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無重力の閉鎖空間は先進医療のヒントが詰まっている

宇宙医学が生活の質(QOL)向上に役立つ
無重力の閉鎖空間は先進医療のヒントが詰まっている

ISSで生活するには毎日2時間の筋トレが必要(3月11日の金井宣茂宇宙飛行士のツイッターより)

 2050年には人類が宇宙旅行したり、宇宙に住む時代がやってくるかもしれない―。

 ただ宇宙では無重力による骨や筋肉の減少、宇宙からの放射線などへの対策として地球とは異なる健康管理が必要となる。特に無重力の影響は、急速な老化と同じ現象をもたらす。宇宙医学は宇宙飛行士だけでなく、高齢化が進む地上での先進医療のヒントも隠されている。

 50年に人類はどこまで到達するのか。米航空宇宙局(NASA)の計画では20年代後半に月近傍拠点の構築、30年に月面着陸、さらに火星への到達を目指している。50年には地球外の探査が進み、人が宇宙で暮らす時代を迎えるかもしれない。

 だが人類が宇宙で健康に暮らすための課題は多い。宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙飛行士で宇宙医学生物学研究グループ長を務める古川聡さんは「長期宇宙滞在のためには無重力の影響や宇宙放射線、精神・心理的影響を解決する必要がある」と強調する。

地上の10倍


 国際宇宙ステーション(ISS)では宇宙飛行士が無重力を利用した実験を行っている。だが無重力は骨密度の減少や筋肉量の低下などを引き起こす。この現象は老化と同じだが、宇宙での老化スピードは地上の10倍以上。体力維持のため、ISS滞在中の宇宙飛行士は毎日2時間のトレーニングを行う。長時間の運動を実施しても半年で骨密度は約3%減少する。

 だが11年のISS滞在中に古川さんが参加した実験結果から光明が見えてきた。骨密度の減少を防ぐ薬「ビスフォスフォネート」を服用し運動したところ、骨密度が減少しないという結果を得た。

生活の質


 日本は世界一の長寿国だが、QOL(生活の質)には改善の余地がある。ISSでのマウス飼育実験と併せ、宇宙医学の進展は地上での老化対策の研究を後押しするだろう。

 また「異文化の人と閉鎖空間にいると、けんかが起きやすい」(古川さん)。宇宙機や有人拠点の生活では精神的なケアが必要だ。ISSではテレビ会議で地上の医師と面談できるが、火星では地球とのリアルタイム面談は難しい。古川さんは「声の調子や尿などのデータからストレス状態を評価し、睡眠時間の確保といった助言ができる人工知能(AI)システムが必要になるのではないか」と未来の宇宙医療を予測する。

 民間による宇宙旅行が現実味を帯び、誰もが宇宙に行ける日は夢ではなさそうだ。宇宙探査の要素技術として宇宙医学を発展させることで、宇宙と医学が相互に作用し大きな発展を遂げるだろう。
(文・冨井哲雄)
日刊工業新聞2018年4月10日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
いつか無重力状態を味わってみたい。

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