トラックを水素エンジン車に改造…脱炭素へ技術開発進む
企業や大学が、すでに現場で活躍している既販トラックを水素エンジン車に改造する技術の開発に取り組んでいる。日本が強みとする内燃機関の知見を生かしつつ、低コストで効率的に物流業者のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)対応を可能にする。公道での走行試験が始まったほか、自動車整備事業者に改造ノウハウを提供する事業の展開を目指す動きもある。既存の自動車部品メーカーもビジネスチャンスを探る。(増田晴香)
内燃機関の蓄積生かす
政府が2030年に13年比で温室効果ガス排出量46%削減、50年にカーボンニュートラル実現との目標を表明して以来、国内の自動車メーカーは相次いで電気自動車(EV)を中心に据えた脱炭素化戦略を打ち出している。
一方、EVのリチウムイオン電池(LiB)に使われるレアメタル(希少金属)などの資源不足や、EVに蓄える電気が火力発電に依存している点などから、EV一本足打法での脱炭素化には課題が残る。また、日本の自動車産業が強みとしてきた内燃機関の関連技術が生かせず、競争力を発揮できなくなることも懸念材料だ。
欧州連合(EU)はエンジン車の新車販売を35年から全面的に禁止するとしていた方針を転換し、合成燃料(eフューエル)の使用に限りエンジン車の新車販売を認めた。こうしたことも背景に、従来の内燃機関を延命する次世代燃料への関心が高まってきた。
自動車の脱炭素化では、とりわけ航続距離や充電時間などの観点から電動化が困難とされるトラックなどの重量車両の対策が重要課題の一つ。そこで注目されるのが、水素エンジンだ。なぜなら水素エンジンは、エンジンに対する負荷が大きい重量車両において、比較的高効率にパワーを発揮するとされるからだ。
こうした中、既存のディーゼルエンジントラックを水素エンジン化するコンバージョン技術に視線が集まる。ディーゼルエンジン部品や燃料供給系部品を水素に適合したものに交換する。EVや燃料電池車(FCV)を新車で購入するのに比べ、低コストでの環境対応が可能。現在稼働中のトラックも脱炭素化のターゲットとすることで早期のカーボンニュートラル達成に貢献する。
走行試験重ね改善、ディーゼルと遜色なし
東京都市大学や次世代自動車の開発・製造を手がけるフラットフィールド(神奈川県厚木市)などのグループは、21年8月から既販中型トラックの水素エンジン化技術の開発や事業化検証のプロジェクトを展開している。このほど、水素エンジンを搭載した車両製作を完了し、走行試験を開始した。
東京都市大の伊東明美教授は「EVでは連続航続距離300キロメートル以上の性能は、バッテリーが大きくなってしまい現実的ではないとされる。そこで水素エンジン化では、この300キロメートル以上が目標」と話す。車両に16本の水素タンクを搭載するが、レイアウトを工夫しベース車両の約7割の荷室容量を確保した。エンジンは、登坂路や高速道路などさまざまなパターンでの走行を可能にするトルクや出力を念頭に置き開発。ディーゼルエンジンと遜色ない性能を実現した。
安全性などが確認でき、既にナンバーを取得した。現在は荷物を積まずに走行試験を実施している。6月末頃からトナミ運輸(富山県高岡市)の協力で貨物輸送を対象とした実証を富山県で開始し、事業化に向けた課題を抽出する。100%太陽光発電による電気を使って水素を作り出す北酸(富山市)の水素ステーションを利用。ステーションのトラックへの供給能力や経済性も含めた評価を行う。26年度の社会実装を目指し、ビジネスモデルを検討中だ。
スタートアップのiLabo(アイラボ、東京都中央区)は水素社会の実現を目指し19年に設立。これまで山梨県昭和町に保有する水素エンジン専用の開発施設で性能や安全性の評価を進めてきた。
23年度は同エンジンを搭載したトラックの営業走行による貨物輸送を通して、安全性・実用性・経済性の検証を行う。まずはテストコースで走行試験を実施し、ナンバーを取得する。8月以降、公道で貨物を乗せた実証実験を開始する予定だ。
実証実験と並行して改造技術のマニュアル化や改造キットの開発にも取り組んでいる。同社が想定するビジネスモデルでは、水素エンジンなど重要部品を含むキットやマニュアル、トレーニングプログラムをパッケージで全国の自動車整備事業者に提供し、各整備工場で改造を行えるようにする。
太田修裕社長は「改造のためにトラックを長い期間、止めておくと物流業務に支障がでる。なるべく短期で改造できるようにすることが事業のポイント」と明かす。既存のエンジン整備の知見を生かしながら、水平分業型で水素エンジンを広く普及させる狙い。24年から試験的に小規模で事業をスタートする計画で、25年に本格展開を目指す。
実機評価、車部品も参入
内燃機関部品を主力としている自動車部品メーカーは、EVシフトが進めば事業の縮小が避けられない。一方、水素エンジン向けの部品は、水素によって金属が劣化する水素脆性(ぜいせい)などへの対応が必要になるものの、長年培ってきた内燃機関の技術をそのまま生かせるメリットがある。
ピストンリングをはじめ内燃機関部品を製造するリケンは、新規事業の柱として水素関連事業に参入。柏崎工場(新潟県柏崎市)に水素エンジンを実機評価できる専用のベンチ室を保有し、中型トラック向けを中心に部品開発やエンジン評価解析を行っている。
6月にベンチ室を現在の1室から3室増設し、計4室とする。大型エンジンの評価も可能になり「大型トラックや建設機械向けなど幅広い水素エンジンの試験に対応する」(小林弘幸最高技術責任者〈CTO〉)。これまでの試験・評価でノウハウを蓄積し、同社も水素エンジン化コンバージョンの事業化を目指す。それに先駆け、まず社用車の小型トラックを水素エンジン化し検証する計画だ。
水素エンジンの普及に当たっては、燃料供給施設の拡大も欠かせない。日本水素ステーションネットワーク(東京都千代田区)の調査によると、22年度時点で全国の水素ステーションは179カ所。水素需要が少ないことから、インフラの整備・運営コストが高く、採算性の確保が厳しいのが現状だ。
アイラボはトラックが集中する物流ハブへの水素ステーション設置を進める。まずは、副生水素が発生する石油プラント、化学プラントがある地域での整備を想定する。周辺の工業地帯などで稼働するトラックや重機を水素化のターゲットとする。
「まずは地産地消モデルで水素需要を拡大し、コストダウンが見込める段階になったら、将来的に再生可能エネルギー電力から作られるグリーン水素に切り替える」(太田社長)と構想を描く。