希代のリスクテイカー、西田元東芝社長が死去
元東芝社長の西田厚聡(にしだ・あつとし)氏が8日に死去した。73歳だった。晩年は不正会計問題ばかりが注目されたが、「西田経営」の神髄はどこにあったのか。社長を退任が決まった2009年春の記事から振り返る。
「西田経営」の4年間は東芝にとって激動期だった。最初の3年は米ウエスチングハウス(WH)買収や半導体の巨額投資などで話題をさらい、最後は過去最大の営業赤字という結末。希代のリスクテイカーは、後を継ぐ佐々木則夫次期社長たちに果実の獲得を託して退く。
佐々木氏に社長を内示した翌日の3月4日。西田厚聰社長は午後から照明の展示会に出向いた。1時間あまり他社のブースも熱心に見学。発光ダイオード(LED)などの新照明は西田社長が大号令をかける戦略分野。社長交代を決めても闘志は衰えない。
「センス・オブ・アージェンシー(切迫感)」、「イノベーションの乗数効果」…。05年の就任後、西田社長から飛び出す言葉に、新しい東芝像を感じ、メディアは飛びついた。そのハイライトがWHの買収だ。
「選択と集中」を進め、社会インフラ、半導体、デジタルプロダクツを成長の3本柱に据えた。昨年発表した中期経営計画(08―2010年度)は本来、西田経営の集大成になるはずだった。規模の拡大を追求する一方、フリーキャッシュフローを黒字化、成長と財務体質改善の両立を目指していた。
しかし名経営者とうたわれながら株価はなかなか上がらない。その間に「想定を超える半導体の市況悪化が業績を直撃した」(西田社長)。09年3月期の半導体事業は2900億円の赤字になる見通し。西田社長は「日本の半導体産業の生き残りを考える」とし、システムLSIの業界再編を目指すが、決着にはまだ時間がかかりそうだ。
逆に原子力を中心とした社会インフラ事業の存在感は徐々に強まっている。原子力事業の売上高は現在約5000億円程度。「2020年に1兆円にする」(西田社長)方針。
原子力プラントの受注見込みは2015年までに39基。またインドの火力発電など最近の投資は社会インフラ案件が多く、それを仕切ってきたのが佐々木氏だ。
当面の課題は構造改革の断行と収益の改善だが、時間の猶予はない。東芝のアキレスけんは電機大手の中でも最も脆弱(ぜいじゃく)な財務基盤。08年12月末の有利子負債残高が1兆7800億円。09年3月末に自己資本比率は10%を切る見通しで、早い段階での資本増強は欠かせない。
09年度は全社の設備投資額は08年度計画比5割減の2300億円まで圧縮する。今後は期間収益の回復と投資のバランスに注視せざるをえない。
西田社長は強烈なトップダウンで拡大路線を突き進んできた。「後継候補は数人いた」(西田社長)というように、半導体事業が堅調ならば、人事は違ったものになっていたはず。時代が佐々木氏の出番を後押ししたといえる。
くしくも今週、トップ交代を発表した日立製作所も重電回帰を鮮明にした。「佐々木経営」のアイデンティティーが問われる。
東芝が大きな転換点に差しかかっている。「攻めの経営」を貫いてきた西田厚聰社長が6月末で会長に退く。半導体などへの巨額投資は世界同時不況で裏目に出た。大手電機の中でも財務内容は最も厳しい。次期社長として収益回復と構造改革を託されたのは、原子力事業を躍進させた佐々木則夫副社長。復活へのシナリオを検証する。
昨年末から市場で東芝の自己資本の脆弱(ぜいじゃく)さが話題になっている。09年3月期の当期純損失予想は2800億円で、09年3月期末に自己資本比率は8%台に下がる可能性が高い。
「とにかく金をできる限り集めろ」(同社幹部)という大号令がかかり、年度末に向けた運転資金に大きな支障は出なかった。
「東芝さんは本当に資金余力がないんですね」―。昨年から買収交渉が続く原子燃料工業。同社の親会社である住友電気工業と古河電気工業の関係者は、金額提示の低さが合意の阻害要因になっているという。
もはや時価発行増資やCB(転換社債型新株予約権付社債)などのエクイティ・ファイナンスなしでの財務の立て直しは困難というのが共通のコンセンサス。焦点は金額。最低3000億円、08年度の業績着地次第では5000億円という数字も考えられる。
一定の増資が成功しても財務基盤は安泰ではない。まず期間収益のV字回復が期待薄なこと。さらに繰り延べ税金資産の取り崩しや年金積み立て不足のリスクもある。監査法人は、繰り延べ税金資産の取り崩しで09年3月期に巨額赤字を計上する日立製作所と同じ新日本監査法人だ。
東芝は1月末に発表した収益改善策で、固定費を08年度比で3000億円削減。2010年3月期には営業損益で最低でも黒字転換を目指している。
本来ならNAND型フラッシュメモリーは、収益の戻りが早い事業。減産効果でスポット価格は反転しているが、大口顧客の動きは鈍い。しかも投資が抑制される中で、需要回復期に韓国サムスン電子に競争力で後れをとる可能性もある。
原子力事業を中心に社会インフラは安定収益が見込めるのは確か。原子力ではカザフスタンの国営企業と提携するなど原料からアフターサービスまでの一貫体制を築きつつある。
米ウエスチング・ハウス(WH)買収の投資回収期間も当初の17年から13年に短縮。しかし原子力が収益に本格的に貢献するのは、早くて2012年以降だろう。
自力成長を待つ余裕はない。そこで考えられるのが、優良事業や子会社の売却で現金を得るという選択肢。東芝テックや東芝エレベータなどは保有株の放出でそれぞれ300億―500億円程度の現金が入るとみられる。ただ現時点で「(これらの)売却の予定はない」(東芝首脳)という。
もう一つ注目されるのが原子力事業のハンドリング。WHに対しては現在、子会社を通じ67%の株式を保有している。WHの資本を触媒に東芝連合の形成に動けば、短期・長期でメリットを享受する戦略も可能だ。
今回、蒸気発生器などを調達するIHIの社外監査役に、西田社長の腹心である能仲久嗣副社長を送り込むことを決めた。まさに両社の連携強化は、佐々木次期社長の手腕が生きる場面だ。
「日本の半導体産業の生き残りも考える。日本は企業数が多い」―。1月29日、収益改善策の発表と同時に飛び出した西田社長の半導体再編への意欲。システムLSIとディスクリート(個別半導体)事業は他社との再編を念頭に分社も辞さない考えを表明した。
原子力を中心とした社会インフラと半導体は成長の両輪のはずだった。ところが今や赤字を垂れ流す半導体事業のテコ入れは最大の懸案事項。すでに事業売却に動いている富士通、赤字子会社を抱えるNECなどの首脳からも、再編に対し以前よりも柔軟な発言が聞こえるようになった。
半導体の売上高で世界3位の東芝。ここ数年、日本の半導体産業をリードしてきたが「現時点で東芝に再編の主導権があるとは到底思えない」と国内半導体大手幹部は指摘する。
まず候補に挙がっているのはNECエレクトロニクスとのシステムLSIの事業統合。先端プロセスを共同開発しており理想的な組み合わせに思える。
ただ、今のところ東芝はシステムLSI事業を連結対象から外す考えはなさそうだ。当然、他社との激しい競争は続き、また東芝の財務体質の抜本的な改善にもつながらない。
持ち分法適用会社にしたとしても、09年3月期に巨額赤字を計上するルネサステクノロジの二の舞になる可能性は高い。ルネサスは結局、親会社の日立製作所と三菱電機が増資を引き受ける。赤字事業を本体から切り離す際は、応分のリストラ原資を新会社に持たせる必要があるが、東芝は1000億円以上の損失を一気に拠出する資金力はないと見られる。
「まずは各社が独力で業績を改善させてからではないと再編どころではない」(NEC幹部)というのが現実だ。西田社長が半導体や原子力など中核事業に集中投資した金額は1兆5000億円超。逆に東芝セラミックや東芝EMI、大型液晶パネルなど撤退・売却した事業は約5000億円に達する。
事業ポートフォリオの入れ替えを積極的に進め「見きり千両」と称された。しかし最近は富士通からハードディスク駆動装置(HDD)事業、パナソニックとの中・小型液晶の共同出資会社を100%子会社することを決めたが、両事業とも収益は厳しい。「東芝が進むべき方向の『選択と集中』からかけ離れている」(証券アナリスト)。
佐々木次期社長はどこまで事業の入れ替えに踏み込むのか。半導体部門は、依然として社内での発言力は大きい。6月末以降、西田社長は執行役を外れ、取締役会の議長として経営を監督する立場になる。だが、当分は重し役として佐々木氏と二人三脚で改革の道筋を指示していかざるをえないだろう。
「社長業は疲れるよ」―。昨年暮れも押し迫ったころ、ポツリともらした西田社長の本音。すでに自身は社長交代を決断、次期候補の佐々木副社長にも打診していた。でも外では強気の西田節は相変わらず。
05年6月に社長就任後、4年間、全力で駆け抜けてきた自負がある。就任前、5兆円台で停滞していた売上高を一気に7兆円後半まで引き上げた。
そして昨年、2011年3月期に売上高10兆円を目指す中期経営計画を策定。ライバルである日立製作所を射程に入れたまではよかった。
「ここまで半導体が悪いとは…」。この1年、西田社長から何度となくこの発言が繰り返された。03年以降、半導体が東芝の営業利益の5割以上稼ぐ年もしばしば。昨年、NAND型フラッシュメモリーの2工場同時着工を表明したのは、新世代光ディスク「HD―DVD」からの撤退という悪材料をかすませた。商機を見込んだ決断だった。
「リスクをとならないことが最大のリスク」―。この言葉が“西田経営”の極意を端的に表している。社長時代に半導体の設備投資に1兆円以上を注ぎ込み、二つの新工場では総額1兆7000億円の投資を計画していた。業績悪化は世界同時不況の影響としても、財務の悪化はリスクをとっての結果だ。
半導体の不振と対照的に存在感を高めてきたのが社会インフラ事業。社長の座を射止めた佐々木副社長は、WH買収で実務を取り仕切った。
買収当時、WHの税引き前利益は1800万ポンド(当時レートで約38億円)。のれん代を含めても企業の評価額は2000億円程度で、東芝が買収に注ぎ込んだ5000億円に「信じられない」(国内原子力メーカー幹部)という声も多かった。
「縮小均衡では事業の発展性がない。この機を逃せば逆に買収されると思った」。西田社長にWH買収を強く進言したのが、佐々木氏だった。原子力畑一筋の経歴を不安視する向きもある。しかし「西田さん以上に懐の深さがある」(東芝関係者)。
早くから西田社長の才能に気づき社長候補として育ててきた西室泰三元社長(現東京証券取引所会長)はかつて「西田君は頭が良すぎる」とよく口にしていた。自分の目で確かめないと気が済まない性格で決断もトップダウン。
西田社長は3月18日の交代会見で「業績悪化の責任は感じているが今回の交代とは関係ない」と引責を否定。今後は経団連副会長に就任し財界活動にも力を入れる。
西田氏は御手洗冨士夫経団連会長と「気軽に電話する間柄」(財界関係者)で、次の財界総理候補の一人。それには自社の業績回復が大命題だ。「喫緊の課題は収益改善」(佐々木氏)―。佐々木体制は、いろいろな重荷を背負ってスタートする。
※内容、肩書は当時のもの
強烈なトップダウンで拡大路線
「西田経営」の4年間は東芝にとって激動期だった。最初の3年は米ウエスチングハウス(WH)買収や半導体の巨額投資などで話題をさらい、最後は過去最大の営業赤字という結末。希代のリスクテイカーは、後を継ぐ佐々木則夫次期社長たちに果実の獲得を託して退く。
佐々木氏に社長を内示した翌日の3月4日。西田厚聰社長は午後から照明の展示会に出向いた。1時間あまり他社のブースも熱心に見学。発光ダイオード(LED)などの新照明は西田社長が大号令をかける戦略分野。社長交代を決めても闘志は衰えない。
「センス・オブ・アージェンシー(切迫感)」、「イノベーションの乗数効果」…。05年の就任後、西田社長から飛び出す言葉に、新しい東芝像を感じ、メディアは飛びついた。そのハイライトがWHの買収だ。
「選択と集中」を進め、社会インフラ、半導体、デジタルプロダクツを成長の3本柱に据えた。昨年発表した中期経営計画(08―2010年度)は本来、西田経営の集大成になるはずだった。規模の拡大を追求する一方、フリーキャッシュフローを黒字化、成長と財務体質改善の両立を目指していた。
しかし名経営者とうたわれながら株価はなかなか上がらない。その間に「想定を超える半導体の市況悪化が業績を直撃した」(西田社長)。09年3月期の半導体事業は2900億円の赤字になる見通し。西田社長は「日本の半導体産業の生き残りを考える」とし、システムLSIの業界再編を目指すが、決着にはまだ時間がかかりそうだ。
逆に原子力を中心とした社会インフラ事業の存在感は徐々に強まっている。原子力事業の売上高は現在約5000億円程度。「2020年に1兆円にする」(西田社長)方針。
原子力プラントの受注見込みは2015年までに39基。またインドの火力発電など最近の投資は社会インフラ案件が多く、それを仕切ってきたのが佐々木氏だ。
当面の課題は構造改革の断行と収益の改善だが、時間の猶予はない。東芝のアキレスけんは電機大手の中でも最も脆弱(ぜいじゃく)な財務基盤。08年12月末の有利子負債残高が1兆7800億円。09年3月末に自己資本比率は10%を切る見通しで、早い段階での資本増強は欠かせない。
09年度は全社の設備投資額は08年度計画比5割減の2300億円まで圧縮する。今後は期間収益の回復と投資のバランスに注視せざるをえない。
西田社長は強烈なトップダウンで拡大路線を突き進んできた。「後継候補は数人いた」(西田社長)というように、半導体事業が堅調ならば、人事は違ったものになっていたはず。時代が佐々木氏の出番を後押ししたといえる。
くしくも今週、トップ交代を発表した日立製作所も重電回帰を鮮明にした。「佐々木経営」のアイデンティティーが問われる。
日刊工業新聞2009年3月19日
激動の電機業界を駆け抜ける
東芝が大きな転換点に差しかかっている。「攻めの経営」を貫いてきた西田厚聰社長が6月末で会長に退く。半導体などへの巨額投資は世界同時不況で裏目に出た。大手電機の中でも財務内容は最も厳しい。次期社長として収益回復と構造改革を託されたのは、原子力事業を躍進させた佐々木則夫副社長。復活へのシナリオを検証する。
昨年末から市場で東芝の自己資本の脆弱(ぜいじゃく)さが話題になっている。09年3月期の当期純損失予想は2800億円で、09年3月期末に自己資本比率は8%台に下がる可能性が高い。
「とにかく金をできる限り集めろ」(同社幹部)という大号令がかかり、年度末に向けた運転資金に大きな支障は出なかった。
「東芝さんは本当に資金余力がないんですね」―。昨年から買収交渉が続く原子燃料工業。同社の親会社である住友電気工業と古河電気工業の関係者は、金額提示の低さが合意の阻害要因になっているという。
もはや時価発行増資やCB(転換社債型新株予約権付社債)などのエクイティ・ファイナンスなしでの財務の立て直しは困難というのが共通のコンセンサス。焦点は金額。最低3000億円、08年度の業績着地次第では5000億円という数字も考えられる。
一定の増資が成功しても財務基盤は安泰ではない。まず期間収益のV字回復が期待薄なこと。さらに繰り延べ税金資産の取り崩しや年金積み立て不足のリスクもある。監査法人は、繰り延べ税金資産の取り崩しで09年3月期に巨額赤字を計上する日立製作所と同じ新日本監査法人だ。
東芝は1月末に発表した収益改善策で、固定費を08年度比で3000億円削減。2010年3月期には営業損益で最低でも黒字転換を目指している。
本来ならNAND型フラッシュメモリーは、収益の戻りが早い事業。減産効果でスポット価格は反転しているが、大口顧客の動きは鈍い。しかも投資が抑制される中で、需要回復期に韓国サムスン電子に競争力で後れをとる可能性もある。
原子力事業を中心に社会インフラは安定収益が見込めるのは確か。原子力ではカザフスタンの国営企業と提携するなど原料からアフターサービスまでの一貫体制を築きつつある。
米ウエスチング・ハウス(WH)買収の投資回収期間も当初の17年から13年に短縮。しかし原子力が収益に本格的に貢献するのは、早くて2012年以降だろう。
自力成長を待つ余裕はない。そこで考えられるのが、優良事業や子会社の売却で現金を得るという選択肢。東芝テックや東芝エレベータなどは保有株の放出でそれぞれ300億―500億円程度の現金が入るとみられる。ただ現時点で「(これらの)売却の予定はない」(東芝首脳)という。
もう一つ注目されるのが原子力事業のハンドリング。WHに対しては現在、子会社を通じ67%の株式を保有している。WHの資本を触媒に東芝連合の形成に動けば、短期・長期でメリットを享受する戦略も可能だ。
今回、蒸気発生器などを調達するIHIの社外監査役に、西田社長の腹心である能仲久嗣副社長を送り込むことを決めた。まさに両社の連携強化は、佐々木次期社長の手腕が生きる場面だ。
半導体再編、主導権とれず
「日本の半導体産業の生き残りも考える。日本は企業数が多い」―。1月29日、収益改善策の発表と同時に飛び出した西田社長の半導体再編への意欲。システムLSIとディスクリート(個別半導体)事業は他社との再編を念頭に分社も辞さない考えを表明した。
原子力を中心とした社会インフラと半導体は成長の両輪のはずだった。ところが今や赤字を垂れ流す半導体事業のテコ入れは最大の懸案事項。すでに事業売却に動いている富士通、赤字子会社を抱えるNECなどの首脳からも、再編に対し以前よりも柔軟な発言が聞こえるようになった。
半導体の売上高で世界3位の東芝。ここ数年、日本の半導体産業をリードしてきたが「現時点で東芝に再編の主導権があるとは到底思えない」と国内半導体大手幹部は指摘する。
まず候補に挙がっているのはNECエレクトロニクスとのシステムLSIの事業統合。先端プロセスを共同開発しており理想的な組み合わせに思える。
ただ、今のところ東芝はシステムLSI事業を連結対象から外す考えはなさそうだ。当然、他社との激しい競争は続き、また東芝の財務体質の抜本的な改善にもつながらない。
持ち分法適用会社にしたとしても、09年3月期に巨額赤字を計上するルネサステクノロジの二の舞になる可能性は高い。ルネサスは結局、親会社の日立製作所と三菱電機が増資を引き受ける。赤字事業を本体から切り離す際は、応分のリストラ原資を新会社に持たせる必要があるが、東芝は1000億円以上の損失を一気に拠出する資金力はないと見られる。
「まずは各社が独力で業績を改善させてからではないと再編どころではない」(NEC幹部)というのが現実だ。西田社長が半導体や原子力など中核事業に集中投資した金額は1兆5000億円超。逆に東芝セラミックや東芝EMI、大型液晶パネルなど撤退・売却した事業は約5000億円に達する。
事業ポートフォリオの入れ替えを積極的に進め「見きり千両」と称された。しかし最近は富士通からハードディスク駆動装置(HDD)事業、パナソニックとの中・小型液晶の共同出資会社を100%子会社することを決めたが、両事業とも収益は厳しい。「東芝が進むべき方向の『選択と集中』からかけ離れている」(証券アナリスト)。
佐々木次期社長はどこまで事業の入れ替えに踏み込むのか。半導体部門は、依然として社内での発言力は大きい。6月末以降、西田社長は執行役を外れ、取締役会の議長として経営を監督する立場になる。だが、当分は重し役として佐々木氏と二人三脚で改革の道筋を指示していかざるをえないだろう。
「社長業は疲れるよ」
「社長業は疲れるよ」―。昨年暮れも押し迫ったころ、ポツリともらした西田社長の本音。すでに自身は社長交代を決断、次期候補の佐々木副社長にも打診していた。でも外では強気の西田節は相変わらず。
05年6月に社長就任後、4年間、全力で駆け抜けてきた自負がある。就任前、5兆円台で停滞していた売上高を一気に7兆円後半まで引き上げた。
そして昨年、2011年3月期に売上高10兆円を目指す中期経営計画を策定。ライバルである日立製作所を射程に入れたまではよかった。
「ここまで半導体が悪いとは…」。この1年、西田社長から何度となくこの発言が繰り返された。03年以降、半導体が東芝の営業利益の5割以上稼ぐ年もしばしば。昨年、NAND型フラッシュメモリーの2工場同時着工を表明したのは、新世代光ディスク「HD―DVD」からの撤退という悪材料をかすませた。商機を見込んだ決断だった。
「リスクをとならないことが最大のリスク」―。この言葉が“西田経営”の極意を端的に表している。社長時代に半導体の設備投資に1兆円以上を注ぎ込み、二つの新工場では総額1兆7000億円の投資を計画していた。業績悪化は世界同時不況の影響としても、財務の悪化はリスクをとっての結果だ。
半導体の不振と対照的に存在感を高めてきたのが社会インフラ事業。社長の座を射止めた佐々木副社長は、WH買収で実務を取り仕切った。
買収当時、WHの税引き前利益は1800万ポンド(当時レートで約38億円)。のれん代を含めても企業の評価額は2000億円程度で、東芝が買収に注ぎ込んだ5000億円に「信じられない」(国内原子力メーカー幹部)という声も多かった。
「縮小均衡では事業の発展性がない。この機を逃せば逆に買収されると思った」。西田社長にWH買収を強く進言したのが、佐々木氏だった。原子力畑一筋の経歴を不安視する向きもある。しかし「西田さん以上に懐の深さがある」(東芝関係者)。
早くから西田社長の才能に気づき社長候補として育ててきた西室泰三元社長(現東京証券取引所会長)はかつて「西田君は頭が良すぎる」とよく口にしていた。自分の目で確かめないと気が済まない性格で決断もトップダウン。
西田社長は3月18日の交代会見で「業績悪化の責任は感じているが今回の交代とは関係ない」と引責を否定。今後は経団連副会長に就任し財界活動にも力を入れる。
西田氏は御手洗冨士夫経団連会長と「気軽に電話する間柄」(財界関係者)で、次の財界総理候補の一人。それには自社の業績回復が大命題だ。「喫緊の課題は収益改善」(佐々木氏)―。佐々木体制は、いろいろな重荷を背負ってスタートする。
日刊工業新聞2009年4月6日
※内容、肩書は当時のもの