中小企業IoT導入の極意は「とりあえず少しでもやってみる」

<情報工場 「読学」のススメ#42>『中小企業がIoTをやってみた』(岩本 晃一/井上 雄介 編著)

ノーベル賞で話題の行動経済学と中小企業IoT化の共通点とは


 先ごろ、2017年のノーベル経済学賞がリチャード・セイラー氏に決まった。セイラー氏は、ブームを巻き起こした経済学の新分野「行動経済学」を切り拓いた一人である。

 行動経済学は、「人は合理的な動機で行動する」とは限らないことを前提としている。従来の経済学では、論理的に納得のいく行動のみをとる架空の人間(ホモ・エコノミカス)をモデルに分析を行っていたが、行動経済学では生身の人間を対象とする。

 自分や周りの人の行動を振り返れば分かるだろう。たとえば購入商品を選ぶ時に、私たちは、快・不快の感情、愛情や友情、あるいはただの習慣や惰性などに左右されながら決断する。そのため行動経済学では、心理学や社会学などを総合した手法で人間の行動を分析する。

 『中小企業がIoTをやってみた』(日刊工業新聞社)は、中小企業がIoT(Internet of Things:モノのインターネット)を導入する際の課題や方法を論じた一冊。編著者の一人、岩本晃一氏が独立行政法人経済産業研究所で2016年4月から主宰する「IoTによる中堅・中小企業の競争力強化に関する研究会」(IoT研究会)の成果を中心に紹介している。

   

 なぜ冒頭で行動経済学の話をしたかというと、中小企業がIoTをはじめとするテクノロジーを取り入れる際の前提が、行動経済学と似通っているからだ。

 大企業では、個人の思惑よりも組織の論理が優先される。システムやルールが重要になり、それらを重視しないと秩序が保たれず、業務が滞る。

 一方、中小企業では個々の社員の思惑が経営に影響を与える度合いが強いと思われる。システムよりも一人ひとりのやる気やプライド、個々の知識や技能などが大きな意味を持つ。

 したがってIoTを導入する際、大企業であれば、システムを丸ごと発注すればよい。だが、中小企業ではそうもいかない。働く人たちの反発も予想されるからだ。本書では、中小企業の社長がIoTを導入しようとする時の「6つのハードル」を挙げているが、その中に「現場の抵抗を抑えないといけない」というものがある。

 本書によれば、たいていの現場の作業員は、自分たちの仕事にプライドを持っている。そこにIoTを取り入れようとすると、彼らは自分たちの仕事が「ずさん」だからと捉えてしまう。ちゃんと仕事をしていないと上層部が思っているから、IoTを取り入れて締めつけを図るのだと思ってしまうのだ。

 つまり、中小企業の場合、行動経済学と同じように、時に不合理な「個人の感情」を前提にしなければならないのだ。

 現場の作業員のプライドを尊重しながらIoTを取り入れるには、一貫したシステムでこれまでの工程を代替するという発想ではうまくいかない。それより、IoTに一部の工程を「手伝わせる」と考えた方がよさそうだ。あくまで主体を現場の作業員に置くのである。

欧米流、よい意味での「大雑把さ」が決め手


 ところで読者の皆さんは、IoTやAI、ビッグデータといった新しいテクノロジー用語をそれぞれ定義できるだろうか。おおよそこういうものだと、知らない人に説明できるだろうか。

 本書では冒頭の「はじめに」で、こうした用語の使い方と解釈について触れている。おそらく、多くの人はこれらを正確に説明できないのではないか。ビッグデータにしても、どこまでがビッグなのか、基準は誰にもわからないだろう。

 本書によると、欧米の専門家は、こうした「縦割り」の用語をあまり使わないのだという。それより「デジタル化」「コンピュータ化」「ネットワーク化」といった大づかみの言葉の中に、IoTもビッグデータもAIも含ませて使う。

 実際、IoTもAIもビッグデータも、単体で用いられることは少ないのではないか。IoTでつながった機器を制御するのはAIだったりするし、AIはビッグデータをもとに学習する。そうであるならば、デジタル化のくくりの中でいろいろな組み合わせを試してみる方が創造的だ。

 欧米流のよい意味での「大雑把さ」といえば、他にも有効なものがある。「スモールスタート」「トライ&エラー」だ。緻密に計画を立ててからことにあたるのではなく「とりあえずやってみるか」と、小さい範囲に絞り実験的に始めてしまうのである。

 本書には、IoT研究会のメンバーでもある4社のIoT導入事例が掲載されている。いずれも、導入した「結果」のみを報告する成功事例ではなく、途中段階での失敗を含めたすべての経緯を振り返るものになっている。

 たとえば自動車部品を扱う株式会社正田製作所における生産システムのIoT化の事例。当初の構想では、工場において1台ずつ各機械にセンサーをつけて情報を管理・提示することで不良品を出さない、といったシステマチックな仕組みを描いていた。しかし、それには3000万円もかかり、コストパフォーマンスの悪さから別の方法を模索することに。

 結局、自社開発した検査機に通信機能をつける、というものにしたそうだ。当初の構想ではまったく不良品を出さないようなつくりだったが、「不良品やむなし」とし、その不良品を検査して問題を発見するようにしたのだ。

 「通信機能付き検査機」プランは、最初の構想よりも予算が少なくて済むため、「スモールスタート」といえる。こうして小さく始めて大きく育てるのが、予算も人員も少ない中小企業にぴったりなのだ。

 また、IoTの技術自体、日進月歩で進化し続けている。最初から完璧にシステムを組んでしまうと、アップデートのたびにコストがかかる上、システムを止めなくてはいけなくなる。トライ&エラー前提のスモールスタートであれば、進化や変化に柔軟に対応できる。テクノロジーと企業が手を取り合い一緒に成長していけるということだ。

(文=情報工場「セレンディップ」編集部)

『中小企業がIoTをやってみた』
-試行錯誤で獲得したIoTの導入ノウハウ
岩本 晃一/井上 雄介 編著
日刊工業新聞社
198p 2,000円(税別)

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小中島 洋平

小中島 洋平
10月22日
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ITベンダーの一部は、「人間中心」「共創」といった意味の言葉を含めてIoTやAI関連のソリューション提案を行っている。これらの言葉からは、顧客企業の現場で働く人々への配慮が感じられる。IoT導入に対する感情的な反発を和らげ、現場での共同作業を円滑に進めたいという狙いがあるのかもしれない。ビジネスの場であっても感情で物事が決まるケースは少なくない。顧客が中小企業ならばなおさら現場への配慮は重要だろう。

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