宇宙開発の課題乗り越える“夢の素材”木材活用の現在地
宇宙で分解、ゴミにならず
使用済みの人工衛星の残骸などが宇宙空間に漂う「宇宙ゴミ」は、宇宙開発で長年にわたり大きな課題だ。京都大学SIC有人宇宙学研究センターは木材の活用で、その課題を乗り越えようとしている。2020年から住友林業と開発を進めている木材を採用した小型人工衛星は、その手段の一つ。これと並行し、宇宙空間で人類が生活するために必要な木材の現地調達を目指す基礎研究も始まっている。(大阪・石宮由紀子)
24年の打ち上げに向けて、一辺10センチメートルの立方体を1ユニット(1U)とする規格「キューブサット」で1U相当の100ミリ×100ミリ×113・5ミリメートルサイズの人工衛星の開発が急ピッチで進む。「LignoSat(リグノサット)」と名付けられた人工衛星は、外部パネルに木材を使っているのが特徴だ。
このプロジェクトに参加し、宇宙飛行士としてスペースシャトルに搭乗経験がある土井隆雄特定教授は、「このまま宇宙ゴミの問題が大きくなると、人類は宇宙に出られなくなる」と警鐘を鳴らす。「時間はかかるが、金属とは違い木材は宇宙空間で分解される」(土井特定教授)として17年に木造人工衛星を提案した。一方で木材の取り扱いを祖業とする住友林業は、木材の価値向上を模索。創業350年を迎える41年に350メートルというシンボリックな木造超高層ビルの建設を目指すなど、用途拡大に向けた野心的な目標を設定する。その両者の思惑が一致し20年、「宇宙における樹木育成・木材利用に関する基礎的研究」の共同研究契約を結んだ。
宇宙ゴミにならず、多様な用途が考えられる木材はまさしく夢の素材のようだ。だが実際のところ、過酷な宇宙空間で一定期間耐えられるのかどうかはよく分かっていない。そこで両者は22年、国際宇宙ステーション(ISS)で木材サンプルの曝露(ばくろ)実験を実施した。結果、木材の割れや劣化などは見られなかった。「真空状態であればいけるとは思っていたが、宇宙空間で耐えられるとは」と土井特定教授も驚きを隠せない。同研究センターは4月からクラウドファンディング(CF)を実施し、目標とする資金を調達した。この資金をもとに、実験で必要な備品の購入やデータの計測など今後の研究開発を支えていく。
宇宙空間で存在できることが実証された今、木を育てて木材として加工できる可能性も出てきた。土井特定教授らは京都府立大学と共同で、宇宙空間で木を育てることを目的にした実証を京都市内で始めた。人類が宇宙へ本格的に進出した際、家などの生活空間を現地調達した木材で作っていく狙いがある。土井特定教授は、「重力が地球上に比べると小さく、環境が整えば大きく木が育つはず」と話す。初期投資や開発は莫大(ばくだい)になると予想されるが、地上よりも効率的に木材を調達できる可能性はある。