学生が創る、VRの未来。次はサブカル?
今日から国際コンテスト。自由な発想、現在のブーム先取り
未来は学生が創る―。今年で25周年となる「国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト」(IVRC)の予選大会が14日に開幕する。10月28日に決勝大会を開く予定で、学生らが自作した仮想現実(VR)コンテンツを競う。バンジージャンプVRや海中遊泳VRといったこれまでの作品が、現在のVRアトラクションの原型となった。VRブームの源流には学生たちの自由な発想や創作を支える大学側の工夫がある。
IVRCは学生のための祭典だ。1993年に始まり、96年に設立された日本バーチャルリアリティ学会よりも歴史が長い。学生が扱える技術はコモディティー化する直前の技術が多い。そのため企業の技術者もネタを探しに集まる。結果、作品の多くが現在のVRブームで実現された。
94年に筑波大学チームが開発した「バーチャルバンジージャンプ」はヘッド・マウント・ディスプレー(HMD)をかぶり身体をロープでつないでジャンプする。
身体が90度倒れて、その場で宙づりになるだけだが、HMDの映像では真っ逆さまに落ちていく。筑波大の岩田洋夫教授は「映像にだまされ、自由落下していると錯覚する」と振り返る。VRなら高さの制限はなく無限に落ち続けることも可能だ。
01年の東京工業大学のブランコVRはプロジェクター映像とブランコを組み合わせた。座板を上下に駆動してスイングの加速度を表現。つりひもを急に緩めて自由落下による“ガッタン”も再現した。13年には慶応義塾大学がロープスライダーVRを製作。ウインチでつりひもを操作し、HMDと扇風機で滑空を表現した。
これらは現在のVRアトラクションの目玉の一つ。アドアーズの運営する「VR PARK TOKYO」の「ジャングルバンジーVR」ではジャングルをブランコに乗って滑空する。“ガッタン”はコンテンツの見せ場だ。
これから導入が期待される技術も多い。例えばバッティングやチャンバラなど、バットや剣が相手にぶつかる衝撃はVRの重要な要素だ。現在のVRアトラクションでは剣でモンスターを攻撃しても、その腕は空を切る。00年の東京大学の「バーチャルチャンバラ」では棒の先についた回転体が急停止する慣性力で衝撃を表現した。
96年の筑波大の「ノボール1号」はロッククライミングをVR化した。体験者はHMDをかぶって宙づりになり、逆さにしたトレッドミルに取り付けた突起をつかんでよじ登る。トレッドミルとHMDの映像を同期し、無限に登り続けられる。16年に米オキュラスのHMDのロッククライミングゲームが、美しい映像でヒット、ベストセラーになったが、肝心の両手はコントローラーで操作していた。今後、衝撃や触覚の提示はVRの重要技術になる。
学生の創作を活性化するために大学側も工夫している。VRはハードとソフトの技術力と、コンテンツや顧客体験のデザイン力が求められる。技術に強い学生だけでも、デザインに強い学生だけでもIVRCを勝ち抜けない。学生同士が連携して複合領域に踏み入る登竜門になっている。
明治大学の先端メディアサイエンス学科では大学1年生から研究室に仮配属されて複数の研究室を経験することがチームづくりに役立っている。明大の福地健太郎准教授は「学生は最大で三つの研究室を経験する。学生が各研究室の得意技を持ち寄りチームをつくっている」と説明する。
京都産業大学コンピュータ理工学部はVR演習の受講者がIVRCに挑戦している。指導する永谷直久助教は「普段から仲のいい友達ではチームを組ませない」という。チームづくりの前にアイデアを出して、携わりたいアイデアごとにチームをつくる。「それまで一度も話したことのないメンバーでも熱心に開発している」と強い手応えを感じている。
同大学では学内で複数の開発コンテストが開かれている影響もある。同学部の平井重行准教授は「06年からコンテストを開いてきたため学生サークルがいくつもできた。学内で勝ち上がったチームは外の大きな大会に挑戦している」と学内でチームを育て、外に送り出す流れができた。
電気通信大学は「工房」という学生サークルを大学が公認し、活動スペースなどを提供して支援している。電通大の梶本裕之准教授は「先輩に学び、後輩に教える。経験者はサークルで研究の一端を体験していて研究室でも力を発揮する場面が多い」と評価する。
アイデアやチームができても、試作する工作環境がなければモノにならない。そこで3Dプリンターなどをそろえた電子工作室を整備する大学が増えている。中でも筑波大は文部科学省の人材育成予算で「エンパワースタジオ」という世界最大のVRスタジオを建てた。体育館ほどのスペース全体にVR映像を映し出せる。岩田教授は「VR空間の中でスポーツができる」と胸をはる。電子工作室を併設し、デバイスを作れば、すぐにスタジオでVRを試せる。
モノづくりには機械や材料などのコストがかかる。学生支援予算の確保ができなくなり、工作室を閉じる大学もある。この点で強いのが実習工場などを持つ高等専門学校だ。木更津高専の栗本育三郎教授は「学生はコンバーターが欲しければ自分で作る」という。96年に空を飛ぶ体験ができる巨大なVR装置を作って準優勝した。
栗本教授は「メンバーが寮で生活していることも強みの一つ」という。良くも悪くも逃げ場がなく、「歴代、追い込まれても逃げない学生が育ち受け継がれている」と目を細める。
VR業界はHMDの普及で分水嶺にある。プロのクリエイターが参入して、学生では手が出ないような良質なコンテンツが流通しだした。IVRCでもHMDを使っただけの作品では新鮮さを感じられなくなった。
岩田教授は「道は二つ。新しい技術や分野に挑戦するか、バカバカしさを追究するか」と指摘する。コンテンツは優良作品の市場ができると、その裏では必ずサブカルチャーの市場ができる。
「バカバカしさは常識の域を突き抜けると立派な作品になる。この数年でサブカルVR市場が立ち上がる」(岩田教授)。14日からのIVRC予選大会でもイナゴを車エビの味に変えるVRや、蚊になって生き血を吸うVRが出品される予定だ。
(文=小寺貴之)
IVRCは学生のための祭典だ。1993年に始まり、96年に設立された日本バーチャルリアリティ学会よりも歴史が長い。学生が扱える技術はコモディティー化する直前の技術が多い。そのため企業の技術者もネタを探しに集まる。結果、作品の多くが現在のVRブームで実現された。
94年に筑波大学チームが開発した「バーチャルバンジージャンプ」はヘッド・マウント・ディスプレー(HMD)をかぶり身体をロープでつないでジャンプする。
身体が90度倒れて、その場で宙づりになるだけだが、HMDの映像では真っ逆さまに落ちていく。筑波大の岩田洋夫教授は「映像にだまされ、自由落下していると錯覚する」と振り返る。VRなら高さの制限はなく無限に落ち続けることも可能だ。
01年の東京工業大学のブランコVRはプロジェクター映像とブランコを組み合わせた。座板を上下に駆動してスイングの加速度を表現。つりひもを急に緩めて自由落下による“ガッタン”も再現した。13年には慶応義塾大学がロープスライダーVRを製作。ウインチでつりひもを操作し、HMDと扇風機で滑空を表現した。
これらは現在のVRアトラクションの目玉の一つ。アドアーズの運営する「VR PARK TOKYO」の「ジャングルバンジーVR」ではジャングルをブランコに乗って滑空する。“ガッタン”はコンテンツの見せ場だ。
これから導入が期待される技術も多い。例えばバッティングやチャンバラなど、バットや剣が相手にぶつかる衝撃はVRの重要な要素だ。現在のVRアトラクションでは剣でモンスターを攻撃しても、その腕は空を切る。00年の東京大学の「バーチャルチャンバラ」では棒の先についた回転体が急停止する慣性力で衝撃を表現した。
96年の筑波大の「ノボール1号」はロッククライミングをVR化した。体験者はHMDをかぶって宙づりになり、逆さにしたトレッドミルに取り付けた突起をつかんでよじ登る。トレッドミルとHMDの映像を同期し、無限に登り続けられる。16年に米オキュラスのHMDのロッククライミングゲームが、美しい映像でヒット、ベストセラーになったが、肝心の両手はコントローラーで操作していた。今後、衝撃や触覚の提示はVRの重要技術になる。
大学の支援、最先端「スタジオ」提供
学生の創作を活性化するために大学側も工夫している。VRはハードとソフトの技術力と、コンテンツや顧客体験のデザイン力が求められる。技術に強い学生だけでも、デザインに強い学生だけでもIVRCを勝ち抜けない。学生同士が連携して複合領域に踏み入る登竜門になっている。
明治大学の先端メディアサイエンス学科では大学1年生から研究室に仮配属されて複数の研究室を経験することがチームづくりに役立っている。明大の福地健太郎准教授は「学生は最大で三つの研究室を経験する。学生が各研究室の得意技を持ち寄りチームをつくっている」と説明する。
京都産業大学コンピュータ理工学部はVR演習の受講者がIVRCに挑戦している。指導する永谷直久助教は「普段から仲のいい友達ではチームを組ませない」という。チームづくりの前にアイデアを出して、携わりたいアイデアごとにチームをつくる。「それまで一度も話したことのないメンバーでも熱心に開発している」と強い手応えを感じている。
同大学では学内で複数の開発コンテストが開かれている影響もある。同学部の平井重行准教授は「06年からコンテストを開いてきたため学生サークルがいくつもできた。学内で勝ち上がったチームは外の大きな大会に挑戦している」と学内でチームを育て、外に送り出す流れができた。
電気通信大学は「工房」という学生サークルを大学が公認し、活動スペースなどを提供して支援している。電通大の梶本裕之准教授は「先輩に学び、後輩に教える。経験者はサークルで研究の一端を体験していて研究室でも力を発揮する場面が多い」と評価する。
アイデアやチームができても、試作する工作環境がなければモノにならない。そこで3Dプリンターなどをそろえた電子工作室を整備する大学が増えている。中でも筑波大は文部科学省の人材育成予算で「エンパワースタジオ」という世界最大のVRスタジオを建てた。体育館ほどのスペース全体にVR映像を映し出せる。岩田教授は「VR空間の中でスポーツができる」と胸をはる。電子工作室を併設し、デバイスを作れば、すぐにスタジオでVRを試せる。
モノづくりには機械や材料などのコストがかかる。学生支援予算の確保ができなくなり、工作室を閉じる大学もある。この点で強いのが実習工場などを持つ高等専門学校だ。木更津高専の栗本育三郎教授は「学生はコンバーターが欲しければ自分で作る」という。96年に空を飛ぶ体験ができる巨大なVR装置を作って準優勝した。
栗本教授は「メンバーが寮で生活していることも強みの一つ」という。良くも悪くも逃げ場がなく、「歴代、追い込まれても逃げない学生が育ち受け継がれている」と目を細める。
新技術か独創性か、HMD普及で分水嶺
VR業界はHMDの普及で分水嶺にある。プロのクリエイターが参入して、学生では手が出ないような良質なコンテンツが流通しだした。IVRCでもHMDを使っただけの作品では新鮮さを感じられなくなった。
岩田教授は「道は二つ。新しい技術や分野に挑戦するか、バカバカしさを追究するか」と指摘する。コンテンツは優良作品の市場ができると、その裏では必ずサブカルチャーの市場ができる。
「バカバカしさは常識の域を突き抜けると立派な作品になる。この数年でサブカルVR市場が立ち上がる」(岩田教授)。14日からのIVRC予選大会でもイナゴを車エビの味に変えるVRや、蚊になって生き血を吸うVRが出品される予定だ。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年9月12日