TSMC・ラピダス進出後押し…先端半導体の製造基板支える熊本県と北海道が連携協定で狙う効果
熊本県と北海道が半導体産業振興に向けて連携協定を結んだ。台湾積体電路製造(TSMC)が進出する熊本県、ラピダス(東京都千代田区)が工場を建設する北海道。離れた地域ではあるが、経済安全保障上の重要物資である先端半導体の製造基盤を支え、国内産業の発展にも貢献するという思いは同じだ。サプライチェーン(供給網)強化に向けた自治体連携のモデルケースとして注目される。(九州中央・片山亮輔、札幌・市川徹、編集委員・池田勝敏)
TSMC・ラピダスの進出を後押し
2日、熊本市内で開いた協定締結式。シリコンアイランド復活を目指す熊本県の蒲島郁夫知事は「切磋琢磨(せっさたくま)して日本の経済安保を支えていきたい」と力を込めた。北海道の鈴木直道知事は「地域経済の活性化も取り組みたい」と幅広い連携に期待を寄せた。九州経済産業局は「わが国の経済安全保障に対する大きな貢献と受け止めている」と歓迎する。
協定に基づき、両自治体は経済交流や情報・人的交流を促進。さらに半導体に関連する研究開発や、政府に対する支援要請などでも連携する。10月には観光分野のイベントも計画。熊本と北海道の定期航空便就航に向けて取り組む構えだ。
協定締結式には北海道からは鈴木知事をはじめ、2025年に千歳市で次世代半導体工場の完成を予定するラピダスの小池淳義社長、北海道大学の寳金(ほうきん)清博総長ら産学官の関係者が列席。熊本県からも熊本大学の小川久雄学長や経済界の関係者が多数参加した。
熊本県は21年11月9日にTSMCが工場進出を表明してからわずか1週間ほどで知事をトップとする全庁横断組織「半導体産業集積強化推進本部」を設置。工場受け入れ準備に動き出した。蒲島知事が先頭に立って、工場付近の渋滞緩和や環境保全に迅速に対応する。産学を巻き込んだ大きなうねりをつくり、半導体関連産業の集積や人材育成に取り組む。
一方、北海道での産業振興や人材育成はこれからが本番だ。半導体工場の受け入れが先行する熊本県と情報やノウハウを共有して半導体産業を地域経済活性化の原動力にする考え。北海道は3月、知事が指揮を執る「北海道次世代半導体産業立地推進本部」を設置。同時に政府や千歳市との連携体制を強化する「北海道次世代半導体産業立地推進連携会議」を設けた。
この動きに呼応する形で北海道経済連合会(道経連)は7月に金融機関、エネルギー企業、大手メーカーなどで構成する北海道新産業創造機構(ANIC=エイニック)を設立し、企業の立地窓口を一元化。北海道への進出を円滑化する体制を整えた。熊本との連携協定について、道経連の藤井裕会長は「教えを受けるべきところは、ストレートに教えて頂き、貢献できるところはしっかり貢献したい」と語る。
協定締結に熊本県からは歓迎の声が上がる。熊本県工業連合会の田中稔彦会長は「幅広い連携で技術開発や人材育成、ビジネスチャンスの創出に期待したい」とする。一方、半導体製造装置の組み立てを手がけるサンワハイテック(熊本県菊池市)の山下義隆社長は「距離が離れているのがネック」と指摘し、熊本県と北海道をつなぐ定期航空便就航の必要性を指摘する。
協定への期待
インタビュー力を借りる姿勢で臨む
北海道経済部長・中島俊明氏―ラピダスの千歳市進出が決定しました。 「ここまではスムーズに進んでいる。6月から建設地の造成を始め、9月1日には起工式を行う」
―熊本県との連携協定締結の経緯は。
「3月以降、双方の担当職員が行き来し、それぞれの課題などを話し合ううちに、先方から話を頂いた。北海道はこれから半導体産業の振興が始まる。私たちが力を借りる姿勢で臨む。一方、北海道は再生可能エネルギーの先進地域だ。協力は惜しまない」―広範囲な連携になりますか。
「半導体関連は今後、国に働きかける機会が多くなる。歩調を合わせたい。関係企業の数も多く、これから立地が進む。そうした場面で経済的な交流が活発化し、観光なども合わせて発展していくことを期待したい」また一つ前進、情報共有
熊本県商工労働部部長・三輪孝之氏―連携協定への期待は。
「半導体を軸にした国の経済安全保障実現に向けて、また一つ前進できた。人の往来に関連した経済効果にも期待したい。まずは共通課題の解決に向けた情報共有だ。工業用水や道路といったインフラ整備、人材確保などが挙げられる」―TSMCの工場進出発表から短期間で数々の手を打ちました。
「知事を筆頭に全庁で動いたのが大きい。工場建設のスケジュールがタイトだったので、法律を順守しながら進めていくことに腐心した。庁内では県の取り組みをプラスの方向へ加速させる機運が高まっている」―北海道との人的交流の予定は。
「現時点で職員派遣の予定はないが今後はあっても良い。観光戦略など熊本県が学ぶべきところは大きい」
経産省、官民一体でテコ入れ 売上高15兆円目標に
経済安全保障上の半導体の重要性が高まる中で、経済産業省は国内で生産する半導体関連産業の売上高を2030年に20年比約3倍の計15兆円超にする目標を掲げる。このうち、回路線幅40ナノメートル(ナノは10億分の1)未満の先端ロジック半導体の売上高を1兆5000億円とする計画だ。
先端ロジック半導体は高度な情報処理の中枢を担うが、現時点で国内に生産能力がない。ゼロスタートからの国産半導体急拡大へ大きな役割を果たすのが、TSMCなどが熊本県菊陽町で建設している工場だ。経産省は最大4760億円を助成することでTSMCの誘致にこぎ着けた。
2ナノメートル世代のロジック半導体の製造技術開発や拠点整備を進めるラピダスも目標達成の一翼を担う。経産省はラピダスが北海道千歳市に建設する工場投資に2600億円の補助金を支給。すでに開発費として700億円補助しており、計3300億円の支援となる。2ナノメートル世代のロジック半導体の量産には5兆円もの巨費が必要といわれるが、経産省は「最先端半導体は戦略上不可欠であり、必要に応じて支援を続ける」(幹部)方針だ。
政府は半導体全体で今後10年で官民合わせて10兆円超の追加投資が必要だとみており、官民一体で半導体産業をてこ入れする。
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