ニュースイッチ

「あいまいさ」による全体最適#02 日本的経営の根幹は何か?

日本企業の真の強みと弱み
 「長らく停滞していた日本の製造業は、(工場)自動化の流れにおいて今再びチャンスを掴もうとしている。そのためには、かつて製造業を発展させてきた日本的経営・企業文化を改めて見、言語化する必要がある」ーー連載#01(5月3日公開)では中国と比較しながら、日本の製造業は「モノを作る方法」を知っているからこそ、次に来るチャンスを掴める可能性があると述べました。今回は、筆者が考える日本的経営の根幹である、現場のコミュニケーションについて述べていきたいと思います。

製造業復興のヒントはどこにあるか


 新しく勃興している業界のニーズは、極めて多様です。ビールはスーパードライや一番絞り、発泡酒など、一時は非常に多くの種類になりました。スマホのアプリも非常に多くのものが次から次へと出ています。

 この状態が1970年代から90年代前半にかけて、製造業が大きく成長した時代の日本の生産現場にもありました。生産手法が大きく発展する中、多くのニーズが生まれ、それに対応するための作り方、作る機械や機器を、試行錯誤を繰り返しながら生み出していく必要がありました。

 これを実現するには、ユーザーで開発・生産技術、製造を担う人、メーカーの機械を作る人や機械の部品を作る人が一緒になって創意工夫を繰り返し、企業の部署を超え、企業の枠を超えて意思決定をする必要があります。その結果、自ずと現場に権限が移譲され、部署や企業を超えたコミュニケーションが活発に行われていたのでしょう。

 同じ事は昨今のITベンチャーの現場でも起きています。そこで当たり前に使われる言葉に「Product-Market-Fit」というのがあります。試作品を作り、それを市場にぶつけて顧客のフィードバックを聞き、それを次の製品の改良につなげる。そうすることで「性能・品質・機能・コストの最適な」製品を作り出すことができるというものです。


 この「Product-Market-Fit」は、よく考えてみれば製造業でも起きています。モノを作るユーザーとそれを支える部品メーカー、機械メーカー、そして機械部品メーカーの間においてです。

 そこでは、すり合わせの中で、ユーザーにとって最適な品質・コストで製品が作られ、その機械や機械部品が作られていきます。

 製造業において、1970年代からこの日本的「Product-Market-Fit」を現場レベルで長期にわたって行ってきた結果、世界でダントツの生産技術を生み出しました。

 これは、企業や組織の垣根を超えて、現場の人間が膝を突き合わせて話し合ったからこそ生み出されたものではないでしょうか。

日本企業の真の強み・弱みは何か


 日本的経営は生涯勤務や年功序列などで語られることが多いですが、根幹にあるのは「現場の人が企業や組織を超えてともに協力していく力」ではないでしょうか。

 筆者は中国・台湾・アメリカで計13年働いてきましたが、数多くの外国の方と仕事をして感じるのは、現場で考える力が日本はかなり高いということです。日本では正社員でないパートやアルバイトの方ですら、業務パフォーマンスを上げるため周囲を巻き込んで改善を進めます。

 一方で、このような現場の力には危惧もあります。それは、企業規模の大小に関わらず、部分最適化が強くなっていくことです。背景にあるのが、品質とシェアを求める慣性です。

 新しい商品においては、ある程度までは品質向上が売上・利益に直結しますが、一定ラインを超えると伸びが少なくなります。例えばテレビの画質が良くなると、ある程度まではもっと良いものが欲しいと思いますが、それを越えると視聴者の視力の影響の方が大きくなります。

 他では、例えばスマホの電池の寿命は3時間が10時間になると大きなニーズを生みますが、30時間が50時間になることはあまり求められていません。

 しかし、品質を高める努力を長年してきた開発部署に、「品質は上げなくていい、コストを下げる設計を考えよう」と経営陣や営業が提案しても、簡単にマインドが切り変わるわけではありません。

 シェアに関していえば、市場が拡大していくときはシェアを取ることは非常に重要です。新たに市場参入をする潜在顧客にも認知・信頼されますし、既存顧客が市場拡大とともに成長すれば、その分自社の売上も大きく上がることになるからです。

 しかし市場の成長が停滞すると、シェアを取ることは価格競争を生み出します。価格の下落は利益を大幅に下げる原因です。例えば原価が70%、売上総利益が30%の場合、10%の値下げで総利益の3分の1がなくなります。

 しかし、シェアを伸ばすことが当たり前になっている営業組織から、「値段を下げずにシェアを下げる」という意見は出てきません。

 このように、組織が部分最適化すると、製品は高い品質を求めてコストが高くなり、営業は価格を下げてでもシェア拡大を目指すことになります。かなり極端な例ではありますが、これが利益を下げる構図の根本的な原因になっています。

 次回#03(5月5日掲載予定)は、製造業が再びチャンスを掴める時代において、現場の力を生かしながらも、どうすれば部分最適化にならずに全体最適化ができるのかついて述べたいと思います。
(文・菅原伸昭)

※本連載の詳しい内容は、書籍『利益を上げ続ける逆転の発想 あいまいもやもやこそが高収益の源泉』(日刊工業新聞社刊)に記載しています。

【著者紹介】
菅原 伸昭(すがはら のぶあき)
1991年京都大学卒業後、日商岩井株式会社に入社。産業機械などの日本・中国・アジアでの営業を経験後、自費にて中国へ語学留学。1996年に㈱キーエンスに入社し、30歳にて現地法人責任者として台湾法人を立ち上げ、その後中国の現地法人を設立、現地法人責任者として中国事業拡大に貢献。さらにアメリカ・メキシコ現地法人責任者を歴任。2014年からTHK㈱にて執行役員事業戦略特命本部長として、グローバルマーケティング・商品企画・データ分析の部署を立ち上げる。2017年からはAIベンチャーを立ち上げるとともに、営業組織構築のコンサルティングや業界構造・ビジネスモデル解明のリサーチなどを行っている。

藤井 幸一郎(ふじい こういちろう)
1975年東京都生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、1998年に中央官庁に入省し、資産流動化・不動産投資信託法の法案作成や国会質疑対応業務などに従事する。その後、東京大学大学院を経て、公会計基準の策定業務を行う。2006年にコンサルティング会社へ転職し、プロジェクトマネジャーとして、事業戦略の策定などの上流工程から、組織・業務の設計、ハンズオンでの現場改革といった下流工程までのプロジェクトを様々な業界に対して実施する。2013年に独立し、経営戦略策定や市場分析などのコンサルティングを大手・中堅企業に対して実施するほか、東日本大震災の被災地のNPOとともに、地域のデータブックの作成を行う。2017年にアトラトル㈱を設立し、海外市場の消費者や販売チャネルの「ありのまま」の調査とその背景データを分析して提供するサービスを行っている。

本書に関するお問い合わせは下記にご連絡ください。
nobu.sugahara@euler-intl.com
www.euler-intl.com

【書籍情報】
「利益を上げ続ける逆転の発想『あいまい・もやもや』こそが高収益を生む 」
(菅原伸昭、藤井幸一郎・著、日刊工業新聞社)
1,620円(税込)、256頁、2018年3月発行
NIKKAN BOOK STORE
Amazon
矢島俊克
矢島俊克 Yajima Toshikatsu 出版局書籍編集部 編集
わが国の製造業が高い生産技術力を身につけることができた背景には、企業や組織を超えた現場の人の発想や振る舞い、コミュニケーションが大事にされたことが深く関わっている。これまでは強みとして語られることが多かった個々の現場の強さは、逆に部分最適化を招く要因にもなるという指摘に留意したい。顧客が求めていない品質レベルを商品に織り込んだり、無条件にシェア拡大を追求したりすることで収益を失っている事実を理解すべきである。

編集部のおすすめ