「東芝メモリ」売却へ最終局面も、アップルや物言う株主に波乱要因
サムスン独走、「2周遅れ」で争う暇はない
2兆円という大型M&A(合併・買収)案件が最終局面を迎える。3月末のクロージングを目指す東芝の半導体子会社「東芝メモリ」の売却だ。ただ東芝のアクティビスト(物言う株主)が売却反対を表明し火種がくすぶる。また手続きが完了しても東芝メモリは、米アップルなど顧客企業が出資に関与するイレギュラーな状態が続く。東芝メモリが“普通の会社”になるまでのハードルは高く、韓国サムスン電子との競争の足かせになりかねない。
「プロセスが複雑になってしまった。もっとシンプルな形なら良かった…」。東芝は2017年9月28日、東芝メモリ売却の最終契約を交わした。ビッグディールがまとまっても東芝関係者の表情には陰があった。「プロセスが複雑」とはどういうことか。業界関係者は「東芝メモリ売却は三つのステージを経て完結する」と説明する。
東芝は米ファンドのベインキャピタルが主導する日米韓の企業連合に東芝メモリを売却する。日米韓連合は特別目的会社「パンゲア」を設立し、同社にベイン、東芝、HOYAが議決権を握る形で出資するほか、韓国SKハイニックス、アップルなど米企業4社も融資や議決権を持たない優先株で資金を拠出する。金融機関も融資する。
第1ステージはこの売買契約時から手続き完了まで。続いて産業革新機構と日本政策投資銀行が、出資に参画するまでが第2ステージ。そして20年をめどとする東芝メモリの新規株式公開(IPO)までが最後の第3ステージだ。
東芝メモリ売却をめぐっては、メモリー事業の合弁相手の米ウエスタンデジタル(WD)が反対し法的手段に踏み切り、東芝はWDとの係争を抱えて第1ステージのスタートを切った。
WDとは17年12月に和解し一件落着となったが、第1ステージでもう一波乱起きる可能性がある。
東芝は同12月に6000億円の第三者割当増資を実施した。これで東芝メモリを18年3月末までに売却できなくても2期連続の債務超過を回避できることになり、上場が維持できる見通しとなった。
ただ巨額増資の引受先には、米エリオット・マネジメントなど著名なアクティビスト(物言う株主)がずらりと顔をそろえる。東芝メモリ売却の一番の目的だった債務超過からの脱却にめどをつけた今、「東芝メモリを日米韓連合に売却せず、東芝の100%子会社のまま上場させた方が利益余地が大きい」(ファンド関係者)との指摘がある。
実際、香港のアーガイル・ストリート・マネジメント(ASM)が、売却を見送るよう提言する書簡を東芝に送っている。
東芝メモリの売却契約では3月末までに手続きが完了しない場合、東芝に契約を解除できる権利が発生するとの規定がある。それを契機にアクティビストが歩調を合わせ、売却中止を求める可能性はある。
日米韓連合関係者は「(解除権関連の議論が)にぎやかになってくるかもしれない」と身構える。
売却手続きが無事に完了し、第2ステージに入っても難局は続く。課題は日米韓連合に参画する米4社の存在だ。もともとベインは革新機構と政投銀も日米韓連合に呼び込み、東芝メモリを買収する絵を描いていた。しかし両者は政府系金融機関という性質上、東芝とWDの係争が解消しないと参画できないとの姿勢を貫いた。
足りない資金をどう手当てするか。ベインが声を掛けたのが、メモリーユーザーの米4社だった。日米韓連合の最後のピースを埋めた米4社は、ディールをまとめ上げたいベイン、東芝の両者にとって救世主だった。
しかし東芝とWDとの和解が成立。さらに売却手続きが完了すれば、革新機構・政投銀が日米韓連合の出資スキームに参画できる条件が整う。
そうなれば、米4社には早期に出資スキームから退場してほしいというのが東芝メモリの本音。メモリーユーザーは米4社だけでなく、「ほかのユーザーにとっては煙たい存在だろう。営業に支障が出かねない」(東芝関係者)からだ。
ただ、そう簡単ではない。米4社は議決権に転換できない優先株で出資する一方、革新機構は「議決権を取得できなければ資金は出せない」(幹部)との姿勢で、単純に入れ替わることはできない。
「具体的な段取りはまだ決まっていない」(日米韓連合関係者)というが、改めて東芝メモリのバリュエーション(企業価値評価)を行ったうえで、革新機構と政投銀が加わる出資スキームに組み直す案が検討されている。
東芝メモリの価値は「すでに従来の2兆円から上がっている」(ファンド関係者)との指摘があり、革新機構・政投銀の資金負担が重くなるリスクがある。
またベイン、東芝、HOYA、革新機構で東芝メモリの議決権比率をどう割り振るかも課題。「各社ともIPOで大化けするかもしれない東芝メモリ株を、できるだけ多く保有しておきたいと考えるはず」(同)であり、一筋縄ではいかない懸念がある。
東芝が手がけるNAND型フラッシュメモリーをめぐる競争では韓国サムスン電子が「2周先を走る」(業界関係者)。差がついた一番の要因はこれまでの投資規模だ。
17年にはサムスンは半導体部門で260億ドル(約2兆8000億円)規模の投資を実施し、「その半分以上をNANDメモリーに当てた」(同)という。東芝・WD連合による設備投資額の倍を優に超える水準だ。
NANDメモリーは、記憶素子を積み上げ層にして容量を増やす3次元(3D)製品の供給力が競争ポイントになっている。「サムスンのダッシュが効いている」(東芝関係者)状況で、既存の48層製品、64層製品では「サムスンの完全勝利」(業界関係者)。
巻き返しに向け東芝メモリは四日市工場(三重県四日市市)に新棟を建設しているほか、岩手県北上市でも工場新設計画を進める。今後の96層以降の3D型NANDメモリーで優位に立つには、迅速かつ柔軟に計画を実行することが重要になる。
「プロセスが複雑になってしまった。もっとシンプルな形なら良かった…」。東芝は2017年9月28日、東芝メモリ売却の最終契約を交わした。ビッグディールがまとまっても東芝関係者の表情には陰があった。「プロセスが複雑」とはどういうことか。業界関係者は「東芝メモリ売却は三つのステージを経て完結する」と説明する。
東芝は米ファンドのベインキャピタルが主導する日米韓の企業連合に東芝メモリを売却する。日米韓連合は特別目的会社「パンゲア」を設立し、同社にベイン、東芝、HOYAが議決権を握る形で出資するほか、韓国SKハイニックス、アップルなど米企業4社も融資や議決権を持たない優先株で資金を拠出する。金融機関も融資する。
第1ステージはこの売買契約時から手続き完了まで。続いて産業革新機構と日本政策投資銀行が、出資に参画するまでが第2ステージ。そして20年をめどとする東芝メモリの新規株式公開(IPO)までが最後の第3ステージだ。
一部株主が反対、売らない方が利益?
東芝メモリ売却をめぐっては、メモリー事業の合弁相手の米ウエスタンデジタル(WD)が反対し法的手段に踏み切り、東芝はWDとの係争を抱えて第1ステージのスタートを切った。
WDとは17年12月に和解し一件落着となったが、第1ステージでもう一波乱起きる可能性がある。
東芝は同12月に6000億円の第三者割当増資を実施した。これで東芝メモリを18年3月末までに売却できなくても2期連続の債務超過を回避できることになり、上場が維持できる見通しとなった。
ただ巨額増資の引受先には、米エリオット・マネジメントなど著名なアクティビスト(物言う株主)がずらりと顔をそろえる。東芝メモリ売却の一番の目的だった債務超過からの脱却にめどをつけた今、「東芝メモリを日米韓連合に売却せず、東芝の100%子会社のまま上場させた方が利益余地が大きい」(ファンド関係者)との指摘がある。
実際、香港のアーガイル・ストリート・マネジメント(ASM)が、売却を見送るよう提言する書簡を東芝に送っている。
東芝メモリの売却契約では3月末までに手続きが完了しない場合、東芝に契約を解除できる権利が発生するとの規定がある。それを契機にアクティビストが歩調を合わせ、売却中止を求める可能性はある。
日米韓連合関係者は「(解除権関連の議論が)にぎやかになってくるかもしれない」と身構える。
アップルがネック、IPOに向け難局続く
売却手続きが無事に完了し、第2ステージに入っても難局は続く。課題は日米韓連合に参画する米4社の存在だ。もともとベインは革新機構と政投銀も日米韓連合に呼び込み、東芝メモリを買収する絵を描いていた。しかし両者は政府系金融機関という性質上、東芝とWDの係争が解消しないと参画できないとの姿勢を貫いた。
足りない資金をどう手当てするか。ベインが声を掛けたのが、メモリーユーザーの米4社だった。日米韓連合の最後のピースを埋めた米4社は、ディールをまとめ上げたいベイン、東芝の両者にとって救世主だった。
しかし東芝とWDとの和解が成立。さらに売却手続きが完了すれば、革新機構・政投銀が日米韓連合の出資スキームに参画できる条件が整う。
そうなれば、米4社には早期に出資スキームから退場してほしいというのが東芝メモリの本音。メモリーユーザーは米4社だけでなく、「ほかのユーザーにとっては煙たい存在だろう。営業に支障が出かねない」(東芝関係者)からだ。
ただ、そう簡単ではない。米4社は議決権に転換できない優先株で出資する一方、革新機構は「議決権を取得できなければ資金は出せない」(幹部)との姿勢で、単純に入れ替わることはできない。
「具体的な段取りはまだ決まっていない」(日米韓連合関係者)というが、改めて東芝メモリのバリュエーション(企業価値評価)を行ったうえで、革新機構と政投銀が加わる出資スキームに組み直す案が検討されている。
東芝メモリの価値は「すでに従来の2兆円から上がっている」(ファンド関係者)との指摘があり、革新機構・政投銀の資金負担が重くなるリスクがある。
またベイン、東芝、HOYA、革新機構で東芝メモリの議決権比率をどう割り振るかも課題。「各社ともIPOで大化けするかもしれない東芝メモリ株を、できるだけ多く保有しておきたいと考えるはず」(同)であり、一筋縄ではいかない懸念がある。
64層製品では「サムスンの完全勝利」
東芝が手がけるNAND型フラッシュメモリーをめぐる競争では韓国サムスン電子が「2周先を走る」(業界関係者)。差がついた一番の要因はこれまでの投資規模だ。
17年にはサムスンは半導体部門で260億ドル(約2兆8000億円)規模の投資を実施し、「その半分以上をNANDメモリーに当てた」(同)という。東芝・WD連合による設備投資額の倍を優に超える水準だ。
NANDメモリーは、記憶素子を積み上げ層にして容量を増やす3次元(3D)製品の供給力が競争ポイントになっている。「サムスンのダッシュが効いている」(東芝関係者)状況で、既存の48層製品、64層製品では「サムスンの完全勝利」(業界関係者)。
巻き返しに向け東芝メモリは四日市工場(三重県四日市市)に新棟を建設しているほか、岩手県北上市でも工場新設計画を進める。今後の96層以降の3D型NANDメモリーで優位に立つには、迅速かつ柔軟に計画を実行することが重要になる。
日刊工業新聞2018年3月8日