タイガー魔法瓶がJAXAプロジェクトで再認識した自社技術の意外な需要
宇宙実験試料を国際宇宙ステーション(ISS)から日本近海に直接投下、洋上で回収する宇宙航空研究開発機構(JAXA)のプロジェクトに、生活用品メーカーのタイガー魔法瓶(大阪府門真市)が携わった。魔法瓶などの製造を通じ培った技術が、特注容器の開発に生かされた。畑違いの分野への挑戦が自社技術の意外な需要を再認識するきっかけとなり、事業領域の拡大にもつながっている。
当時ISSから実験試料を回収する際は米国・ロシアの宇宙船に頼るほかなく、必然的に機会が限られていた。そこで日本が独自に試料回収が行えることを実証するべく、当プロジェクトは立ち上げられた。しかし課題となったのが容器。重量制限に加え、着水時の衝撃40Gに耐える強度と、投下から回収までの間試料を保冷し続ける断熱機能を備える必要がある。JAXAはこれら条件を備えた容器の開発をタイガー魔法瓶に委託した。
最終的なJAXAからの要求である重量・耐久性・断熱機能のうち、特に「実験試料を4度Cプラスマイナス2度Cの範囲で4日間保つ」断熱機能の開発に最も腐心したという。通常の製品とかけ離れたサイズに加え、そもそも魔法瓶は液体を入れることを想定された製品のため、「モノ」の保冷・保温に関するノウハウが社内にはほとんどなかった。加えて飲料を内容物とするかぎり、腐敗・劣化を考え、複数日の保冷は通常行わない。期間の面でも前例がなく、開発に携わっていた開発第3チームの中井啓司マネージャーは「4日と聞いた時は気の遠くなるような話に感じられた」と振り返る。
しかしそうした状況下でも、開発班は不安と同時に勝機を感じていたという。「魔法瓶と素材は全く同じ。オーダーに応える品を作ればいずれ見えてくる領域だと感じていた。どんなに不安でも我々は枠の範囲内でできることをするだけ」と中井マネージャーは当時の心境を振り返る。2016年8月、試作品の保冷性能検証をJAXAに委託したところ、「十分保ったのでやはりいけると感じた」(中井マネージャー)という。そして17年5月、JAXAと共同開発を続けることおよそ1年半、条件をすべてクリアした容器が完成。再突入後回収されるまでの5日と15時間の間試料を断熱し、プロジェクトを成功へと導いた。
商品企画第2チームの南村起史マネージャーは、今回の挑戦が同社の大きな転機になったと語る。「保冷輸送の世間における需要が想像以上に高く、かつ我々が貢献できると知った。ここまで100年BツーC(対消費者)に注力してきたが、次の100年に向け、医療検体輸送などBツーB(企業間)領域にも事業を広げていきたい」と先を見据える。
21年にはよりコンパクトかつ断熱性能も高めた2号機を開発。複数回の使用に耐える設計となっており、同年帰還したのち現在も継続利用されている。南村マネージャーは「技術を磨くためにも続けていきたい」と語った。