中小企業と学生が〝共に学ぶ〟体験塾が東大阪市で始まった
産学連携の環境構築を目指す
全国有数の工場集積を誇る大阪府東大阪市の高井田地区。2008年に始まった高井田モノづくり体験塾が、「東大阪モノづくり体験塾」へ衣替えした。地区の拡大とともに、中身が大きく進化している。最大の特徴は、目的や体験内容の制約を廃したこと。体験塾代表の西藪和明近畿大学理工学部教授は「得られるモノは企業や学生次第」とし、白紙から生まれる思考と努力の双方を期待する。
9回実施した高井田モノづくり体験塾は、住宅と工場が混在する高井田の住民と企業が“住工共生”の理解を深めようと始めた。だが、目的が単一だと参加する企業も学生も限定される。そこで思い切って、制約を設けない体験塾に変更した。
「モノづくりの接頭語として名称に“東大阪”を使っただけ」(西藪教授)で、隣接する八尾市の企業も参画している。企業側も近年の採用難を受けてリクルート目的が多いが、自社の技能を伝承する経営者などもいる。
一方、双方の目的に境界をなくせば起こりうるのがミスマッチ。学生を採用したい企業と、その企業に就職するつもりはない学生の組み合わせも生じる。このミスマッチを埋めることに意義がある。
多くの中小企業は普段、現場の人同士しか分からない会話をしているため「外部への説明やPRが苦手」(同)。体験塾は平均3日。期間中、いかに学生の目的や好奇心を満たしつつ自社の魅力を伝えるか。「結果的に、採用に結びつく可能性もある」(同)が、少なくとも企業にPRの知見が蓄積される。
精密板金加工技術を核に特注のスチール家具を手がける仁張工作所(大阪府東大阪市)は、リクルート目的から近畿大理工学部の山本結友さんを受け入れた。山本さんはモノづくりや設計に興味があり、「製造業を中心に就職活動している」。
既に複数企業のインターンシップ(就業体験)を経験。仁張工作所は会社概要説明や工場案内を半日で終え、残り2・5日を設計現場の就業体験に費やした。教育担当者は山本さんへ与える題材が適切か、試行錯誤しながら体験プランを策定したという。
山本さんは「大学でもCADを使っているが、先生の言うままに線を引いていた。一からのモデリングは初めて」と意欲的に設計へ取り組んだ。
「見るのとやるのでは大違い」。近畿大理工学部の長谷川智史さんは、職人の技を目の当たりにした。「肉盛り」と呼ばれる溶接により金型を修理する川勝溶工所(同)で、ステンレス薄板へ細い線を書くように溶接棒を走らせる溶接を体験。長谷川さんは金型製作の経験はあるが溶接は初めて。溶接棒を顕微鏡の視野に入れるのに苦労し、視野に入ったと思えば上下感覚がつかめずステンレス地金と溶接棒がうまく当たらず四苦八苦した。
金型修理は手先の器用さだけでなく、金型構造と素材、応力、歪みの知識が必要。新型の製作よりも難しい分野。ただ同社の川勝親社長は「将来的には3Dプリンターに置き換えられる」とし、後継者も新入社員も求めない。メーカー就職を目指し「モノづくりと切り離せない金型を学びたい」長谷川さんに、川勝社長は「肥やしになれば」と、貴重な技能の一部を教えた。
東大阪市内にある城東工科高校の木村充基さんは「社会や仕事のイメージをつかみたい」と、自動車エンジンの試作歯車を手がける繁原製作所(同)に3日間通った。
同社は加工と測定の豊富な設備を保有。高性能歯車を短期間に試作し、工程を提案できる。採用を意識し、熟練工が仕事内容やこだわりを木村さんに伝えた。繁原秀和取締役は「学生から中小企業を探すことはない」とし、「企業探しに困る学生に、学校が『こんな企業がある』と声をかけてくれれば」と期待する。
第1回東大阪モノづくり体験塾に参加したのは、同じく東大阪市の布施工科高校と城東工科高校の高校生12人、近畿大理工学部生12人、受け入れ企業17社。学生や企業それぞれに目的や思いがあるように、大学の狙いももちろんある。
学生が企業に入り込み、課題を大学に持ち帰る。その課題を大学の設備を使い分析、測定し結果を企業に戻す。この循環をつくるという。学生も企業も学ぶ。
―学生と企業双方が学ぶ基盤として機能しています。
「東大阪は技術を持つ企業がたくさんある。しかし町工場がすごいとは限らないし、学生も授業だけでは現実のモノづくりに対応できていないこともある。企業と学生は互いに学ぶべき点が多い。中小企業は長年の経験だけでなく、科学的な説明力や改善に関する分析、測定を必要とされる時代に来ている」
―具体的には。
「多くの場合、大企業の現場技術者は大卒。理論的な説明を欲するが、中小企業は普段の現場の言葉でしか語らない。学生を受け入れる体験塾を通じ、外部の人に伝える手法の確立と、大学を活用した新規開発や品質改善につなげてほしい」
―学生にとっても貴重な体験の場です。
「学生は実際の現場の技術を深く学び、大学の設備を使ってより良くする視点を持って研究し、社会にフィードバックしてもらう。就職に関しては、その企業に就職しなくても将来的に仕事で役に立つことがある。例えば溶接や金型、熱処理の技術を持つ企業がどこにあるか把握しておけば、家電や自動車などのメーカーに就職した際、新たな協力会社を探す上で有利だ」
―産学連携を起こす“装置”の役割が期待されます。
「体験塾をきっかけに学生と社員がつながり、現場レベルの連携が始まることを期待している。第1回の体験塾はまだ原型。今後は経済、経営、デザインなど文系学科にも入ってもらい、さまざまな観点からモノづくりに変化を起こしたい。近畿大以外の大学にも協力を要請する。東大阪や近隣都市全体をモノづくり人材と企業が成長する場とし、そこかしこで産学連携が始まる環境を目指す」
(文・日刊工業新聞者東大阪支局長・坂田弓子)
技能を伝承
9回実施した高井田モノづくり体験塾は、住宅と工場が混在する高井田の住民と企業が“住工共生”の理解を深めようと始めた。だが、目的が単一だと参加する企業も学生も限定される。そこで思い切って、制約を設けない体験塾に変更した。
「モノづくりの接頭語として名称に“東大阪”を使っただけ」(西藪教授)で、隣接する八尾市の企業も参画している。企業側も近年の採用難を受けてリクルート目的が多いが、自社の技能を伝承する経営者などもいる。
一方、双方の目的に境界をなくせば起こりうるのがミスマッチ。学生を採用したい企業と、その企業に就職するつもりはない学生の組み合わせも生じる。このミスマッチを埋めることに意義がある。
多くの中小企業は普段、現場の人同士しか分からない会話をしているため「外部への説明やPRが苦手」(同)。体験塾は平均3日。期間中、いかに学生の目的や好奇心を満たしつつ自社の魅力を伝えるか。「結果的に、採用に結びつく可能性もある」(同)が、少なくとも企業にPRの知見が蓄積される。
設計に興味
精密板金加工技術を核に特注のスチール家具を手がける仁張工作所(大阪府東大阪市)は、リクルート目的から近畿大理工学部の山本結友さんを受け入れた。山本さんはモノづくりや設計に興味があり、「製造業を中心に就職活動している」。
既に複数企業のインターンシップ(就業体験)を経験。仁張工作所は会社概要説明や工場案内を半日で終え、残り2・5日を設計現場の就業体験に費やした。教育担当者は山本さんへ与える題材が適切か、試行錯誤しながら体験プランを策定したという。
山本さんは「大学でもCADを使っているが、先生の言うままに線を引いていた。一からのモデリングは初めて」と意欲的に設計へ取り組んだ。
見るのとやるのは大違い
「見るのとやるのでは大違い」。近畿大理工学部の長谷川智史さんは、職人の技を目の当たりにした。「肉盛り」と呼ばれる溶接により金型を修理する川勝溶工所(同)で、ステンレス薄板へ細い線を書くように溶接棒を走らせる溶接を体験。長谷川さんは金型製作の経験はあるが溶接は初めて。溶接棒を顕微鏡の視野に入れるのに苦労し、視野に入ったと思えば上下感覚がつかめずステンレス地金と溶接棒がうまく当たらず四苦八苦した。
金型修理は手先の器用さだけでなく、金型構造と素材、応力、歪みの知識が必要。新型の製作よりも難しい分野。ただ同社の川勝親社長は「将来的には3Dプリンターに置き換えられる」とし、後継者も新入社員も求めない。メーカー就職を目指し「モノづくりと切り離せない金型を学びたい」長谷川さんに、川勝社長は「肥やしになれば」と、貴重な技能の一部を教えた。
イメージつかむ
東大阪市内にある城東工科高校の木村充基さんは「社会や仕事のイメージをつかみたい」と、自動車エンジンの試作歯車を手がける繁原製作所(同)に3日間通った。
同社は加工と測定の豊富な設備を保有。高性能歯車を短期間に試作し、工程を提案できる。採用を意識し、熟練工が仕事内容やこだわりを木村さんに伝えた。繁原秀和取締役は「学生から中小企業を探すことはない」とし、「企業探しに困る学生に、学校が『こんな企業がある』と声をかけてくれれば」と期待する。
第1回東大阪モノづくり体験塾に参加したのは、同じく東大阪市の布施工科高校と城東工科高校の高校生12人、近畿大理工学部生12人、受け入れ企業17社。学生や企業それぞれに目的や思いがあるように、大学の狙いももちろんある。
学生が企業に入り込み、課題を大学に持ち帰る。その課題を大学の設備を使い分析、測定し結果を企業に戻す。この循環をつくるという。学生も企業も学ぶ。
東大阪モノづくり体験塾代表(近畿大学理工学部教授)・西藪和明氏に聞く
―学生と企業双方が学ぶ基盤として機能しています。
「東大阪は技術を持つ企業がたくさんある。しかし町工場がすごいとは限らないし、学生も授業だけでは現実のモノづくりに対応できていないこともある。企業と学生は互いに学ぶべき点が多い。中小企業は長年の経験だけでなく、科学的な説明力や改善に関する分析、測定を必要とされる時代に来ている」
―具体的には。
「多くの場合、大企業の現場技術者は大卒。理論的な説明を欲するが、中小企業は普段の現場の言葉でしか語らない。学生を受け入れる体験塾を通じ、外部の人に伝える手法の確立と、大学を活用した新規開発や品質改善につなげてほしい」
―学生にとっても貴重な体験の場です。
「学生は実際の現場の技術を深く学び、大学の設備を使ってより良くする視点を持って研究し、社会にフィードバックしてもらう。就職に関しては、その企業に就職しなくても将来的に仕事で役に立つことがある。例えば溶接や金型、熱処理の技術を持つ企業がどこにあるか把握しておけば、家電や自動車などのメーカーに就職した際、新たな協力会社を探す上で有利だ」
―産学連携を起こす“装置”の役割が期待されます。
「体験塾をきっかけに学生と社員がつながり、現場レベルの連携が始まることを期待している。第1回の体験塾はまだ原型。今後は経済、経営、デザインなど文系学科にも入ってもらい、さまざまな観点からモノづくりに変化を起こしたい。近畿大以外の大学にも協力を要請する。東大阪や近隣都市全体をモノづくり人材と企業が成長する場とし、そこかしこで産学連携が始まる環境を目指す」
(文・日刊工業新聞者東大阪支局長・坂田弓子)
日刊工業新聞2018年4月16日