戸田建設が新社屋で変革に踏み出す。堅実経営企業が迎えた転機
戦前から官公庁関連や大学関連の工事で多くの実績を持つ戸田建設。強固な財務体質を背景に堅実経営で知られる同社が転機を迎えている。その象徴といえるのが、2024年秋に完成する新本社ビルだ。最高水準の安全・環境性能を備えるだけでなく、デジタル技術を駆使したスマートビルとして従業員の働き方改革を推進。対外的な情報発信機能も担う新たな舞台から大きな一歩を踏み出そうとしている。(編集委員・古谷一樹)
【注目】技術結集しショールームに
戸田建設が新社屋「TODA BUILDING(トダ ビルディング)」を建設している東京・京橋は、江戸時代に多くの商人や職人が住む街として賑わい、明治以降は日本橋と銀座を結ぶ商店街として発展した。現在は八重洲や日本橋とともに大規模なオフィス開発が進む日本有数のビジネスエリアであり、観光や買い物の拠点としても知られている。
こうした地域特性を反映し、今秋完成予定の「トダ ビルディング」は、同社がオフィスとして使う中層部のほか、高層部の賃貸オフィスと低層部の芸術文化エリアで構成する。さらにミュージアムやホールと会議室などを併設し、芸術文化の情報発信拠点としても活用していく。
「当社の技術を結集し、ショールームとして機能させる」。大谷清介社長がこう強調するように、世界最高水準の耐震性能や環境設備を導入した付加価値の高いビルとして、対外的にも建築と設備の両面で訴求効果を狙っている。
環境性能に関しては、建築物省エネルギー性能表示制度(BELS)による建築物全体評価の最高ランク「五つ星」と「ZEB Ready(レディ)」認証を取得した。超高層複合用途ビルにおける建物全体でのZEBレディ認証取得は国内で初めて。今後は運用・技術面に関しても省エネルギーの推進や二酸化炭素(CO2)削減性能の向上に取り組む。
防災性能にも優れる。上層階まで揺れと変形を大幅に低減する「コアウォール免震構造」を採用し、国内トップレベルの耐震性能を実現。地震発生時の変形を一般的な制震構造の4分の1、免震構造の2分の1に抑制する。地震終了後の揺れも一般的な制震構造と比べて大幅に低減できる。
1階の床下に設けた免震層により敷地の大部分を免震構造とし、建物内外の安全性を高めたのも特徴。事業継続性(BCP)に役立つほか、帰宅困難者が一時的に滞在する施設としての活用も見込んでいる。
1881年の創業以来、同社は120年以上にわたり京橋に根ざしてきた。「原点回帰」を機に、重要テーマの一つに掲げる「価値のゲートキーパー」としての取り組みがさらに加速しそうだ。
【展開】DXでオフィスをスマート化
企業の持続的成長を下支えするツールとして、あらゆる分野でデジタル変革(DX)技術が注目されている。建設業界も例外ではない。大手を中心に、最先端のDX技術の活用を通じて生産プロセスの抜本的な変革を目指す取り組みが進んでいる。
戸田建設は、こうした生産現場の改革とともにオフィスでのDX推進に着目。現実のオフィスと同じレイアウトを仮想空間上に再現する「デジタルツインスマートオフィス」を新本社に実装する予定だ。すでに仮移転先である現在の本社ビルで、出社とリモート勤務を組み合わせたハイブリッド環境での実験的な取り組みを行っている。
デジタルツインスマートオフィスは、音声通話やチャット、画面共有などの機能を備えている。オフィスのレイアウトを模した画面上に社員のアバターを配置。オフィスに出社した社員の位置情報を取得し、そのアバターが連動して動くように設定しており、座った場所などを把握できる。
空調や照明といった機器類に関しても、現実と仮想のオフィス間で連携している。このため「室内の温湿度やトイレの使用状況、ゴミ箱の満空などさまざまな情報を確認できる」(佐藤康樹ICT統轄部DX推進室長)。
オフィスに出勤している社員のアバターが表示されたエリアの周辺には、リモートワークしている社員がアバターとして出勤するための仮想空間を用意。オフィス内の社員とリモートワーク中の社員がリアルタイムで交流する仕組みを提供することで、ハイブリッド環境で懸念されるコミュニケーション不足を回避し、チームとしての一体感を生む効果などを見込んでいる。
「さまざまな価値を創造する『クリエーティブラボ』」。今井雅則会長は新社屋の位置付けをこう表現する。実験から得たデータは新社屋のレイアウト検討に生かされ、全社員がハイブリッド環境下で勤務する計画。新たな働き方によって社員の創造性を引き出すとともに生産性を高め、企業としての一層の競争力向上を目指す。
人手不足や資材価格の高騰などさまざまな逆風に直面する建設業界にとって、生産性向上は他の業界以上に重いテーマといえる。コロナ禍のような想定外の事態に陥る可能性もあり、従来型の働き方では持続的成長を見込みにくい。新たな試みや創意工夫で攻めに転じる戸田建設の姿勢は、他のゼネコンにも大きな刺激を与えるかもしれない。
【論点】社長・大谷清介氏「企業・業界・地域の魅力発信」
―新社屋のコンセプトを教えてください。
「本社ビルの建設は100年に一度といえるほど大きな事業。先人たちの思いを将来の従業員につなげるため、有意義なものにしようと約20年前から計画を練ってきた。従業員の働きやすさを重視したほか、テナントの企業に対してはさまざまな先進的な取り組みを当社の技術として紹介したい」
―スマートビル化の狙いは。
「大きな目的はDXを進めていくこと。学識経験者らにヒアリングしながら、どんなことができるかを検討してきた。(仮移転先の)このビルにもさまざまなセンサーを設置し、スマート化の準備を進めている。個人の好みに対応した空調や温度の設定もその一つ。非接触のニーズに対応し、スイッチではなく自分のスマートフォンによる操作などにも取り組んでいる」
―他のスマートビルと比べてどんな違いがありますか。
「特に工夫したのは床下空調。通常は天井に取り付けるのに対し、各座席に一つずつ設置した吹き出し口を調整できる。このため空調設備によるウイルスの感染拡大リスクが低い」
―新社屋は地域の情報発信拠点としても活用が見込まれています。
「エリアマネジメントとして、芸術を中心にビルや地域の魅力を発信していく。東京・京橋はもともと骨董(こっとう)通りがあるほか、画廊が多く芸術活動との親和性がある地域。建築との関連性の深さも大切にしたい」
―企業や業界の情報発信にも活用するのですか。
「リクルートに関して効果的な情報発信拠点としたい。ミュージアムの設置も計画している。一般の人も見学可能で、当社の過去と現在、未来を紹介するだけでなく、建設業の魅力を伝える。例えば現場には入れない建設中のトンネルの切羽(掘削面)などを実物大の映像で表現し、体感してもらう」
「建設業の一番の問題は担い手不足。人材確保がだんだん難しくなってきている。こうした大きなモノを作っていることを知ってもらうとともに、やりがいがあることを訴求し、魅力を感じてもらいたい。社員一人ひとりの士気向上にも大きな効果がある」