコーチを務める。長年の実務で培った経験を生かし、昨シーズンから川崎フロンターレのフィジカルコーチに就任。選手からの絶大なる信頼を受け、チームと選手のコンディションをサポートしている。>
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この記事は、2018年4月27日にFUJITSU JOURNALに掲載されたものです。
悲願のJ1制覇!選手たちを支えたフィジカルトレーニングの秘策
http://journal.jp.fujitsu.com/2018/04/27/01/
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―昨シーズンはクラブ史上初のJ1制覇を成し遂げた川崎フロンターレ。優勝した時はどんなお気持ちでしたか?
中村「なんでしょうね......言葉で言い表せないような感情がありました。クラブ創設から21年、僕自身も15年ここにいて、やっと獲得できたタイトルでしたから。今まで8回準優勝で、あと一歩のところで優勝を逃してきて、一体どうしたら獲れるんだろうって考えて、考えて、でも勝てなくて......。とにかくいろんなものを背負ってやってきたので、やっと獲れたという安堵感もありましたし、もちろん嬉しさもありましたし、清々しさもありました」
篠田「最後まで諦めず、本当に選手一丸となって勝ち取ったタイトルだと思います。憲剛と同じように、僕もすごく嬉しかったですし、ほっとする気持ちもありましたね」
―タイトルを獲得してから、チームの雰囲気やご自身の気持ちなどに何か変化はありましたか?
中村「自分たちはそこまで変わってないと思うんですけど、周りの見る目はとにかく厳しくなりましたね。一回負けただけで、まぁまぁ叩かれますから(苦笑)。でも、それはやっぱり、チャンピオンならではだと思います。あとはやっぱり、対戦するチームが今まで以上に自分たちを研究し尽くしてくるようになったというか、倒すんだっていう気概をものすごく感じますね。ただ、そうしたプレッシャーをはねのけて勝つことで自分たちがまた力をつけて、さらに強くなれるんじゃないかなと思います。今年も優勝して、あの景色を見たいです。本当に最高でしたから」
笑顔でのトレーニングもケガ予防に
―タイトルを獲得できた要因や川崎フロンターレの強さの秘訣はどこにあるとお考えですか?
中村「昨シーズンは自分たちの哲学でもある「攻撃的サッカー」を貫けたし、守備も強化して、より隙がない戦い方ができたと思います」
篠田「フロンターレの強さの秘訣は、トレーニングに対する選手の高い意識やチームの一体感にもあると思います。僕は昨シーズンから加入したのですが、それまでフロンターレには5年ほどフィジカルコーチがいなくて、ウォーミングアップも個人個人でやっていたと聞いています。そんななか、僕のアプローチを選手たちがどう受け止めるかなという思いもあったんですが、最初のキャンプから誰一人手を抜くことなく、タイトル獲得という目標に向かって、細かな練習にも一生懸命取り組んでくれました」
中村「久々にチーム全員でフィジカルトレーニングをするようになって、すごく新鮮でしたね。僕も年齢が年齢だし、正直、フィジカルトレーニングってあまり好きじゃないので、最初は「ものすごい鬼コーチだったらどうしよう......」と不安もあったんです(笑)。でも、篠田さんはすごく気さくだし、説明が丁寧でわかりやすい。選手の体調とか試合までの日程とかを見ながら今のチームにベストなやり方を選んでくれますし、どんなことも気軽に話せます。僕だけでなく、うちの選手はみんな篠田さんのことを信頼していると思いますね」
―篠田コーチが加入された背景には「ケガ人を減らす」というチームの課題があったそうですね。
中村「はい。それまでうちは毎年ケガ人に悩まされていましたし、僕自身もケガで試合に出られないということがありました。試合中は激しいボディコンタクトもあるし、それで起こるケガはしょうがないんですけど、うちは肉離れなど、筋肉系のケガが多かったので、篠田さんが来てそこにアプローチしてくれたことは、チームにとってすごくプラスになりました。シーズン後半はケガ人も減りましたし、フィジカルトレーニングの効果が出たんじゃないかと思います」
篠田「フィジカルコーチとして、僕が大事にしているのは「ケガをしない身体づくり」です。ケガをしなければしっかりと練習ができるから、自然とコンディションがアップする。そうすれば試合でのパフォーマンスも上がって、チームの勝利を引き寄せることができると考えています。あとは、選手が楽しく、笑顔でトレーニングすることも、一つのケガ予防だと思っているので、くだらない話をしながら、やることはしっかりやるというのを心がけていますね」
中村「練習中の篠田さんはいつもニコニコしながら指示を出すんですけど、内容はかなりキツいんです。うちら選手は篠田さんに完全に騙されてますね(笑)。でも、楽しみながらキツい練習がやれるというのは、すごくありがたいことだと思っています」
―中村選手は現在37歳ですが、歴代最年長(36歳)でJリーグ年間最優秀選手賞を獲得したり、J1通算400試合出場も達成するなど、今も第一線で活躍しつづけています。常に高いコンディションをキープするために、何か心がけていることはありますか?
中村「いや、特にないです。その時その時でベストだと思うことをやっているだけで...」
篠田「本人はこう言ってますけど、憲剛は自分の身体と対話ができる選手です。自分の身体を客観視して、今どんなコンディション管理が必要かを考え、それをきちんと実践している。だからフィジカルが強いんです。これは現役を長くつづけている選手に共通して言えることでもありますね。憲剛の場合、見た目がゴツいわけではないし、試合を見ていてもフィジカルが強いイメージはあまりないかもしれないですけど、それは経験を積んで状況に応じてパワーをコントロールできるようになったということ。今、チームで瞬発力やジャンプ力などを測定する体力テストをやっても若手を抑えて上位にきますよ。僕は密かに憲剛のことを「隠れフィジカルプレーヤー」って名付けています」
中村「隠れフィジカルプレーヤー! その表現、いいですね」
篠田「年齢を重ねても持久力というのはある程度キープできるんです。でも、サッカーに必要不可欠な瞬発力や筋力というのは、トレーニングで常に身体に叩き込んでおかないと衰えてしまう。若い時はちょっと休んでもすぐに回復できるけど、年齢を重ねると回復までの期間が長くなる傾向にあるので、自分の身体としっかりと対話をして、必要なケアを毎日少しずつ継続してやっていくことが第一線で活躍しつづけるために、とても重要なことだと思います」
隠れフィジカルプレーヤー「その表現、いいですね」
―フロンターレでは、今年からフィジカルトレーニングにスポーツブラ型のIoTデバイスを取り入れているそうですね。海外のビッグクラブが先駆けて導入し、公式試合でも使用が解禁されて注目を集めている装具ですが、その大まかな仕組みと使用するメリットを教えてください。
篠田「スポーツブラ型のインナーにGPSや心拍計、加速度センサー、地磁気センサーなどが内蔵されていて、選手が身につけてプレーすることで、走行距離やスプリント回数、加減速の回数、ターンの回数、運動負荷、心拍数など、たくさんのデータがリアルタイムに取得できます。フロンターレでは、そのデータを実際の映像と照らし合わせながら試合の振り返りをしたり、選手個々の特性や筋肉にかかっている負荷に合わせて練習メニューを組み立てるという使い方をしています」
中村「選手としては、自分たちに課せられたメニューをしっかりこなすだけなので、特に何かが変わるわけではないんですけど、コーチがこうしたデバイスを使うことで練習メニューがより緻密なものになるのはいいですよね」
篠田「こうしたデバイスを使う大きなメリットは、データを参考に負荷をコントロールすることでオーバーワークよるケガのリスクを軽減できることだと思います。もちろんデータが全てではないんですが、運動強度をどのくらいにするかというのは、これまで我々コーチの経験や勘によるところが大きかったので、そこをデータがバックアップしてくれるというのは心強いです」
中村「今後データがどんどん蓄積されていけば、いろいろ応用できそうですよね。例えば、ケガをした時にどうやって回復していったのかがデータとして残っていれば、リハビリにすごく役立つでしょうし。あらゆるデータを長期的に取り続けることって、これからすごく重要になってくると思いますね」
篠田「海外のクラブに続いて、Jリーグでも多くのクラブがこういったICTデバイスを導入しはじめていて、世界的なスタンダードになりつつあると感じています。デバイスの開発も進んでいて、今後はもっと小型化されていくでしょうし、映像とリンクして、例えば、選手画像をクリックするだけで走行距離やターン数がリアルタイムで分かるようになったり、チームに必要なデータだけが瞬時に可視化されたり、どんどん使いやすくなっていくんじゃないかと思います」
疲労の度合いを計測は近い将来にも
―2020年をきっかけに、スポーツでもICT活用が急速に進んでいくと考えられていますが、サッカーにおいてはどのような活用を望まれますか?
篠田「ジュニア世代へのICT活用ですね。ジュニアの子たちがプロに上がるまでのデータがあると、より効果的な育成プログラムが開発できるはずです。あと、スマホと連動して、その日の体調、睡眠、栄養、体重、起きた時の気分などを練習前に把握できるようになると、よりきめ細やかなコンディション管理ができるようになりますね。これは一般の方の健康管理にも応用できると思うので、今後はそういったところに富士通さんのテクノロジーが活用されることを期待しています」
中村「僕は、誰もがあっと驚くような画期的なもの......それこそ、ドラえもんの世界じゃないですけど「どこでもドア」みたいなものが早くできないかな、と思っています。なんだか小学生みたいな発想ですけど(笑)、長時間の移動って選手にとってはものすごい負担なんです。今年はACL(アジアチャンピオンズリーグ)に出場していますが、国内でJリーグの試合をして、そのまま飛行機で海外に行って、翌日練習して、次の日にはアジアのクラブチームと試合...というようなハードスケジュールもあたりまえのようになっています」
篠田 「『どこでもドア』とまでは行かなくても、疲労の度合いを計測できるデバイスなんかは近い将来、実現可能なんじゃないでしょうか」
中村「あ、それ欲しい! 疲労の感じ方って人それぞれだし、精神論じゃないですけど、選手って限界を超えていても気持ちでカバーして「大丈夫です」と無理をしてしまうことがある。もし疲労を計測できるデバイスがあれば、監督やコーチが「この数値が出ているから使わない」と冷静に判断して、ケガを未然に防げるかもしれないですよね。ちょっと恐ろしい話でもありますけど」
篠田「唾液や尿でストレスの度合いを計測するデバイスなどもあるんですが、もっと確実かつ簡単にデータを取れるようになってほしいですね。例えば、睡眠時に寝具などから疲労度を測定して、なおかつ効率的にリカバリーできるようなシステムができたら画期的だと思います」
先が見えないところを毎日必死にあがいていく
―ICT活用でサッカーがどう進化していくのか、注目ですね。最後に、今後の目標や、お二人が思い描いているサッカーの未来像について教えてください。
中村「今年は、全ての大会でタイトルを獲ることを目標にしています。そのためにもケガをせず、毎日のトレーニングを全力でこなして試合で結果を残したい。一年一年が真剣勝負なので、あまり先のことは考えていません。自分がこのチームで有益である限りはやりつづけたいです」
篠田「チームを支える立場としては、昨年よりもさらに体力面、パワー面を向上させて、チームのコンディショニングアップに取り組んでいきたいと思っています」
中村「サッカーの未来は......どうなっていくんでしょうね。僕がサッカーを始めた頃と今でも全然違うので、この先どうなるか想像がつきません。ただ、気合とか根性とかっていう精神論だけじゃなくてICTなしでは成り立たなくなる時代がすぐそこまできているなとは感じます。もちろん精神論は必要だし、今後もなくならないと思いますが、ICTを導入することで実際に成果も上がってきているし、世界的な流れもあるので、テクノロジーを取り入れる動きは今後、どんどん加速していきそうですね」
篠田「精神論や昔のトレーニングが意味のないものというわけではないので、それらの科学的な裏付けを取りながら、より良いものを生み出していけたらいいですよね。未来を予測するのはなかなか難しいことですけど」
中村「そう。でも、予測できないからこそ、人は未来に惹かれるんですよね。先が見えないところを毎日必死にあがいていくことで切り拓かれていくというか、実際にそうやって僕は生きてきて、毎日毎日頑張って練習して、試合に出て、結果を残すことで自分の可能性を少しずつ広げてきたと思っています。今の子供たちが大人になる頃には、きっといろいろなことが適切にコントロールされて整理整頓された時代になるんでしょうけど、あまりにもデータ重視になって、選手が本来持っているたくましさみたいなものが失われてしまうのは寂しい気もします。たぶん、人間の本能的な部分とテクノロジーをバランスよく両立していくことが大切で、そうすれば、サッカーの未来は面白いものになるんじゃないかと思います」
1980年10月31日生まれ、東京都小平市出身。
2003年、中央大学から川崎フロンターレに入団以来、クラブひと筋16年目を迎えるベテラン。日本代表でも活躍し、2016シーズンにはJリーグ最優秀選手賞を受賞。日本を代表するサッカー選手。試合の流れのなかで対戦相手の穴を見つけ、卓越したテクニックと戦術眼でその急所を突く名手。今年、37歳を迎えるが、勝負どころで発揮される老獪なプレーは衰え知らず。昨シーズン、念願だったJリーグの初タイトルを手に入れた。クラブを支えてきた人々の思いを背負い、新シーズンもプレーする。
【篠田洋介】
1971年9月19日生まれ、栃木県宇都宮市出身。
アメリカの大学、大学院で医学、運動生理学やスポーツ心理学などの基礎を学び、指導者としてのキャリアをスタート。2004年から横浜F・マリノスでフィジカルコーチを務める。長年の実務で培った経験を生かし、昨シーズンから川崎フロンターレのフィジカルコーチに就任。選手からの絶大なる信頼を受け、チームと選手のコンディションをサポートしている。>
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この記事は、2018年4月27日にFUJITSU JOURNALに掲載されたものです。
悲願のJ1制覇!選手たちを支えたフィジカルトレーニングの秘策
http://journal.jp.fujitsu.com/2018/04/27/01/
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