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好調石化業界に米中の脅威、“黒船問題”強い警戒感

シェールと石炭化学、構造改革・再編の火種に?
好調石化業界に米中の脅威、“黒船問題”強い警戒感

米ダウ・デュポンが昨年9月に稼働を始めた米テキサス州フリーポートのエチレンプラント(エタンクラッカー)

 好調が続く石油化学業界に新たなリスクが浮上しつつある。為替変動や原油価格の上昇といった従来型の懸念材料に加えて、米国のシェールと中国の石炭化学という“黒船問題”が少しずつ大きくなっている。

 「海外市況が高止まりしていて、為替もどちらかというとまだ円安で輸入品が国内に入りにくい。今の条件が維持されている間は状況は変わらない」。石油化学工業協会の淡輪敏会長(三井化学社長)は1月25日の定例会見で2018年の市況見通しをこう語った。確かに18年は国内などのエチレンプラントの定期修理が多く、引き続き需給ひっ迫が予想される。

 18年最大の脅威と目されていた米シェールガス由来の安価なポリエチレンなど誘導品のアジア流入は従来想定より遅れる。主な理由は17年の大型ハリケーンや原油安によるシェール開発の遅れ。17年内の稼働を当初予定していたエチレンプラント3基のうち、実際に動きだしたのは米ダウ・デュポンのみだった。

 「中国の環境規制の影響が18年も続けばシェールの影響を相殺してくれる」(竹下憲昭住友化学代表取締役常務執行役員)、「18年後半にならないと市場に出てこない。直接の影響は当分先送りになる」(岡本純一三菱ケミカル取締役専務執行役員)との見方は業界の共通認識だ。ただ、時期の問題とは別に、新たな不安が頭をもたげている。

 ある石化大手幹部は「最近ダウ・デュポンが積極的に動いているようだ」と世界大手の動向を警戒する。シェール由来のポリエチレンなどは汎用品中心で、たとえアジア市場へ流れてきても高付加価値品へのシフトがほぼ完了した日本メーカーへの影響は限定的だと予想されていた。

 ただ最近、ダウ・デュポンなどは原料コストの安いプラントで汎用品から高付加価値品へ切り替え、日本勢と競合する品質の新製品で日本市場を狙っているとの話が伝わる。具体化すれば安閑としていた国内企業は戦略の見直しを迫られ、さらなる構造改革や業界再編の火種となるかもしれない。

 もう一つの脅威は中国の石炭化学だ。同国は国家戦略として石炭からオレフィンを製造する技術(CTO)の開発を進めてきたが、近年の石炭価格高騰や原油安、工場立地などの問題があって日本でも懐疑的な見方が少なくなかった。ただ、ここに来て現地の状況は変わりつつあるようだ。

 三菱ケミカルの岡本専務はCTOの評価を一変させた。「現地企業にコストの前提を見せてもらうと、圧倒的な競争力がある。政策的なものもあるだろうが、日本にいて石炭化学なんて無理だと言っているのでは推測できないレベルだ」と警鐘を鳴らす。

 現在、中国政府は大気汚染対策として石炭から天然ガスへのエネルギー転換を進めている。一方で、同国内で余る石炭の行き場はどこか。「大きな方針は『化学原料に使え』といい、各地で数兆円規模の石炭化学プロジェクトがめじろ押しだ」と岡本専務は驚きを隠さない。

 中国は20年までの5カ年計画で石炭化学を重要技術の一つと位置付けている。石炭由来の汎用品は生産地が内陸に集中するため、直接輸出されることはほぼない。

 ただ、中国市場から押し出された製品がアジア市況を乱す可能性は十分ありうる。市況変動は日本勢の事業にも多少のマイナス影響を及ぼすはず。国内石化各社は“黒船”の襲来による中長期的な事業環境変化について、警戒レベルを引き上げる必要がありそうだ。

中国の環境規制は本気


【住友化学代表取締役常務執行役員・竹下憲昭氏】
 ―18年の石化市況の見通しは。
 「17年は空前の良い調子で、それが2年半も続いている。18年は当初かなり悪くなると予想していた。ただ、従来見込んでいなかった中国の環境規制のおかげで、シェールの影響があっても、そこまでひどくならずに済むとの淡い期待がある」

 ―中国の環境規制は続くのでしょうか。
  「今回は本気で続くような感じだ。一説によると、習近平指導部は反腐敗運動で汚職をターゲットにしてきたが、次は仕事をしない公務員だと言われて、環境規制担当の役人が働き出したという。環境規制値はもともと相当厳しいが、まともに施行されていなかった。ちゃんと施行すれば、安易につくったプラントや老朽プラントはきつい。シノペック(中国石油化工)など大手は問題ないだろうが。日系メーカーも工場ごと他へ移れと圧力がかかったり、工場の周りに住宅が増えたので行政から移転を要請されたりした話を聞く」

 ―事業への直接的な影響はありますか。
 「ナイロン原料のカプロラクタムや繊維・樹脂原料のアクリロニトリルは中国でプラントの新・増設が相次いで市況が乱れたが、それにブレーキがかかって少し正常化した」

高付加価値品、安泰ではない


【三菱ケミカル取締役専務執行役員・岡本純一氏】
  ―18年の石化市況の見通しは。
 「中国メーカーと競合している誘導品は(環境規制の強化で)想定より価格下落が少ない。北東アジア市況のポリマー価格は高止まりしており、日本への輸入外圧が当初予想より弱い。この環境でシェールが少し遅れて入ってくるので、事業環境は良い状況が継続する」

 ―一方で、米国や中国、中東の動向が気になります。
 「従来コスト志向だった中東や中国メーカーが、本気で高付加価値品に狙いを定めだした。サウジアラビアで現地企業と話すと、ムハンマド皇太子の掲げた経済改革プラン『ビジョン2030』に対して、日本は高付加価値品で何を協力してくれるのかと聞かれるなど、ものすごい加速度を感じた。中国の石炭化学は日本で考えられている以上にコスト競争力が高い。米シェールはもともと技術力がある上に、さらにコストを下げる。最終的なターゲットはアジアだ」

 ―日本の石化産業への影響は。
 「今まで高付加価値品だけやっていれば当分安泰と思われていたが、そんなに先まで通用するとは思えない。高付加価値品が高価格を何年も維持できるかどうかはあまり安心しない方がいい」
                  
日刊工業新聞2018年2月12日
鈴木岳志
鈴木岳志 Suzuki Takeshi 編集局第一産業部 編集委員
アジアの合成樹脂需要は日本や東南アジアを中心に引き続き旺盛で、急激な市況変動は起こりにくい。だが、これまで国内に漂ってきた楽観論を修正しなければならない可能性が出てきた。

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