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大量引退時代が始まった!後継者問題はピンチかチャンスか

若手起業家やベンチャー投資家にとって、優良中小企業の事業基盤は魅力
 わが国の産業界が大きな世代交代の波を迎えている。団塊の世代が一斉に経営の一線を退き始めたためだ。そのため後継者がおらずに廃業に迫られる企業が出始めるなど、多くの中小企業で事業承継が大きな経営問題となっている。ただしピンチはチャンスにもなり得る。世代交代に加え、事業承継に端を発したM&A(合併・買収)や業界再編などで事業を活性化させ、再び成長路線を歩み始める企業の例も少なくない。10年先にあなたの会社がどうなっているか、今こそ考えるタイミングにある。

5年間で40万社も減少


 10年後の会社像が見えてますか-。こう質問された時、何人の中小企業経営者が自信を持って答えられるだろうか。多くは「自分の代で事業をたたもうか」「息子には継ぐ意志もないし…」「この年で攻めの投資はちょっと」など悩みを抱えているに違いない。

 2009年から2014年にかけて中小企業は約40万社も減少した。中小企業経営者の高齢化が進み、この20年間で経営者年齢の最多層は47歳から66歳へ移動した。今後5年で30万人以上の法人経営者が70歳を迎える。それにも関わらず、後継者が決まっていない企業が約6割を占める。70代の経営者であっても、引き継ぎ準備を行っている経営者は半数に過ぎない。
中小企業の経営者年齢の分布(年代別)

 このままいくと、2020年頃には後継者難を理由に廃業する中小・小規模事業者が数十万単位で発生するだろう。産業基盤を揺るがしかねない危険水域に入る。

 だが、見方を変えれば悲観ばかりではない。実は中小企業の倒産件数はこの数年で4割近くも減っている。課題は2万5000-2万9000件の間で高止まりしている休廃業・解散件数だ。言い換えれば、収益力を持ったまま引退を選ぶ経営者が少なくないということだ。
休廃業・解散企業の経営者年齢 

 若手起業家やベンチャー投資家にとって、こうした優良中小企業の事業基盤は紛れもなく「チャンス」と映るに違いない。事業を受け継ぎ、先代の残した有形無形の「稼ぐ力」を活用すれば、新たなビジネスモデルをつくりあげたり、経営合理化にも踏み切れるからだ。団塊経営者の大量引退時代は、同時に「第二創業期」の幕開けであり、日本をベンチャー大国へと押し上げる契機といえる。

 世代交代効果を裏付けるデータがある。日本政策金融公庫総合研究所が廃業予定企業を調査したところ、3割の経営者が「同業他社より良い業績を上げている」と回答し、今後10年間の将来性について4割の経営者が「少なくとも現状維持は可能」と答えた。
                     

                  

                      
         
 やはり若い経営者ほど事業拡大や投資に積極的だ。経済産業省・中小企業庁が経営者の世代別に直近3年間の売上高傾向を調べたところ、「30歳以上40歳未満」経営者の51・2%が売上高を増加させた。ところが「60歳以上70歳未満」では21・8%に、「70歳以上」では14・4%にとどまった。中小企業庁は「経営者年齢が上がるほど投資意欲が下がり、リスク回避性向が高まる」と分析している。

 世代交代を伴う事業承継が中小企業の成長につながる公算は大きい。しかし一朝一夕にできることではないのも事実。息子や娘など親族内で経営権を譲るには最低でも5年~10年かかるとの見方が一般的だ。

目に見えない資産も承継


 承継する経営資源は株式や設備だけにはとどまらない。「事業は人なり」とはパナソニック創業者である松下幸之助の言葉だが、従業員のモチベーション維持はもちろん、経営理念や顧客情報、取引先の人脈など目に見えない資産も大切に引き継いでいかなければならない。

 ある企業では「経営者が高齢を理由に引退し、娘に経営を委ねたものの、株式を譲らず、その後、新社長の経営手腕による業績回復に焼き餅を焼いて、株主権限で娘を解任した」という例がある。この企業は結局、不自然な社長復活劇に従業員や取引先、金融機関は混乱し、業績は下り坂になったという。

 事業承継コンサルティングを手がける青山財産ネットワークスの蓮見正純社長は「赤字事業を幕引きし、不良債権や資産、株主を整理するなど、後継者にとって承継しやすい環境を整えることが大切」と話す。

M&Aなど親族外承継も広がる


 最近、後継者がいない場合の解決策として注目を集めているのがM&Aだ。直近10年では法人経営者の親族内承継の割合は急減しており、従業員や社外の第三者といった親族外承継が6割以上に達した。公表案件だけでも年間700件前後の未上場企業間のM&Aが確認されている。ただ、日本は欧米に比べて中小、小規模事業者のM&Aマーケットの形成が遅れているのが実態だ。

 フランスでは政府系金融機関が事業承継の全国取引所をインターネット上に開設。民間企業や業界団体、商工会議所など11のデータベース(DB)をネットワークで結び、約1万1000件の譲渡希望企業の情報を検索できるシステムが存在する。

 また、米国では企業売買に関するオンライン掲示板が存在する。1万5000件に及ぶ売り物リストのほか、売買に関するアドバイスやビジネスを斡旋する仲介業者の地域別リスト、融資や評価に関する記事、参考書など盛りだくさんの内容が掲載されている。

 事業承継問題への対応は中小企業を起点に産業の形を変えうるトリガーになる。中小企業庁は今後5年間を事業承継支援の集中実施期間に位置づけ、25万-30万社を対象にプッシュ型診断を行うなど政策を総動員して取り組む。

 地域の事業を次世代にしっかりと引き継ぎ、後継者が経営革新や新規事業に積極的にチャレンジできる環境をつくれるか。次代を担う後継者たちのベンチャースピリットに加え、政府のリーダーシップも問われている。
尾本憲由
尾本憲由 Omoto Noriyoshi 大阪支社編集局経済部
METIジャーナルの9月政策特集は「10年先の会社を考えよう」です。大量引退時代を迎え、後継ぎがいないばかりに廃業を余儀なくされる中小企業も出てきています。ただ後継者難を嘆いてばかりいても仕方ありません。むしろ世代交代を機にM&Aやベンチャースピリットなど新しい潮流を事業承継と組み合わせることで、いまの延長線上ではない新たな展開が期待できるかもしれません。日本の会社が10年先にどのような姿になっているかは、すべて次の時代を担う人たちの肩にかかっているのです。

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