異業種・おもちゃ企業も参画…日本初、月面着陸の舞台裏
ピンポイント着陸、成功の立役者
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の無人の小型月着陸実証機「SLIM(スリム)」は20日0時20分ごろ、日本初の月面着陸に成功した。月には重力があり、着陸は難易度の高いミッションだった。スリムには着地予定地から100メートル以内に着陸できる技術を搭載。「降りたい場所にピンポイントで降りられる技術」に挑戦した。火星などの惑星探査に活用し、日本の宇宙開発を促進するカギになると期待される。(飯田真美子)
デジカメの顔認証応用-目的地画像を照合
スリムの月面着陸後に開かれた会見で、JAXA宇宙科学研究所の国中均所長は「高精度着陸の成否は判断に1カ月ほどかかるが、スリムは予定通りの軌道をたどっておりピンポイント着陸は達成できただろう」と強調した。ただ太陽電池が電力を発しておらず、詳細を確認中。一つの仮説として月に太陽光が当たらない時間帯と着陸が重なった可能性があり、その場合は時間がたてば復活が見込める。他に機体トラブルはなく、バッテリーが駆動する限り取得データを地球に送ることを最優先に実施した。日本初の月面着陸に成功したが「ぎりぎりの60点合格」(国中所長)と厳しい評価。だが交流サイト(SNS)などでは世界中から歴史的快挙に祝福の声があがっていた。
月には地球の6分の1の重力があるため着陸自体が難しく、従来は月面の着陸しやすい場所を見つけて降り立っていた。今回のように目的地から100メートル以内に降り立つことは至難の業であり、JAXAの坂井真一郎スリムプロジェクトマネージャは「飛行機の数倍の速さで新千歳空港の上空を通り、甲子園球場にピタッと降りる」と例えて難しさを伝えた。デジタルカメラで使われる顔認証機能を応用し、上空からカメラで月を撮影しながら月周回衛星「かぐや」の撮影データと合わせて目的地に降りる仕組みを開発。JAXAが狙ったクレーター「シオリ」への着陸に挑戦した。重力がある天体や降り立てる場所が少ない惑星など、これまで着陸が難しかった天体へアクセスできるようになる。今後の惑星探査の新時代に向け、日本はピンポイント着陸という技術の“しおり”を挟んだ。
スリムは月面着陸後に月の形成や進化の解明につながる内部由来の物質を調査する予定だが、太陽電池のトラブルの発生で可能な限り実施する。シオリ付近に露出している内部由来のカンラン石を、スリムに搭載した組成分析に適したマルチバンド分光カメラでデータを取得する。月は地球に火星サイズの天体が衝突して形成したという説があるが、そうすると月の内部組成は地球と似ている可能性が高い。内部物質を直接調べることで、月が作られた過程を知るカギになるとみられる。
スリムには2台の小型機を搭載しており、着陸直前に分離されたことを確認した。約38万キロメートル離れた地球にデータを送信する装置を搭載した超小型月面探査ローバー「LEV―1」から電波が届き、月に着陸したことが分かった。月面は砂地であるため車輪での移動は適さず、LEV―1は駆動部分にバネを搭載してホッピングしながら移動する。カメラ画像を利用して自律的に動く仕組みやスリムなどの撮影、地上局との通信を実証する。
もう一台の変形型月面ロボット「SORA―Q(ソラキュー)」は月に着くと球体から移動形態に形を変え、ウミガメのように砂地をはって移動する。月面走行の動作確認やスリムを含めた月面を撮影し、データをLEV―1を介して地球に届ける。月面での有人自動運転技術や走行技術に必要なデータの取得を目指す。LEV―1やソラキューでスリムを撮影し、そのデータを元に機体の状態を調べて太陽電池のトラブルの解明にもつなげたい考えだ。
日本の大手・中小結集-異業種、おもちゃ企業も
スリムの開発には多くの日本企業が関わった。「JAXAだけではできず、多くの企業・大学の努力や知見、ノウハウが必要。協力してくれた方々に感謝したい」(国中所長)と述べた。スリム全体のシステム設計や組み立てといった主製造は三菱電機が担当した。スリムを制御する計算機や地上局との通信装置、高度や速度を測定するセンサーなどを開発した。他の探査機やロケットの推進系を長年作ってきた三菱重工業は主エンジンや燃料の貯蔵タンクを作製、IHIエアロスペース(東京都江東区)は姿勢制御やピンポイント着陸を支えるスラスターを担当した。
中小企業も多く関わっており、スリムが月に着陸する時に接地点となる5カ所に取り付けた衝撃吸収材は、コイワイ(神奈川県小田原市)やテクノソルバ(同藤沢市)、オービタルエンジニアリング(横浜市神奈川区)などが開発した。効率よく着陸時の衝撃を吸収できるように計算。金属3Dプリンターで一層ずつ重ねて構造体を作る積層造形を活用し、アルミニウムで網目状の複雑な構造を作り込んだ。中小企業の繊細な技術力が月への着陸を支えた。
スリムに載せたソラキューは、タカラトミーやソニーグループらが作った。小型・軽量化、単純な設計が得意なおもちゃメーカーの参画で、本体が約250グラム、直径約8センチメートルという手のひらサイズの球形ロボットが完成。タカラトミーは「おもちゃの開発と宇宙事業に求められる要素が合致した」とコメント。非宇宙企業が持つ技術は宇宙開発の現場で生かせる可能性は高い。
中国台頭、米ロに迫る-長期滞在へ基地建設
米国主導の国際月探査計画「アルテミス計画」が進み、各国で月面開発への動きが活発化する。今回の日本の月面着陸は世界で5番目。直近では2023年にインドの探査機が着陸に成功して話題になった。
振り返ると60年近く前に旧ソ連が世界初の無人での月着陸に成功し、それを追って米国が有人での着陸を成し遂げた。アポロ計画以来の有人探査を目指して米国が動き出し、26年にも宇宙飛行士の月面着陸を狙う。民間の動きも活発化する。1月に米アストロボティック・テクノロジーの月着陸船が打ち上げられたが燃料漏れのため着陸を断念。だが2月後半にはの米インテュイティブ・マシーンズの宇宙機が月面着陸を試みる予定だ。
中国は月探査計画「嫦娥計画」で月面に人類を送るだけでなく、宇宙飛行士の長期滞在に向け月面基地の建設も見込む。30年に米国やロシアに次ぐ「宇宙強国」になることを目指す。今後は月が各国の宇宙開発の主な舞台となるだろう。