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トヨタが出資、TSMC熊本工場が日本の産業界にもたらす大きな変化

トヨタが出資、TSMC熊本工場が日本の産業界にもたらす大きな変化

24日に開所式を控える熊本県菊陽町のTSMC熊本工場

世界最大の半導体受託製造(ファウンドリー)である台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場(熊本県菊陽町)が24日、開所式を迎える。6日には隣接地に第2工場の建設も決めており、両工場を合わせた設備投資額は200億ドル(約2兆9600億円)以上。半導体サプライチェーン(供給網)のさらなる強靱(きょうじん)化と深化は、日本の産業界に大きな変化をもたらしそうだ。(編集委員・小川淳、九州中央・片山亮輔、編集委員・政年佐貴恵、名古屋・川口拓洋)

車関連に脚光

TSMCが発表した第2工場建設で最大の驚きは、製造子会社のJASM(熊本県菊陽町)にトヨタ自動車が2%出資することだろう。これまでソニーグループデンソーが出資していたが、トヨタの出資は自動車を含めた産業界全体でTSMCと関係を一層深めるための投資との意味合いが強い。また、TSMC側からの要望もあったようだ。

トヨタは社会システムと融合したコネクテッドカー(つながる車)など「モビリティーカンパニー」への変革を図っている。ただ、車が社会システムとつながると、情報処理能力を飛躍的に高める必要がある。ソフトウエアを更新して車の価値を高めるソフトウエア定義車両(SDV)の開発やネットワーク経由でソフトを更新する技術「OTA」を実現するには高性能な半導体が不可欠だ。

産業界としては、TSMCをはじめとする半導体供給網の強靱化による自給率の向上により、コロナ禍で露呈した半導体不足による生産停止を避けるだけでなく、供給網のより川上から参画することで最先端の半導体を自社製品に取り込み、産業競争力の強化につなげる狙いもある。

経済安全保障に詳しい東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授は、TSMCの進出は従来の半導体産業の復権ではなく、非連続的な「『半導体産業2・0』のような、大きく変わる機会」と期待する。

川上―川下 九州で投資活発化

TSMCの進出では、当初から国が全面的に支援している。経済産業省は、半導体関連で21年度補正予算に6000億円、22年度補正予算に1兆3000億円、23年度補正予算には約2兆円という前例のない規模の予算を計上しており、このうちTSMCの第1工場には最大4760億円を助成する。第2工場でも大規模な補助をする見通しだ。経産省幹部は「経済安保もそうだが、経済的な面でも大きな意味がある」とする。

自民党半導体戦略推進議員連盟の甘利明衆院議員も「TSMCが日本で先端分野に投資する姿が他の半導体メーカーを刺激している」と指摘する。九州各地では半導体の川上から川下まで関連の投資が相次いでおり、九州経済調査協会(福岡市中央区)の調査では半導体関連の集積に伴う九州地域の経済波及効果は10年間で20兆円以上と試算する。

最先端半導体の量産を目指すラピダス(東京都千代田区)と合わせ、ロジック半導体から素材、装置、関連産業など供給網の厚みと広がりは日本全体に広がる。半導体産業の好調を追い風に日経平均株価が史上最高値に迫る中、日本の産業界の新しい姿が見えつつある。

地元産業界の期待 進出企業との連携、商機

地元企業はIoT活用で生産性向上を図る(オジックテクノロジーズの金森社長)

熊本県産業界はTSMC進出を中心とした半導体関連産業の集積に大きな期待を寄せる。熊本県工業連合会会長を務める金剛(熊本市西区)の田中稔彦社長は、TSMC日本工場の第2工場の建設に際しJASMにトヨタが出資することに着目する。県内でも自動車関連製品を取り扱う企業は多く「自動運転技術など、半導体を活用した新産業で地元企業が強みを発揮できるのでは」と予想する。

金剛の主力製品は移動棚だが、23年9月に半導体製造装置向けの部品加工に乗り出した。培ってきた金属加工の技術を生かす。「アルミ素材にも挑戦しており、自社の新製品開発にもつながっている」と積極的な動きを見せる。

ただ実際に半導体関連の仕事を手がける地元企業への本格的な波及はこれからだ。半導体搬送装置の開発メーカーであるプレシード(熊本県嘉島町)の松本修一社長は、「経済効果を実感するまでには4―5年かかるのでは」と予測する。

TSMCの第1工場が稼働する24年末以降も、三菱電機が菊池市に建設するパワー半導体の新工場棟など、工場の新設や増資の計画は続く。プレシードはTSMCとの直接取引ではなく、新たに熊本県に進出する企業や周辺サプライヤーとの連携に商機を見る。

人材難に拍車、懸念も

一方、人材確保の困難に拍車がかかることが地元企業の懸念材料だ。県内生産設備メーカーのトップは「県全体の活性化にはつながるだろうが、初任給の引き上げなど地元中小にはつらい面もある」とこぼす。地元の熊本大学などが半導体人材育成に力を入れているが、就活生の進路に地元企業が選ばれるための魅力向上や工夫が求められる。

人手不足に生産性向上で対応する動きもある。表面処理を手がけるオジックテクノロジーズ(熊本市西区)はアルマイト処理ラインの温度管理などでIoT(モノのインターネット)技術を活用する。金森元気社長は「技術習得にかかる時間を短縮できている」と話す。

私はこう見る

日本産業、大変革の好機
東京大学公共政策大学院教授・鈴木一人氏

日本の半導体産業はこれまで良くも悪くも大企業の一部であり、親会社が手放したものを統合した形だった。TSMCという巨大ファウンドリーが日本に製造拠点を作るということは、日本の半導体産業復権という狭い話ではなく、いわば「半導体産業2・0」のような、今までの延長線上ではなく、仕事や産業のあり方も含めて大きく変わる機会だといえる。

日本への進出にあたり、TSMCはソニーグループ、デンソーと組み、第2工場からはトヨタ自動車も入れる決断をした。TSMCが海外に工場を作る際はすべて100%子会社でやっていたが、合弁は初めてだ。半導体ユーザーも取り込む巨大ファウンドリーが来る構造は今までの日本の半導体産業にはなかった。参加する企業側としては最先端の半導体製造の川上から加わることで、より付加価値の高い製品を作り出すことができる。今後、中小企業も含めた強靱なサプライチェーンが形成されるだろう。

1990年代の「国家プロジェクトの失敗を繰り返すのでは」と懸念する声もあるが、これまでの痛みや恐怖も踏まえた上での新たな挑戦だという関係者の意思を感じる。

TSMC側の事情で言えば、台湾海峡有事は当然意識していると思うが、それよりも世界各地から増産要請が来ている中、台湾内での土地や電力、水、人員の不足などもあり、これ以上、供給力を大幅に伸ばせないという課題がある。日米欧に工場を建てることで地産地消を目指した結果だとも言える。最先端の技術は台湾に残るため、TSMCの優位性は維持されるだろう。(談)


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日刊工業新聞 2024年02月19日

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