論文即時公開で潮目変わる…研究機関のDX、高まるデータ活用人材需要
論文即時公開で潮目変わる
研究開発のデジタル変革(DX)が推進され、研究機関でデータマネジメント人材の需要が高まっている。研究データを蓄積し、繰り返し使うための環境を整えるのが役割だ。もともとは研究者が研究の合間に担ってきたが、研究機関の競争力として位置付けられ専門人材が当てられるようになってきた。研究者やITエンジニア、司書ら多様な背景の人材が携わる。データを生かすも殺すもマネジメント次第。十人十色のキャリアを支える仕組みが必要になる。(総合1参照、小寺貴之)
研究開発のデータマネジメントは、計測データや実験手順、アクセス権限などをデータ管理計画(DMP)に則して整理し、データ活用環境を整える仕事だ。データの構造化や解析ツールの提案、データセキュリティーなど多様な役割を担う。
日本ではデータマネジメント人材を取り巻く環境はまだ未熟だ。「既存の組織の論理だと、どの部局がポストを用意するかで行き詰まる。『そんな余裕はない』と待ったがかかる」。文部科学省科学技術・学術政策研究所の林和弘データ解析政策研究室長は明かす。
データマネジメント業務は一人ではすべてを担えないため、チームを組む必要がある。ただデータマネジメントのために複数の人材を雇えるほど、体力のある大学はごく一部だ。林室長は「仮に一人で何でもできる人材が見つかったとしても、どの部局の予算で雇うかで問題になる」とため息をつく。
もともとデータマネジメントは研究者が片手間で行ってきた。このため組織として予算を措置する上で優先順位は低かった。
だが潮目は変わってきた。きっかけは政府が掲げた論文の即時オープンアクセスだ。大学の機関リポジトリ(電子保存システム)に論文やデータを収載するなどして研究成果を公開することが求められる。2025年度公募分の研究予算から適用となる。対応するにはデータマネジメントの強化が不可欠。従来の一部研究者による取り組みから、今後は大学全体で取り組むべき課題となる。
分野・機能別に専門性必須 不正抑止/モデル共有・暗号化/AIツール化
人材をどう最適配置していくか。課題は研究分野や機能ごとに専門性が必要な点だ。大学ではデータマネジメント部門の“顧客”は各分野の研究者になる。情報科学の知見だけでなく、生命科学や物質材料科学、経済・社会科学など、個々の専門分野の知識がないと研究者と話ができない。分野によって専門用語やデータ解析技術、データ共有の戦略が異なるためだ。
機能面ではデータを保存管理する「アーキビスト」としての役割に加えて、研究者同士を結び付ける「コミュニティーマネージャー」や、データ分析などを実際にやってみせる「テクニシャン」、データのトレーサビリティーを確保し研究不正を防ぐ「ゲートキーパー」としての役割が求められる。
例えば北海道大学では研究不正の再発防止策としてデータ管理人材を配置する。同大の化学反応創成研究拠点で論文データのねつ造があったためだ。拠点の研究データを一元管理し、データの改変などの履歴を残す。ねつ造が発覚しやすい環境を整え、研究不正の抑止力とする。データ管理人材は研究公正とデータ活用の二役を担うことになる。
産学連携でもデータマネジメント人材の活躍が期待される。一般的に研究データは開示可能な範囲や相手が限られるため、連携の壁となってきた。そこでデータは開示せずに、学習させた人工知能(AI)モデルを共有したり、データを暗号化したまま処理する秘密計算環境でデータを共同解析したりと、新しい技術や連携モデルが開発されている。
データマネジメント人材にはこうした連携を仕掛ける「エバンジェリスト」としての役割が重要になる。オープンにして共同研究を呼び込むデータと、クローズにして守るデータを定める戦略性が求められる。
データマネジメント人材をいかに確保するか、研究機関によって戦略が変わる。例えば物質・材料研究機構は研究者と同格のエンジニア職としてデータマネジメント人材の雇用を進めている。
材料分野ではこの10年間、AIと材料の研究者同士が共同研究を進めてきた。データ活用手法を開発してきたが、論文として業績になるのは最先端のものだけだ。論文上の手法を誰でも使えるAIツールに落とし込む仕事は研究者が担えず普及しなかった。
この論文からツールへの谷を埋める役割をデータマネジメント人材が担う。物材機構技術開発・共用部門の出村雅彦部門長は「技術や経験を蓄積し、共同研究を呼び込む競争力になってほしい」と期待する。
この流れを材料分野全体に広げるため文科省はマテリアル先端リサーチインフラ事業でデータ活用の表彰を始める。物材機構の三留正則センターハブ運営室長は「好例が集まっている。知見を広め、業界を底上げしたい」と意気込む。
大学図書館もデータマネジメントに踏み出した。九州大学は大学院で、研究データ管理支援人材育成プログラムを10月に開講。研究データのライフサイクルやデータ管理の実務を75時間以上かけて教える。
九大の石田栄美教授は「データ管理は従来の図書館にはなかった業務。25年度の即時オープンアクセスに向けて準備を進めたい」と説明する。大学図書館は機関リポジトリを運営してきた。図書館は全国の大学にあるため、データマネジメントの基盤になる。
兼業奨励へ意識改革 複数機関で複数雇用を
データマネジメント人材の人件費は文科省の研究開発予算や大学の組織運営予算などで支えられている。研究開発予算は開発要素を含み分野ごとの専門性が高い。もう一方の組織運営予算は全分野を支える基盤的な活動に充てられる。
千葉大学の竹内比呂也副学長は「いろいろな人材の協力が必要。一つの大学ですべての専門人材を抱えるのは難しい」と指摘する。そこで複数機関で複数の専門人材を雇用する兼業モデルを提案する。ただ、この兼業モデルは日本の終身雇用文化とは相性が悪い。海外では兼業は人材の専門性が評価されている証だ。日本の関係者もこのように価値観を転換する必要がある。
データマネジメント人材は学術界全体で数百人規模と見積もられる。単独で政策を設計するには少なく、明確なキャリアパスがまだ確立していない。将来、データマネジメントは研究機関の競争力を左右する要因になってくる。個人には研究分野、機能それぞれの軸で専門性を高めることが求められ、組織には育成をサポートする戦略が不可欠となる。