日鉄がUSスチールを2兆円買収…「鉄の日米同盟」は中国勢など振り切れるか
日本製鉄は米鉄鋼大手、USスチール(ペンシルベニア州)を約2兆円で買収する。内需が先細りする中、海外に活路を見いだし、日米のほか東南アジア、インドを含む4極体制を構築する。脱炭素時代を迎え、生産規模だけでなく技術革新の重要度が増す中、中国勢などの攻勢を振り切り、総合力首位の座に立てるか。「鉄の日米同盟」が描く戦略に視線が集まる。(編集委員・山中久仁昭、総合1参照)
世界粗鋼能力1億トンへ前進
日本製鉄のUSスチール買収が実現すれば、日鉄の連結の粗鋼生産能力は現状比3割増の年8600万トン程度に高まり、鉄鋼会社別生産量ランキングで世界4位から3位に上がりそうだ。将来の目標であるグローバル粗鋼能力1億トンに大きな一歩を踏み出した形だ。
USスチールの完全子会社化で、技術開発や商品・サービスで資源を共有するほか、価格形成での影響力や投資資金力を確保し、日米両国の経済安全保障にも寄与する考えだ。
中国勢へのけん制という面も見え隠れする。粗鋼ランキングをみれば一目瞭然で、首位の宝鋼集団をはじめ上位には中国勢がひしめく。巨額投資が必要な脱炭素化を含め、世界的な大競争でいかに有利な地位を確保できるかが注目される。
鉄鋼で米国は先進国最大の市場であり、長期的に電動車普及により電磁鋼板など高付加価値鋼材の需要増が見込まれる。ただ買収には、独禁当局の審査や労働者保護を掲げるバイデン米政権の対応、全米鉄鋼労働組合(USW)との協議など課題が山積している。
両社はともに100年以上の歴史を持つ企業だが、USスチールは高コスト体質が指摘され、赤字も計上していた。戦略的選択肢として身売りを含めた検討を進めており、欧アルセロール・ミタルや米クリーブランド・クリフスなどが買収先として浮上していた。
日鉄はUSWをはじめ関係各方面と丁寧な話し合いを進める方針。「USスチールとはベストな組み合わせであり、(課題は)必ずオーバーカム(克服)できる」と橋本英二社長は強調する。
電磁鋼板など電炉シフト、中国に対抗
「脱炭素に向けた(技術開発と設備実装の)ルートは共通しており、それぞれ強みを持ち寄って加速度を付けたい」。日鉄の橋本社長は19日の記者会見で、USスチール買収で生産時の二酸化炭素(CO2)削減でシナジーを発揮したいとの意欲を示した。
日本では鉄鋼業界によるCO2排出量が全産業の約4割を占め、2050年までの脱炭素には各社の排出削減が急務。USスチールの問題意識も同様だ。
脱炭素に向けた開発・実装ルートとして、橋本社長は「鉄づくりの基本が同じである以上、大型電炉による高級鋼生産と、それだけでまかないきれないことによる(高炉による)水素還元製鉄の二つがある」と強調した。
一般に、電炉生産によるCO2排出量は高炉の4分の1程度と優位だが、高炉生産が一般的な高級鋼の大量生産は「前人未到」とされる。鉄源のスクラップに含まれる不純物や、大気などから混入する窒素が鋼材品質に制約をもたらすとされ、課題は大きい。
USスチールは米国と欧州に生産拠点を持ち現在、高炉9基、電炉3基を稼働している。「ビッグ・リバー電炉プロジェクト」では、アーカンソー州でCO2排出が少ない電磁鋼板を生産しており、増設する電炉は24年の稼働開始、26年のフル生産を予定する。
一方、日鉄は広畑地区(兵庫県姫路市)の電炉で電磁鋼板を生産している。国のグリーンイノベーション(GI)基金を活用し、電炉の大型化(大量生産)に向け技術開発を推進中。高炉企業の電炉への移行が進む中、日鉄は30年度までに八幡地区(北九州市戸畑区)の高炉を大型電炉に転換し、広畑で電炉を増設する検討を進めている。
日鉄は生産能力の余剰と決別すべく構造改革を断行し従来15基あった高炉は11基まで削減した。一方、電磁鋼板や高張力鋼板(ハイテン)など高付加価値品を強化し「量から質への転換」を進めている。とりわけ虎の子技術の電磁鋼板は、エネルギー変換効率が高まるとして電動車用モーターや電力を支える変圧器向けに需要が急増している。日鉄はUSスチール買収で高級鋼分野の「日米同盟」を築き、量頼みの中国勢などの追い上げに対抗する構えだ。