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リニア中央新幹線、液体ヘリウム不要に…JR東海が「高温超電導磁石」を実用段階に近づけた意義

リニア中央新幹線、液体ヘリウム不要に…JR東海が「高温超電導磁石」を実用段階に近づけた意義

リニア中央新幹線の技術開発は車内の快適性を追求する段階に移行している

営業線を安定運行へ

JR東海はリニア中央新幹線の浮上や移動に必要な超電導磁石で、液体ヘリウムを使わない「高温超電導磁石」を実用段階に近づけた。営業線に使用できるという評価を国土交通省から受けた。全量を輸入に依存する液体ヘリウムを使う従来型磁石では安定運行への影響が懸念されていた。同社は検査周期となる1年間分に相当する距離を試験走行し、営業線への搭載を目指す。(名古屋・永原尚大)

国交省が評価 コイルが冷凍機で冷却可能に

超電導磁石は従来の鉄道における車輪の役割を果たす重要な部品だ。車体を浮かせる強力な磁力を発生させるため、冷却によって電気抵抗をゼロとする超電導現象を利用して大電流を流している。

従来の「低温超電導磁石」は電流が流れるコイルをマイナス269度C以下に冷却するために液体ヘリウムを使っていたが、高温超電導磁石はマイナス255度C以下で良いため冷凍機による冷却が可能となる。コイル素材をニオブチタン合金からビスマス系銅酸化物に変更するなどして実現した。

国土交通省は3月、高温超電導磁石について「一定レベルの技術的な成立性の見通しが得られた」と評価した。JR東海によると、磁力が急低下するクエンチという現象も克服しているという。同社は2005年から走行試験を実施してきており、ようやく営業運転にも使えるレベルの磁石を製作できる域に達したことを意味する。

低温超電導磁石は輸入に依存する液体ヘリウムを必要とする。調達できなくなるリスクがゼロではなく、リニア運行の安定性を低下させる要因となっていた。同社が運営するリニアを紹介するウェブページのFAQ(よくある質問)に「ヘリウムが入手困難になることはありませんか」と記載するほどだ。ヘリウムの価格も高騰しており、財務省の貿易統計によると、足元では22年より2割高い1キログラム当たり約1万4000円で推移する。高温超電導磁石を使えば、ヘリウムの調達リスクを回避できることになる。

構造が簡素になる利点もある。ヘリウムのタンクや複雑な配管が不要となり、冷凍機でコイルを直接冷やす構造となるため製作コストの低減を期待できる。「検査周期ごとに発生する液体ヘリウム関係作業が不要になる点で省メンテナンスとなる」(JR東海)というメリットも大きい。

さらに、電力消費量の削減効果も期待できる。リニアが東京―名古屋間で1時間に5本運行すると、ピーク時で約27万キロワットの電力を消費する。同社で技術開発を担当する幹部の1人は、高温超電導磁石によって「電力消費を1割程度削減できるのではないか」とみている。

同社は検査周期となる1年間に相当する距離を走らせ、運用の安定性を検証した上で営業線への搭載を判断するとしている。産業界において高温超電導磁石の実用化は珍しく、リニアが先鞭(せんべん)をつけられるかが注目される。

車内の快適性追求 高速移動、スマホ接続課題

リニア中央新幹線の技術開発は車内の快適性を追求する段階に移行している。17年に「営業線に必要な技術開発は完了」と国に評価され、技術に磨きをかけ続けている。

快適性を求める上で課題となるのが車内の通信環境だ。JR東海はリニアを紹介するウェブページで「インターネットは繋がりますか」という質問に対して明言を避けている。東京―名古屋間が40分で移動できるとはいえ、「車内でスマートフォンを使えないことはストレスとなるだろう」(技術開発を担当するJR東海幹部)として技術の検討を進めている。ただ、時速500キロメートルで移動する車内で数百人が安定してインターネットに接続することは簡単ではない。接続している無線基地局との通信の切り替えなどが課題となりそうだ。

情報通信技術(ICT)を活用したリニア車両の保守も模索している。人工知能(AI)を使った画像解析で、浮上のための磁力が低下する時速150キロメートル以下となった時に着地するタイヤの傷や摩耗を調べる手法の確立を進めている。実現すると車両保守の効率化が期待できる。

営業線に必要な技術開発が完了して快適性や保守の効率性を高めているリニアだが、静岡県内で工事に着手できないため27年の営業線開業が困難な状況は続いている。

静岡県に与える環境影響について国交省の有識者会議は7日、JR東海による対策が適切とする報告書案を了承した。JR東海の丹羽俊介社長は「報告書で示された方針や内容を踏まえ、建設的な議論をしていければ」と述べている。

中国でも進む計画 試作車、浮上運行に成功 大都市結ぶ実験線建設研究

中国中車長春軌道客車は4月、高温超電導磁石を使った試作車両を初めて浮上運行させることに成功(同社ウェブサイトから)

超電導技術を使った高速鉄道の開発は中国でも進んでいる。鉄道車両メーカー大手の中国中車の傘下にある中車長春軌道客車(吉林省)は4月、高温超電導磁石を使った試作車両を初めて浮上運行させることに成功したと発表した。同社は「超電導リニアの主要なコア技術が完全に検証され、工学的応用を促進するための強固な基盤が築かれた」と説明している。

超電導磁石や電磁誘導による給電、冷却技術などが検証された。現地の報道によると浮上試験時の走行速度は低かったとされるが、時速600キロメートルへ引き上げていく考えだという。

超電導とは異なる方式だが、上海市では世界初の磁気浮上式の高速鉄道が04年から運行している。一般的な電磁石を使うため、超電導磁石よりも磁力は弱くなりやすい常電導という仕組みだ。現在の運転時速は300キロメートル。

中国政府が21年に発表した35年までの交通網整備計画「国家総合立体交通網規画要綱」によると、大都市を結ぶリニア高速鉄道の実験線の建設を研究し推進すると盛り込んでいる。日本は中国に先駆けて、超電導リニアを商業的に運行できるか注目される。

日刊工業新聞 2023年11月24日

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