METI
介護現場にロボットはどこまで受け入れられるか
技術革新や人手不足で導入進むも課題も多く
介護現場はロボット技術が支える―。そんな次世代の介護が、現実になりつつある。人手不足などにより以前から介護ロボットを求める声は多かったが、昨今の技術革新や注目度の高まりなどにより、いよいよ本格普及の道筋が見え始めた。とはいえ、導入には試行錯誤が伴うのも事実。最先端の機器を狙い通りに活用できていない施設も存在する。長らく介護業界を悩ませている人手問題の解決に向け、ロボットは特効薬になれるだろうか。
「楽しいレクリエーションの時間です。大きな声で歌ってください!」―。コミュニケーションロボットとしてすっかり世の中に定着した人型ロボット「Pepper(ペッパー)」が、軽快な調子でお年寄りに呼びかける。東京・銀座からほど近くの都市型特別養護老人ホーム「新とみ」。その日のデイサービスが終了に近づく午後3時ごろの光景だ。「職員の言うことをなかなか聞かない人も、ペッパーの呼びかけには素直に応えてくれる」と関口ゆかり施設長はほほえむ。ロボットならではの愛嬌や物珍しさは、予想外の効果だ。
この老人ホームでは、2013年にロボット技術の活用を開始した。いまや施設内で活躍するロボット機器は、合計20種以上にのぼる。導入のきっかけは、やはり人手問題だった。「スタッフのほとんどが、腰痛をかかえていた」と関口施設長は明かすように、お年寄りをベッドから車いすに移乗する作業や中腰のままのおむつ交換など、介護業務には重労働が絶えない。そのため「1カ月も経たずに辞めてしまう人もいた」という。
新とみの5~8階には入居者の就寝場所がある。ここでスタッフの腰痛対策として使われているのが、人が腰に装着するタイプのロボット製品だ。空気圧やモーターの働きで身体を起こす方向に力を加え、作業者を支援する仕組み。装着すれば、重いものでも軽々と持ち上げることができる。現在は、サイバーダインの「ハル」と、イノフィスが手がける「マッスルスーツ」の2種を利用している。さまざまな雑務が生じる日中は動きやすいハルを用い、比較的作業に集中できる夜間はパワーの大きいマッスルスーツで対応するなど、巧みに使い分けているところがポイントだ。
移乗業務などによるスタッフの腰への負担は、介護業界全体の共通課題といえる。東京都瑞穂町に所在する「菜の花」も、現場の負担増大に悩む施設の一つである。「腰の問題がなくなるだけでも、離職率は随分減らせるはず」と大塚恵利子法人本部統括部長は現状を訴える。「なんとかして職場環境を改善したい」という運営側の思いから、この施設は2017年4月にサイバーダインのハルを導入した。
「(ハルを)使うのと使わないのでは、疲れ方が全然違う」と、その効果を噛みしめるのは、現場スタッフの萩生里香さん。移乗のほか入浴支援などでも活用しており、「今ではハルがないと仕事をしたくないほど」と言い切る。
萩生さんがここまで絶賛するのには、訳がある。20年近く介護現場に関わる彼女だが、数年前に多発性骨髄腫を患い、休職を余儀なくされた。復帰後も肉体への負担が大きく辛い日々が続いたが、前向きに働く心を取り戻させてくれたのが、ハルだった。「復帰後、しばらくは勤務日数を減らさざるを得なかった。それが、ハルの導入後は仕事をできる日が圧倒的に多くなっている」という。「ロボット技術が普及することで、私のように病後でも復帰できる介護現場が増えてほしい」―。これが萩生さんの願いだ。
新とみや菜の花をはじめ、ロボット技術の導入を試みる介護施設は着実に増えている。新とみの関口施設長が「ここ数年で製品が増え、選択肢が一気に広がった」と指摘するように、参入メーカーの拡大が導入への追い風となっている。事実、政府が「ロボット新戦略」を発表した2015年の前後から、多くの企業がビジネス拡大を見込み、新たな技術や製品を次々と打ち出し始めた。こうした企業にとって、介護分野はまさにニーズの宝庫だ。
ただ、上記の2施設の話は、極めてうまくいった成功事例だろう。他施設に目を移すと、一度は機器を導入しても結局使われなくなるなど、失敗例が少なくない。では、2施設がうまく活用できている理由は何か。「経営トップのリーダーシップが、ロボット導入が進んだ最大の要因」と関口施設長は断言する。新とみでは、運営法人であるシルヴァーウィングの石川公也理事長が、トップダウンで強力に導入を推進している。新しい技術に懐疑的なスタッフもいる中、人手不足や就業環境といった重大な課題に対するトップの危機感が、施設全体を大きく動かした。
菜の花でも、成功要因は同様だ。ハルの導入を決めたのは、運営法人の玉木一弘理事長による鶴の一声だった。もともと玉木理事長の意向で先端技術による環境改善を進めており、その一環でロボット技術に白羽の矢が立った。検討開始から1年足らずで本格運用を開始。「非常にスムーズに進んだ」と大塚統括部長はトップダウンの効果を強調する。
恵まれない就業環境にあってもひたむきに汗を流す介護従事者は、「真面目で自分の仕事に誇りを持っている人が多い」(業界関係者)。だが裏を返せば、現場ではロボットなどの力に頼ることへの抵抗感も根強いという。それでも、人手不足をはじめとした介護現場が抱える諸課題の解決は、“待ったなし”だ。現状打破に向け、経営トップの問題意識、そして牽引力が問われている。
ペッパーには素直に応えてくれる
「楽しいレクリエーションの時間です。大きな声で歌ってください!」―。コミュニケーションロボットとしてすっかり世の中に定着した人型ロボット「Pepper(ペッパー)」が、軽快な調子でお年寄りに呼びかける。東京・銀座からほど近くの都市型特別養護老人ホーム「新とみ」。その日のデイサービスが終了に近づく午後3時ごろの光景だ。「職員の言うことをなかなか聞かない人も、ペッパーの呼びかけには素直に応えてくれる」と関口ゆかり施設長はほほえむ。ロボットならではの愛嬌や物珍しさは、予想外の効果だ。
この老人ホームでは、2013年にロボット技術の活用を開始した。いまや施設内で活躍するロボット機器は、合計20種以上にのぼる。導入のきっかけは、やはり人手問題だった。「スタッフのほとんどが、腰痛をかかえていた」と関口施設長は明かすように、お年寄りをベッドから車いすに移乗する作業や中腰のままのおむつ交換など、介護業務には重労働が絶えない。そのため「1カ月も経たずに辞めてしまう人もいた」という。
装着タイプを使い分け
新とみの5~8階には入居者の就寝場所がある。ここでスタッフの腰痛対策として使われているのが、人が腰に装着するタイプのロボット製品だ。空気圧やモーターの働きで身体を起こす方向に力を加え、作業者を支援する仕組み。装着すれば、重いものでも軽々と持ち上げることができる。現在は、サイバーダインの「ハル」と、イノフィスが手がける「マッスルスーツ」の2種を利用している。さまざまな雑務が生じる日中は動きやすいハルを用い、比較的作業に集中できる夜間はパワーの大きいマッスルスーツで対応するなど、巧みに使い分けているところがポイントだ。
移乗業務などによるスタッフの腰への負担は、介護業界全体の共通課題といえる。東京都瑞穂町に所在する「菜の花」も、現場の負担増大に悩む施設の一つである。「腰の問題がなくなるだけでも、離職率は随分減らせるはず」と大塚恵利子法人本部統括部長は現状を訴える。「なんとかして職場環境を改善したい」という運営側の思いから、この施設は2017年4月にサイバーダインのハルを導入した。
「(ハルを)使うのと使わないのでは、疲れ方が全然違う」と、その効果を噛みしめるのは、現場スタッフの萩生里香さん。移乗のほか入浴支援などでも活用しており、「今ではハルがないと仕事をしたくないほど」と言い切る。
肉体への負担大きく
萩生さんがここまで絶賛するのには、訳がある。20年近く介護現場に関わる彼女だが、数年前に多発性骨髄腫を患い、休職を余儀なくされた。復帰後も肉体への負担が大きく辛い日々が続いたが、前向きに働く心を取り戻させてくれたのが、ハルだった。「復帰後、しばらくは勤務日数を減らさざるを得なかった。それが、ハルの導入後は仕事をできる日が圧倒的に多くなっている」という。「ロボット技術が普及することで、私のように病後でも復帰できる介護現場が増えてほしい」―。これが萩生さんの願いだ。
新とみや菜の花をはじめ、ロボット技術の導入を試みる介護施設は着実に増えている。新とみの関口施設長が「ここ数年で製品が増え、選択肢が一気に広がった」と指摘するように、参入メーカーの拡大が導入への追い風となっている。事実、政府が「ロボット新戦略」を発表した2015年の前後から、多くの企業がビジネス拡大を見込み、新たな技術や製品を次々と打ち出し始めた。こうした企業にとって、介護分野はまさにニーズの宝庫だ。
トップの危機感
ただ、上記の2施設の話は、極めてうまくいった成功事例だろう。他施設に目を移すと、一度は機器を導入しても結局使われなくなるなど、失敗例が少なくない。では、2施設がうまく活用できている理由は何か。「経営トップのリーダーシップが、ロボット導入が進んだ最大の要因」と関口施設長は断言する。新とみでは、運営法人であるシルヴァーウィングの石川公也理事長が、トップダウンで強力に導入を推進している。新しい技術に懐疑的なスタッフもいる中、人手不足や就業環境といった重大な課題に対するトップの危機感が、施設全体を大きく動かした。
菜の花でも、成功要因は同様だ。ハルの導入を決めたのは、運営法人の玉木一弘理事長による鶴の一声だった。もともと玉木理事長の意向で先端技術による環境改善を進めており、その一環でロボット技術に白羽の矢が立った。検討開始から1年足らずで本格運用を開始。「非常にスムーズに進んだ」と大塚統括部長はトップダウンの効果を強調する。
恵まれない就業環境にあってもひたむきに汗を流す介護従事者は、「真面目で自分の仕事に誇りを持っている人が多い」(業界関係者)。だが裏を返せば、現場ではロボットなどの力に頼ることへの抵抗感も根強いという。それでも、人手不足をはじめとした介護現場が抱える諸課題の解決は、“待ったなし”だ。現状打破に向け、経営トップの問題意識、そして牽引力が問われている。