日立製の新型車両、英高速鉄道で営業運転開始
都市間高速鉄道計画(IEP)の新型車両「クラス800」
**総事業費1兆円の巨大プロジェクト
【英ロンドン=明豊】日立製作所が英国で受注した都市間高速鉄道計画(IEP)の新型車両「クラス800」が、16日(現地時間)に営業運転を開始した。IEPは866両の車両供給と27年半の保守業務を手がける総事業費1兆円の巨大プロジェクト。運行にあたり正井健太郎執行役常務は取材陣に対し「長い努力が報われた。この実績を新しい受注につなげていきたい」と抱負を語った。また車両に神戸製鋼所のデータ改ざんしたアルミ製品が使われている問題について「独自に確認し(英国基準の)安全性に問題ない」とした。部品交換などが起こった場合は、神鋼側に補償の請求も検討していくという。
今回、営業を始めたのはロンドンと英国南西部を結ぶグレートウェスタン本線。朝7時、ロンドン中心部のパディントン駅を出発した。来年にはロンドンと英北部スコットランドを結ぶ路線でも新型車両が投入される。
現在、車両は笠戸事業所(山口県下松市)で基幹部分を製造、英北東部に新設したニュートン・エイクリフ工場で、1日1車両のペースで組み立てている。同工場の従業員数は当初計画の900人より増え、現在は約1000人という。
日立はIEPを足がかりに英国でそのほか案件も獲得、受注残は1000両を超える。またイタリアの大手信号メーカーなどを買収しグローバル展開を進めている。一方で世界2位の独シーメンスと同3位の仏アルストムが事業統合を決めたことで、鉄道事業の成長戦略に大きな影響が出るのは必至だ。
日立が鉄道事業の英国参入への挑戦を始めたのは1999年までさかのぼる。「日本品質」は認められたが、日本人中心の営業活動ではなかなか核心に迫れないでいた。そこで現在の鉄道部門のトップであるアリステア・ドーマー氏を仏アルストムからスカウト、2005年にロンドンとケント州を結ぶ高速鉄道「クラス395」の車両と保守の受注に成功した。同車両は2012年のロンドン五輪で、メーン会場へのシャトル便として、一度の運休や遅れもなく運行したことでさらに日立の評価は高まった。
IEP計画に話を戻すと、老朽化した英国の都市間を結ぶ高速鉄道車両を全面的に置き換えるプロジェクト。同プロジェクトの最大の特徴は、鉄道案件として過去最大規模となる「PPP(官民連携パートナーシップ)」のスキームを活用することだ。政府から鉄道の運営を委託された民間事業者に、日々のダイヤに合わせて整備状態にある車両をリースするサービス事業である。
日立はこの案件で三つの顔を持つ。一つは、車両リース事業会社の筆頭株主、二つ目は、リースに必要な車両や保守拠点を担当するメーカー、三つ目は政府から約30年の保守サービスを保障される事業者。
2008年の入札で競合になったのは、独シーメンスとカナダ・ボンバルディア連合。「クラス395」の納入や走行試験状況なども考慮され、2009年2月に日立が英国運輸省から優先交渉権を獲得する。折しもリーマンショックの直後ということもあり、巨大案件を日本企業に発注することに批判も多かった。そこで日立は現地に車両組立工場を作ることを決断、英国の雇用創出につながることをアピールした。
ところが、契約直前の2010年2月、英国運輸省から5月に迫った総選挙の影響を考慮し、案件を一時凍結する通告を受ける。総選挙の結果はブラウン政権が敗れ、緊縮財政を公約に掲げたキャメロン政権が誕生、IEPも支出計画の見直し対象になった。この間も日本政府のロビー活動は続き、2011年3月に交渉が再開される。
しかし、まだ苦難は続く。ギリシャを震源とする欧州金融危機が深刻化し、IEPへの融資に前向きだった欧州銀行がプロジェクトから手を引いていったのだ。一方で国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)をはじめ邦銀各行がファイナンスサポートにコミットし、欧州開発銀行なども加わり2014年7月に契約発効となった。
その年の4月、日立は鉄道部門のトップにドーマー氏が就任。グローバルオペレーションの拠点をロンドンに移した。英国は金融業界からコンサルタント、弁護士など鉄道ビジネスの情報が集まる場所でもある。ロンドンから世界市場をどうのように俯瞰(ふかん)していくか。IEPの運行は単なる通過点に過ぎない。
【英ロンドン=明豊】日立製作所が英国で受注した都市間高速鉄道計画(IEP)の新型車両「クラス800」が、16日(現地時間)に営業運転を開始した。IEPは866両の車両供給と27年半の保守業務を手がける総事業費1兆円の巨大プロジェクト。運行にあたり正井健太郎執行役常務は取材陣に対し「長い努力が報われた。この実績を新しい受注につなげていきたい」と抱負を語った。また車両に神戸製鋼所のデータ改ざんしたアルミ製品が使われている問題について「独自に確認し(英国基準の)安全性に問題ない」とした。部品交換などが起こった場合は、神鋼側に補償の請求も検討していくという。
今回、営業を始めたのはロンドンと英国南西部を結ぶグレートウェスタン本線。朝7時、ロンドン中心部のパディントン駅を出発した。来年にはロンドンと英北部スコットランドを結ぶ路線でも新型車両が投入される。
現在、車両は笠戸事業所(山口県下松市)で基幹部分を製造、英北東部に新設したニュートン・エイクリフ工場で、1日1車両のペースで組み立てている。同工場の従業員数は当初計画の900人より増え、現在は約1000人という。
日立はIEPを足がかりに英国でそのほか案件も獲得、受注残は1000両を超える。またイタリアの大手信号メーカーなどを買収しグローバル展開を進めている。一方で世界2位の独シーメンスと同3位の仏アルストムが事業統合を決めたことで、鉄道事業の成長戦略に大きな影響が出るのは必至だ。
鉄道で最大規模のPPP案件
日立が鉄道事業の英国参入への挑戦を始めたのは1999年までさかのぼる。「日本品質」は認められたが、日本人中心の営業活動ではなかなか核心に迫れないでいた。そこで現在の鉄道部門のトップであるアリステア・ドーマー氏を仏アルストムからスカウト、2005年にロンドンとケント州を結ぶ高速鉄道「クラス395」の車両と保守の受注に成功した。同車両は2012年のロンドン五輪で、メーン会場へのシャトル便として、一度の運休や遅れもなく運行したことでさらに日立の評価は高まった。
IEP計画に話を戻すと、老朽化した英国の都市間を結ぶ高速鉄道車両を全面的に置き換えるプロジェクト。同プロジェクトの最大の特徴は、鉄道案件として過去最大規模となる「PPP(官民連携パートナーシップ)」のスキームを活用することだ。政府から鉄道の運営を委託された民間事業者に、日々のダイヤに合わせて整備状態にある車両をリースするサービス事業である。
日立はこの案件で三つの顔を持つ。一つは、車両リース事業会社の筆頭株主、二つ目は、リースに必要な車両や保守拠点を担当するメーカー、三つ目は政府から約30年の保守サービスを保障される事業者。
現地での組立工場立地が決め手に
2008年の入札で競合になったのは、独シーメンスとカナダ・ボンバルディア連合。「クラス395」の納入や走行試験状況なども考慮され、2009年2月に日立が英国運輸省から優先交渉権を獲得する。折しもリーマンショックの直後ということもあり、巨大案件を日本企業に発注することに批判も多かった。そこで日立は現地に車両組立工場を作ることを決断、英国の雇用創出につながることをアピールした。
ところが、契約直前の2010年2月、英国運輸省から5月に迫った総選挙の影響を考慮し、案件を一時凍結する通告を受ける。総選挙の結果はブラウン政権が敗れ、緊縮財政を公約に掲げたキャメロン政権が誕生、IEPも支出計画の見直し対象になった。この間も日本政府のロビー活動は続き、2011年3月に交渉が再開される。
しかし、まだ苦難は続く。ギリシャを震源とする欧州金融危機が深刻化し、IEPへの融資に前向きだった欧州銀行がプロジェクトから手を引いていったのだ。一方で国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)をはじめ邦銀各行がファイナンスサポートにコミットし、欧州開発銀行なども加わり2014年7月に契約発効となった。
その年の4月、日立は鉄道部門のトップにドーマー氏が就任。グローバルオペレーションの拠点をロンドンに移した。英国は金融業界からコンサルタント、弁護士など鉄道ビジネスの情報が集まる場所でもある。ロンドンから世界市場をどうのように俯瞰(ふかん)していくか。IEPの運行は単なる通過点に過ぎない。
日刊工業新聞2017年10月16日