2年目に入った日本版「つながる工場」の普及活動。手応えと課題が交錯
<追記あり>日和見的な企業はいずれ置いていかれるようになる
IoT(モノのインターネット)技術で製造業の高度化を目指す官民の活動が2年目を迎えた。この取り組みでは「インダストリー4・0」を掲げるドイツが先行してきたが、この1年で日本も「人・現場主体」などを切り口にした「日本式IoT」の構想を固めつつある。夏からは実証試験が全国各地が始まる。今後、日本がこの分野で世界を主導できるかどうかに注目が集まる。
日本の大手製造業約60社が加わるインダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)は2015年6月に発足した。この1年を通じ、生産ライン間や工場間で情報を共有できる「つながる工場」や、暗黙知の数値化といった「匠(たくみ)の見える化」など約20テーマを対象に事例やモデルにあたる「業務シナリオ」を作成。実際に工場での試験運用にもこぎ着けた。西岡靖之理事長は、「現場で具現化できた点では他国と比較しても進んでいるのではないか」と手応えを口にする。
あらゆる機器にセンサーを取り付けネットワーク化するIoT。製造業に応用すれば工場の内外で情報を共有してサプライチェーンを全体最適化したり、部品メーカーがマーケティング情報を共有したりできる期待がある。温度や振動を解析し、熟練者の勘・こつの見える化も可能だ。
その中でIVIが掲げるのは「ゆるやかな標準」。標準化は一部に限定してよい、ローカルな標準があってもよい、後に標準を変更してもよいとする考えだ。例えばA社とB社で情報共有する際に通信規格1を採用したが、C社を加えることになったので方式を変更してもいいとする。
IVIは5000件以上のゆるやかな標準のモデルをデータベース(DB)化しており、各企業が自社の都合に応じてこの中から選んでいく仕組みだ。
事前に厳格な標準化を適用した方が全体最適の面では優れているかもしれないが、後で変更できない。製造現場の自発的な改善活動を妨げかねず、デメリットの方が大きいというわけだ。
独のインダストリー4・0は自ら判断する賢い機械やロボットが連動して働く工場を追求するなど、「機械化や自動化に偏っている面がある」(IVI関係者)。
IVIは工場内外のトラブルに臨機応援に対応する現場の小集団など、日本の強みを引き継ぎつつ、課題である「職人依存」の解消にIoTや人工知能などを活用する姿勢をとる。
IVIの中でトヨタ自動車などが参加するワーキンググループでは「人が主語」(トヨタの大倉守彦氏)がキーワード。人間の動作や動線のデータを品質や設備稼働のデータとつなぎ、「人と設備が共に成長する工場」を目指す。
不良の原因分析や生産計画の変更などの業務は熟練者の暗黙知に頼る場合が多い。IoTで技能伝承を円滑化する狙いだ。人中心のIoTは過度に設備に依存しないため、初期投資負担も減る。
政府も製造業のIoT投資を後押しする。経済産業省は今夏から「スマート工場」の実証事業14件を順次始める。代表例として、日立製作所と共同で工作機械やロボットなどから得られたデータを一元化し、製品設計や生産管理などに生かす仕組みを作る。あらゆる企業が簡単に導入できるよう、「共通のデータフォーマットを構築する」(経産省製造産業局)のが目標だ。
またムラテック情報システム(京都市伏見区)と、射出成形機から得られるデータの形式を統一して収集するソフトを開発する。開発したミドルウエアは無償公開するとともに業界標準を狙う。
IVIの活動の一環でジェイテクトなどが取り組んできた「人の能力判断ツール」の作成や、今野製作所(東京都足立区)などによる「町工場の連携受注プラットフォーム」なども採択。IVIと連携を深める方針だ。
経産省はこうした実証を通じ、企業に「競争領域と協調領域の切り分け」(糟谷敏秀製造産業局長)を促す考えだ。各企業が培ってきた「秘伝のたれ」のようなノウハウを除く非競争領域でデータを共有する。そうすることで国内企業同士が消耗戦を繰り広げて疲弊していく悪循環から脱却を構想する。
同省が着目するのは新潟県柏崎市。NTTドコモや日本GE、OKIが協力し、地域の中小企業が製造現場のデータの共有を目指している。まずは健康管理や人材育成の情報を共有するなど、間違いなく非競争領域にあたる「工場の外から」連携に着手しているという。経産省はこのような先行事例を拾い上げ、全国に広げていきたい考えだ。
5月に経産省が開いた標準化の報告会。国際標準化機構(ISO)でIoT分野の作業部会などに出席している関係者は、「独が標準化を主導しているが、製造現場での具体化が進んでいないので日本にも機会はある」と報告した。
概念作りに時間をかけ過ぎるより、工場内の課題解決という具体例から製造業のIoTの構想を練っていく日本。1年前は米独に先行されているという危機感も一部の関係者にあったが、今や自信が芽生えつつある。
戦後、日本は米国のエドワーズ・デミング博士から品質管理(QC)を学び、小集団活動「QCサークル」として根付かせるなど独自の発展を遂げた。QC活動は後に米国の自動車メーカーなどが逆輸入した。
著名な経営学者ピーター・ドラッカー博士は西欧由来の制度や技術を日本の風土に合わせて改良し、使いこなすのを「西欧の日本化」と表現した。IoT時代にQC活動が発展したようなパターンの再来となるのか注目される。
とはいえ、米ゼネラル・エレクトリックや独シーメンスがIoTで製品の保守サービスを高度化するなど「製造業のサービス化」という流れに対し、日本では応用先が「工場のカイゼン」に偏っているなど課題もある。
経産省は4月末に独とIoT分野で提携。今後は米国との連携を模索する。IVIは年内に欧米の関係者を招き、日本の取り組みを監督・助言してもらう方針。日本の「つながる工場」が海外から孤立するのを防ぐために、国際交流の重要性がいっそう高まる。
(文=平岡乾)
「ゆるやかな標準」は、標準化された仕様に企業が合わせるのではなく、ストックされた仕様の中から自社に適したものを選ぶという概念だ。標準化にはISO規格など「デジュール」と、パソコンの基本ソフト(OS)のように寡占化の結果としての標準化「デファクト」が一般だ。ゆるやかな標準が、IoT分野の標準化の世界で「第3極」を形成できるか注目される。
IVIも経済産業省も次の目標に「オープン&クローズ戦略」の実現を据える。これはノウハウの一部を明かすことで仲間を増やして勝つというもの。各社が培ってきた財産を簡単に分け与えるとは考えにくく、実現のハードルは高い。仮に企業同士がノウハウを共有してウィンーウィンを実現したとしても、企業の競争力が違えば、両者の間でメリットの大きさが異なり不公平感を生む。ノウハウに対して何かしら価値・権利を評価するための制度設計も求められよう。
(日刊工業新聞経済部・平岡乾)
「他産業の巻き込みとデータ流通市場のビジネスモデルを」
IVIの活動が着実に実を結び、経産省がリードして製造業においては声高にIoTを叫ぶことなくとも、少しずつ緩やかな標準化のアプローチが成果を見せはじめた。米国で行っているIIC(Indurtrial Internet Consortium)においてもまさにつながる実行環境作りを優先しており標準化は二の次なのだ。これはインターネットの発生の過程と同様で、ローカルの小さな繋がった環境が、次第に相互に接続されていき、大きな全体接続を形成するという考え方に基づく。IVIが初めからこれを狙っていたわけではないだろうが、結果としては一定の評価できる方向にむかっていると言えるだろう。
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厳格な標準化避ける
日本の大手製造業約60社が加わるインダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)は2015年6月に発足した。この1年を通じ、生産ライン間や工場間で情報を共有できる「つながる工場」や、暗黙知の数値化といった「匠(たくみ)の見える化」など約20テーマを対象に事例やモデルにあたる「業務シナリオ」を作成。実際に工場での試験運用にもこぎ着けた。西岡靖之理事長は、「現場で具現化できた点では他国と比較しても進んでいるのではないか」と手応えを口にする。
あらゆる機器にセンサーを取り付けネットワーク化するIoT。製造業に応用すれば工場の内外で情報を共有してサプライチェーンを全体最適化したり、部品メーカーがマーケティング情報を共有したりできる期待がある。温度や振動を解析し、熟練者の勘・こつの見える化も可能だ。
その中でIVIが掲げるのは「ゆるやかな標準」。標準化は一部に限定してよい、ローカルな標準があってもよい、後に標準を変更してもよいとする考えだ。例えばA社とB社で情報共有する際に通信規格1を採用したが、C社を加えることになったので方式を変更してもいいとする。
IVIは5000件以上のゆるやかな標準のモデルをデータベース(DB)化しており、各企業が自社の都合に応じてこの中から選んでいく仕組みだ。
事前に厳格な標準化を適用した方が全体最適の面では優れているかもしれないが、後で変更できない。製造現場の自発的な改善活動を妨げかねず、デメリットの方が大きいというわけだ。
ドイツは自動化に偏り。日本は人が中心
独のインダストリー4・0は自ら判断する賢い機械やロボットが連動して働く工場を追求するなど、「機械化や自動化に偏っている面がある」(IVI関係者)。
IVIは工場内外のトラブルに臨機応援に対応する現場の小集団など、日本の強みを引き継ぎつつ、課題である「職人依存」の解消にIoTや人工知能などを活用する姿勢をとる。
IVIの中でトヨタ自動車などが参加するワーキンググループでは「人が主語」(トヨタの大倉守彦氏)がキーワード。人間の動作や動線のデータを品質や設備稼働のデータとつなぎ、「人と設備が共に成長する工場」を目指す。
不良の原因分析や生産計画の変更などの業務は熟練者の暗黙知に頼る場合が多い。IoTで技能伝承を円滑化する狙いだ。人中心のIoTは過度に設備に依存しないため、初期投資負担も減る。
「柏崎モデル」はひな形になるか
政府も製造業のIoT投資を後押しする。経済産業省は今夏から「スマート工場」の実証事業14件を順次始める。代表例として、日立製作所と共同で工作機械やロボットなどから得られたデータを一元化し、製品設計や生産管理などに生かす仕組みを作る。あらゆる企業が簡単に導入できるよう、「共通のデータフォーマットを構築する」(経産省製造産業局)のが目標だ。
またムラテック情報システム(京都市伏見区)と、射出成形機から得られるデータの形式を統一して収集するソフトを開発する。開発したミドルウエアは無償公開するとともに業界標準を狙う。
IVIの活動の一環でジェイテクトなどが取り組んできた「人の能力判断ツール」の作成や、今野製作所(東京都足立区)などによる「町工場の連携受注プラットフォーム」なども採択。IVIと連携を深める方針だ。
経産省はこうした実証を通じ、企業に「競争領域と協調領域の切り分け」(糟谷敏秀製造産業局長)を促す考えだ。各企業が培ってきた「秘伝のたれ」のようなノウハウを除く非競争領域でデータを共有する。そうすることで国内企業同士が消耗戦を繰り広げて疲弊していく悪循環から脱却を構想する。
同省が着目するのは新潟県柏崎市。NTTドコモや日本GE、OKIが協力し、地域の中小企業が製造現場のデータの共有を目指している。まずは健康管理や人材育成の情報を共有するなど、間違いなく非競争領域にあたる「工場の外から」連携に着手しているという。経産省はこのような先行事例を拾い上げ、全国に広げていきたい考えだ。
危機感から自信に
5月に経産省が開いた標準化の報告会。国際標準化機構(ISO)でIoT分野の作業部会などに出席している関係者は、「独が標準化を主導しているが、製造現場での具体化が進んでいないので日本にも機会はある」と報告した。
概念作りに時間をかけ過ぎるより、工場内の課題解決という具体例から製造業のIoTの構想を練っていく日本。1年前は米独に先行されているという危機感も一部の関係者にあったが、今や自信が芽生えつつある。
戦後、日本は米国のエドワーズ・デミング博士から品質管理(QC)を学び、小集団活動「QCサークル」として根付かせるなど独自の発展を遂げた。QC活動は後に米国の自動車メーカーなどが逆輸入した。
著名な経営学者ピーター・ドラッカー博士は西欧由来の制度や技術を日本の風土に合わせて改良し、使いこなすのを「西欧の日本化」と表現した。IoT時代にQC活動が発展したようなパターンの再来となるのか注目される。
とはいえ、米ゼネラル・エレクトリックや独シーメンスがIoTで製品の保守サービスを高度化するなど「製造業のサービス化」という流れに対し、日本では応用先が「工場のカイゼン」に偏っているなど課題もある。
経産省は4月末に独とIoT分野で提携。今後は米国との連携を模索する。IVIは年内に欧米の関係者を招き、日本の取り組みを監督・助言してもらう方針。日本の「つながる工場」が海外から孤立するのを防ぐために、国際交流の重要性がいっそう高まる。
(文=平岡乾)
記者ファシリテーターの見方
「ゆるやかな標準」は、標準化された仕様に企業が合わせるのではなく、ストックされた仕様の中から自社に適したものを選ぶという概念だ。標準化にはISO規格など「デジュール」と、パソコンの基本ソフト(OS)のように寡占化の結果としての標準化「デファクト」が一般だ。ゆるやかな標準が、IoT分野の標準化の世界で「第3極」を形成できるか注目される。
IVIも経済産業省も次の目標に「オープン&クローズ戦略」の実現を据える。これはノウハウの一部を明かすことで仲間を増やして勝つというもの。各社が培ってきた財産を簡単に分け与えるとは考えにくく、実現のハードルは高い。仮に企業同士がノウハウを共有してウィンーウィンを実現したとしても、企業の競争力が違えば、両者の間でメリットの大きさが異なり不公平感を生む。ノウハウに対して何かしら価値・権利を評価するための制度設計も求められよう。
(日刊工業新聞経済部・平岡乾)
ファシリテーターの八子知礼氏の見方
「他産業の巻き込みとデータ流通市場のビジネスモデルを」
IVIの活動が着実に実を結び、経産省がリードして製造業においては声高にIoTを叫ぶことなくとも、少しずつ緩やかな標準化のアプローチが成果を見せはじめた。米国で行っているIIC(Indurtrial Internet Consortium)においてもまさにつながる実行環境作りを優先しており標準化は二の次なのだ。これはインターネットの発生の過程と同様で、ローカルの小さな繋がった環境が、次第に相互に接続されていき、大きな全体接続を形成するという考え方に基づく。IVIが初めからこれを狙っていたわけではないだろうが、結果としては一定の評価できる方向にむかっていると言えるだろう。
<続きはコメント欄で>
日刊工業新聞2016年6月29日