AI時代を生き残る術「教科書などの文章を読む力をまず身につけるべき」

新井教授に聞く「本当にクリエイティブな人材は確率的にしか生まれない」

 人工知能(AI)技術による失業が取り沙汰され、教育の再定義が進んでいる。定型業務や特別な知識の要らない仕事はコンピューターに代替され、人間は創造性や協調性が求められる仕事への労働移動が起こるとされている。教育業界でクリエイティビティを伸ばすための華やかな話があふれるなか、国立情報学研究所の新井紀子教授は教科書などの文章を読む力をまず身につけるべきだと強調する。

 ー「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトとしてAI技術を開発し、2016年センター試験模試では、首都圏では「MARCH」、関西では「関関同立」クラスの複数の学科で私立大学への合格可能性が8割を超えました。その後、読解力に研究を広げました。狙いは。
 「大学入試をベンチマークとしてAIを開発し、高校三年生の8割を上回る成績を挙げた。ただAIは問題文の意味を理解して解いている訳ではない。問題パターンの分析や統計処理で解答を生成しているだけだ。開発の過程でなぜ多くの高校生がAIに敗れたのか疑問をもった。単純にコンピューターの計算処理能力やデータベースの知識量に敗れたのなら、AIを道具として使ってより高度な仕事ができる。だが高校生もAI同様、文章を読めていなかった。そこで基礎読解力を測る『リーディングスキルテスト』(RST)を開発した」

 「RSTで二つの文の意味が同じか問う、同義文判定問題では高校三年生の57%、中学三年生の70%の生徒が、サイコロを振るよりましとはいえないことがわかった。多くの生徒が教科書を読めず、社会に出てからも誰かに手とり足とり教えてもらわなければ仕事にならないのであれば社会問題だ。自力で勉強できなければ、AIに仕事を奪われても次の仕事に就くことができない。AIを使いこなす少数の高所得層と、AIに代替されうる低所得層に分かれ格差は拡大する。人手不足であっても家族を養えない程度の賃金しか得られず少子化が加速する。中学校卒業までに教科書が読めるようにする必要がある」

 ー人間の読解力は高くありません。高いレベルを求めすぎてはいませんか。PISA(学習到達度調査)をはじめ、日本の教育制度は世界に劣っていないはずです。
 「RSTは解答時間などを計測している。生徒がいいかげんに問題を解いていれば集計データから外す。一問一問、まじめに解いた回答のみを集計した。時間をかけ、まじめに問題を解いても、推論問題で43%、同義文問題で70%の中学三年生がサイコロ並だった。この状況でアクティブラーニング(対話型授業)ができると思えるだろうか。もともと教育現場には教えても身につかない危機感があった。だから協力が得られ、たった一年半で約2万5000人がRSTを受けてくれた。埼玉県戸田市は教育カリキュラムにRSTを導入した」

 「読解力については香港やベトナムなども同じ問題意識をもっている。東アジアの詰め込み教育の弊害なのだろう。ドリルの問題は解けても、読んで理解できていない。先進国対新興国など、人間同士の競争なら日本は優位を保てるかもしれない。だが競争相手はAIになる。さらにホワイトカラーの仕事はAIで国境を越え、新興国の人材と直接競争することになる」

 ーAIに対抗するには創造性を伸ばすべきという声には。
 「本当にクリエイティブな人材は確率的にしか生まれない。クリエイティブな人材を育てる確立された方法はない。資金を投入すればノーベル賞がとれる訳ではないのと同じだ。できる子は自力で伸びていく、学校の外にも学びの機会はたくさんある。中学卒業までに全員を教科書を読めるレベルに引き上げることが最重要課題だ」

 ー読めない生徒を読めるようにする方法はありますか。教員は教育内容が増えて対応に追われる現状もあります。
 「プログラミング教育や英語教育、キャリア教育に時間を割いている場合ではない。まず文章を読み、自ら学べる力をつけないと他の教育が始まらない。反対に自ら学べるようになれば、子どもは興味に任せて勉強を始める。先生に教えられて学ぶのでなく、学びたいときに学ぶようになる。教員は授業が楽になるだろう」

 「読めるようにするには認知科学が有効だ。試験中の生徒の視線を追跡すると、助詞を飛ばす、問題文の数字だけ追い掛けるなど読み癖を定量化できる。文章の切れ目、単語の係り受けなど、RSTで何ができていないか、生徒ごとに明らかにして個別に指導できる。一人一人の読解プロセスの認知の偏りや癖を見極め、指導内容を修正していく。従来の教育に比べ、科学的で精密な教育が可能になる」

 ー手間と時間がかかりませんか。
 「多くの子どもは読めていると思っていて、実は読めていない。RSTを受けて自分の読解の偏りや癖を自覚するだけでも効果はある。広く実践しやすい方法としては音読や視写がある。文章を声に出して読む、読んで書き写す。昔は学校で広くやられていたが、現場が忙しくなり廃れてしまった」

 ー社団法人を立ち上げRSTの無償提供を始めます。
 「中学一年生で基礎読解力を診断し、対応した指導を実現したい。いまの我々の体力で無償提供できるのは2万5000人。16年の中学一年生は111万人。現在の40倍以上に広げる資金を集めなければならない。高校生以上の受験は有料にしたい。ある企業は入社試験にRSTを導入しようと検討している。企業にとって、読めない人材はリスクでもある。マニュアルが読めなければ業務が滞り、コンプライアンスを守れなければ不祥事で会社が倒れかねないためだ。AI時代を迎える前に、読めない現状を解決できなければ社会は終わりだ。読解力を科学的に診断して教育を向上させることが、未来に向けて私にできる最大の貢献だろう」
(聞き手=小寺貴之)

【略歴】あらい・のりこ 90年(平2)米イリノイ大院数学科博士課程修了。94年広島市立大助手、01年国立情報学研究所助教授、06年教授、08年同社会共有知研究センター長。17年教育のための科学研究所設立、代表理事。理学博士。東京都出身、55歳。

日刊工業新聞2017年12月21日の記事に加筆

小寺 貴之

小寺 貴之
12月21日
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 入社試験に広く使われる英語テストは、実際の英語力を評価していないとされる。能力を測るテストが普及すると、必ずといっていいほど対策テクニックも広まる。テストを形骸化する要因だ。基礎読解力に応じた教育法の開発と並行して、試験対策の対策を講じる必要があるだろう。イタチごっこに陥らない仕組みを作れるか注目される。
 またRSTに応じた教育の個別化をきちんと実施するには子どもに対して教員の数が足りていないだろう。少人数クラスや課外活動と組み合わせるなど、少子化の時代にあっても子どもに対する先生の数を実質的に増やした方がいい。ITツールや精神論だけで解決できる問題は教育研究者が解決してきた。公教育は違う原理でスタックしてきた。また教員も自信がないと、テストの点数や不完全な科学的評価に依存しやすい。どんなテストも人間の極一面を定量化しているにすぎない。問題は明瞭になったが、どんな解決策を日本は選べるのか、わからない。

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