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中国で特許バブル? 政府が出願推奨、日本の4倍に

「『中国は偽物だらけ』と侮っていられた段階はとうに終わった」
 中国で特許の出願数が爆発的に増えている。2016年の特許出願数は133万9000件と日本の約4倍にのぼった。科学論文数の急増に呼応するように特許出願数も伸び、このうち大学からの出願数が12%を占めている。一方で特許裁判の件数が年間約1万2000件(16年)と世界一の知財訴訟大国でもある。企業や大学の知財戦略上、無視できない存在感を放っている。

量から質へ


 「『中国は偽物だらけ』と侮っていられた段階はとうに終わった」―。元特許庁長官の荒井寿光氏はこう警告する。

 科学技術振興機構(JST)の中国総合研究交流センターがまとめた知財の調査報告書によると、中国では大学の特許出願が奨励されており、15年の出願数は13万7000件と日本の約19倍にのぼる。中国の学術界では被引用率の高い科学論文が増えており、価値の高い基本特許が増える見込みだ。

 企業へは補助金や減税で出願を後押しする。知財は融資の担保となり、知財担保融資の総額は15年が932億元(約1兆5700億円)で、20年の目標は2倍の1800億元(約3兆円)。知財を売買する技術取引所の14年取引成約額は8577億元(約14兆円)で、20年は2兆元(約34兆円)を目指している。荒井氏は、「全体の質には課題がある」と指摘しつつ、「中国政府は量から質への転換を進めている。トップレベルの特許の質では日本はすでに抜かれているかもしれない」と懸念する。

裁判の件数増加


 中国では特許の出願数が増えるに従い、裁判の件数も増加しつつある。16年の特許関連の裁判が1万2000件で米国の約2倍、著作権など知財に関わる民事訴訟全体は、13万7000件で日本の270倍にのぼる。

 さらに、権利侵犯に対して法的賠償額を裁判官の裁量で引き上げ、知財の資産価値を高めているという。JSTの濱口道成理事長は、「中国は確実に訴訟大国になる。欧州の技術標準に近い力をもつようになる」と指摘する。ただ、この「急増はバブル」との指摘もある。中国の知財使用料輸出額は、15年までの5年間累計44億4000万ドル(約4900億円)に過ぎず、20年の5年累計目標が100億ドル(約1兆1000億円)と技術取引額や知財担保融資額に比べて小さい。

 知財で稼ぐ外貨以上の資金が短期間に流入し、大量の知財と判例が生まれていると見られる。実際、中国では年間3万人のペースで弁護士が増えているという。

市場崩壊の恐れ


 これは世界の司法サービス市場に大きな影響を与える。荒井氏は、「長期的には米国が世界の裁判所になったように、中国の裁判所で重要な知財について争うようになるのでは」と予想する。

 ただ、司法サービスは裁判だけではなく契約やコンサルなど幅広い。優秀な弁護士は高額報酬で迎えられる。その前にバブルがはじけるように、知財の資産価値が下がれば市場が壊れてモラルハザード(倫理観の欠如)が蔓延する恐れもある。濱口理事長は「今後の動向を注視しなければならない」と強調する。
 

(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年10月9日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
日本の弁護士数は約3万8000人なので、中国で毎年3万人増えているという状況がどんなインパクトを持つのかと思います。人材を育てるだけの裁判数はありそうです。ただ年間1万2000件の特許裁判は、法解釈や技術解釈の体系化、判例の蓄積が健全に行える規模なのか。モラルハザード対策として判決文公開や裁判ネット中継がされても、公衆にモラルハザードを防ぐ力があるのか。世界の司法サービスの市場構造をどうひずませるのか。バブルが弾けたら中国の弁護士はどこに糧を求めるのか。わからないので注視したほうがいいかもしれません。

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