「はやぶさ」「はやぶさ2」支えたチタン合金製ネジ、製造会社が見据える将来
キットセイコー(埼玉県羽生市、田辺弘栄社長)は、小惑星探査機「はやぶさ2」の本体内に使われたネジを製造した。創業は1940年(昭15)。70年に打ち上げられた日本初の人工衛星「おおすみ」から始まって、これまでに80基ほどの人工衛星や初代「はやぶさ」のネジも手がけた。
キットセイコーが製造して「はやぶさ2」に使われたのは、チタン合金製の六角穴付ボルト。はやぶさ2内部のさまざまな機器と、機器を収納するアルミケースとの接合や、はやぶさ2本体とケースの接合などに使われた。
「宇宙用のネジに求められるのは、まず軽いこと。小さな部品でも重量が増えると打ち上げの負担になる。さらに打ち上げ時の振動に耐える強度も重要になる」と社長の田辺は強調する。チタン合金は一般的なネジ材料のステンレスに比べると、重さは半分程度で強度は約2倍になる。
従来のネジは冷間圧造で大量生産するが、宇宙で使うネジは2メートル近くある棒状のチタン合金から1本ずつ削って作る。ネジ山の部分だけは切削ではなく、ダイスと呼ばれる工具で強い力を加えて成形する「転造」という加工法で強度を出す。
寸法も市販されているネジと違って用途に応じてすべてサイズや種類が異なる。1種類当たりの造る本数もさまざまなことから、製造工程では“超多品種少量”生産が求められる。
初代はやぶさでは約100種類合計500本程度のネジが使用されており、はやぶさ2でも同じくらいの種類と本数が使われているという。ただ、実際には地上での実験や破壊試験、試作機用なども含めて約3000本のネジを製造して納入した。
「ネジ1本のためにミッションが台無しになる可能性もある。はやぶさ2のカプセルが無事帰還した時は、うれしさより緊張が解けてほっとした感じだった」と田辺は振り返る。
キットセイコーは、SUBARUの前身である中島飛行機でネジ作りの修行をした田辺の祖父の弘が創業した。89年に父親の勲が2代目社長に就任した時に現社名に変更した。「ネジ以外のさまざまな部品(キット)を作る精密工業(セイコー)を手がけるという意味を込めた」と田辺は由来を明かす。
通信機器用のネジなど幅広く製造する中で日本初の人工衛星用のネジを任されたのが、宇宙分野に進出するきっかけになった。現在では国産の人工衛星向けなどで多くの実績がある。ただ、宇宙分野の比率は現在1割程度。他に原子力発電装置や鉄道用信号、道路の交通信号、フォーミュラワンのレースカー、半導体検査装置向けなど幅広い分野の製品にネジが使われている。
「宇宙分野は民間参入などで市場拡大が期待できる。宇宙だけでなく広いニーズに応えられる会社にしていきたい」と田辺は将来を見据える。
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