新中計が始動した物材機構、理事長が語る手応えと展望
物質・材料研究機構の宝野和博理事長は1年前倒しでトップに就任した。この間に自ら中期経営計画を完成させ、体制整備を進めてきた。組織の事情も経営の課題も熟知したトップになる。4月にいよいよ新中計が始動した。今後、研究機関の競争は厳しくなると見込まれる。人材に投資し、研究力を世界水準に引き上げる。
-新中計の手応えはいかがですか。
非常に良いスタートが切れた。2018年から研究担当理事として携わってきた。目玉の一つは高分子・バイオ材料研究センターの立ち上げだ。バイオ領域は科学技術政策の重点課題になっており、物材機構にもバイオ材料に携わる研究者が多く所属していた。私自身、その数とポテンシャルの高さに驚いた。ただ複数の組織に分散していた。そこでセンターを作って組織化した。研究者がお互いの研究を見える化し、強みを掛け合わせてもらう。そして動物実験環境を整える。これまで、いい材料が見つかっても生体で検証するには外部の研究室との連携が必要だった。医療材料や生体適合材料など、内部で検証できると社会実装に向け加速できる。この研究環境はバイオ材料の研究者にとって魅力的だ。世界から優秀な研究者を集めたい。
-データと計測の研究者を集めてマテリアル基盤研究センターを立ち上げました。
先端解析とデータ駆動を一体化する。これは研究者から見た活用のしやすさを重視した。今年始まる研究プロジェクトのほとんどが、データ駆動型研究になっている。企業との産学連携なども、ほぼすべてのテーマにデータ駆動が組み込まれている。例えば物質の構造を決める際には大量のデータを使う。計測からデータ解析、蓄積、再利用と一連の情報基盤が必要になる。一体化させることで、研究手法の開発も加速できる。幸い、材料分野ではデータ駆動を始めるのが早かった。15年にコミュニティー形成から始め、当時は外部からデータの専門家を招いて勉強した。物材機構としてデータ関連の研究者の採用を進め、いまでは我々の強みになっている。現在はスマートラボに取り組んでいる。研究や実験を自動化し、高品質の実験データを高速生成する。これも芽が出てきている。
-研究自動化とデータ駆動の組み合わせは産業界の関心が高いです。
今春、大型産学連携の『マテリアルズ・オープンプラットフォーム(MOP)』が二つ立ち上がった。この内の蛍光体MOPはスマートラボ構築として強化していた研究だ。多数の蛍光体を合成して自動計測し、このデータから次の合成条件を決める。研究自動化とデータ駆動が非常にうまく機能した例だ。面白い物質が見つかってきており、MOPへの企業投資額は最大規模になった。実用化に向けて、企業の本気度が違うプロジェクトになっている。
-米ウエスタンデジタルとも大型連携を決めました。
熱アシスト磁気記録技術でハードディスクドライブ(HDD)を大容量化する研究だ。共同研究自体は12年から連綿と続けてきた。これが組織対組織の連携に拡大する。これも大きな投資を受ける。企業にとって、ものになるかわからない新技術に研究者や技術者を雇って投資するよりも、先行している我々に投資した方がリスクもコストも抑えられるという判断だ。ウェブ会議も当たり前になり、頻繁にミーティングをしている。組織連携も海外と組むハンディはなくなったと感じる。一方で結果が出なければ打ち切られる。メリハリを付けた運用になる。
-内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)では推進法人を務めます。ユニコーン(企業価値10億ドル以上の未公開企業)を生み出すことが目標です。理化学研究所や産業技術総合研究所は子会社を作り投資調達や社会実装を進めています。
我々の事業規模ではスタートアップが生まれるのは年間数件だ。外部法人は効率的ではない。それであれば新会社を利用させてもらいたい。エコシステムに参画させていただく。一方で我々にも目利きは必要だ。そして材料分野特有の課題を理解している相手と組みたい。そこで物材機構発ベンチャーで上場したオキサイドと連携している。代表の古川保典社長に起業やベンチャー経営について助言をもらっている。研究者が起業を目指す上で一番のモチベーションは、隣に成功した研究者がいることだ。仲間が成功するのを見て、ならば自分もと起業する。起業してもIPO(新規株式公開)しないと一人前ではないと見られれば自然と向かっていく。SIPではベンチャーキャピタル(VC)のユニバーサルマテリアルズインキュベーターの木場祥介社長がプログラムディレクターを務める。プロジェクトの運営人材も雇用できた。起業支援の手法を学び、ノウハウを吸収する絶好のチャンスになる。
-海外では量子や核融合などのエマージングテクノロジー(新興技術)が投資を集めて研究チームが急激に大きくなります。日本でも短期間に精鋭を集めて組織化する人材基盤が必要だと思います。物材機構の対応は。
量子など、材料技術に落とし込める研究は対応していく。組織化については米国では研究チームが、いつのまにか10倍になっていることもある。国研の利点はリーダーに力があれば、いくらでもチームが大きくなるところだ。研究者の人数制限はない。環境を整え、世界から優秀な人材を集められる。一方でプロジェクトが終わったときに、その人材がどうなるかという問題になる。研究者は自身の研究分野を柔軟に広げることも必要だろう。我々がデータ科学を学んできたように、新しい領域に挑戦してほしい。
-日本は米国で投資が集まると国プロが立ち上がり、公的研究部門が追いかけることが続いてきました。海外のベンチャーやビックテックの技術開発が最もブラックボックスになっています。
海外の民間部門に人を送り込むには、大学が優秀な若手を手放す覚悟が必要だ。大学院生として海外で学べば、そのまま就職できる。日本人だからと差別されることもない。優秀であれば普通に採用される。日本として修士過程の優秀な大学院生は海外の大学院の博士過程に挑戦させることも一案だ。現在は優秀な大学院生は研究室に囲い込まれてしまう。5%でも送り出せば状況は変わるだろう。本人にとっても非常に良い経験になる。中国はそれをやってきた。
-同志国での連携が重要になっている経済安全保障の研究は。
組織としてはしっかり対応していく。情報管理など必要な環境を整える。だが組織としてはやれともやるなともいわない。研究者個人の信念に基づいて判断してほしい。組織として価値観を押しつける気は毛頭ない。そして開発技術のすべてが防衛応用になる訳ではない。例えば高温にさらされる航空機エンジンの耐熱材料など、研究者としては一つの極限に挑戦することになる。極限材料は課題のショーケースともいえる。これは技術の可能性を大きく広げる機会になる。経済安全保障でしか挑戦できないテーマもある。
-情報管理など事務方が大変ではないですか。
安全保障のみなし輸出管理業務もそうだが、管理人材を国として育成すること強く要望したい。学術界の事情に通じた管理が必要だ。こうした人材は国研だけでなく、大学や資金配分機関などで広く必要になってくる。複数の研究機関を経験しながらステップアップできる環境が必要だ。
-改めて2023年度はどんな年になりそうですか。
国際卓越研究大学が24年に始動すると人材の獲得競争が激しくなるだろう。猶予は1年。ブランド力や研究環境を強化し、世界からトップレベルの人材を集める必要がある。そのための制度改革を進める。例えば若手国際研究センター(ICYS)の待遇は国内最高ランク、世界でも国際標準に上げる。人事部と広報部、学術連携の情報基盤を共有して戦略的に動ける体制を整えた。我々は材料分野では国内トップの研究成果を出し続けてきたが、世界から見るとじりじりと順位を下げている。優秀な人材を確保しないと、組織としていくらあがいても向上しない。我々は人材に投資していく。