相次ぐ「不祥事」国民感情損ねる、混とんとする電力値上げの行方
送配電分離に飛び火危惧
大手電力7社が申請している家庭向け規制料金の値上げの行方が混とんとしている。本来ならば燃料価格の高騰による値上げ申請に対し、ルールに基づき粛々と審査、判断すべきものだ。だが、電力会社の相次ぐ不祥事が国民感情を損ね、政治と各省庁の思惑も絡み合って問題が複雑化している。料金値上げが遅れるほど、赤字状態にある電力会社の業績回復は遅れ、安定供給を維持するための設備投資にも影響が出かねない。(編集委員・板崎英士)
岸田文雄首相は物価上昇局面での申請について、西村康稔経済産業相に「4月という日程ありきではなく、厳格かつ丁寧な査定による審査」を指示し、4月の値上げは事実上なくなった。直近は値上げ申請時点より円高で燃料価格も下がっている。15日の経産省の料金制度専門会合で、燃料価格を最新データに変え、値上げ幅の再計算を求める方針が決まった。ただ規制料金は燃料費調整制度で一定範囲内の燃料費の上昇、下降分とも料金に反映されるため、データの最新化で“発射台”は変わるが、電源構成が変わらない限り本質的な影響はない。
また、大手電力で相次ぎ発覚したカルテル疑惑や個人情報の不正閲覧が、自ら値上げのハードルを高めている。規制料金改定のプロセスは経産相による意見聴取、公聴会や国民の声を経て経産省の料金制度専門会合での審査、この結果を消費者庁で協議し、最後は物価問題に関する関係閣僚会議を経て認可される。4月めどで値上げを申請した東北、北陸、中国、四国、沖縄の5電力の公聴会では「不正問題が続く中で値上げすべきではない」と反発が出た。
こうした声を受け河野太郎消費者相は、内閣府消費者委員会の有識者会合で「消費者庁としては、単に規制料金の問題にとどまらずトータルパッケージで議論する」とけん制する。一方、15日の専門会合では「不正事案が料金へ与える影響を検証すべき」という声に対し、松村敏弘専門委員(東大教授)から「コストを積み上げ料金を決めるので、不祥事が値上げに与えるルートはない」と冷静な議論を求める意見が出た。
電力会社は値上げ審査が送配電分離の新たな議論に発展しないかを危惧している。送配電部門と小売り部門の分離は公平な競争を促す電力自由化の根幹だ。現状は資本系列を残したままシステムを論理的か物理的に分けるという「法的分離」状態。これを英国などが採用している「所有権分離」にすべきという意見が浮上しているからだ。
一連の不祥事の中に、送配電の持つ新電力の顧客情報を小売り側が閲覧したり、経産省の専門サイトに送配電会社に割り当てられたIDで小売り側がアクセスした事案がある。営業用に不正利用した関西電力のようなケースもあるが、多くは現場社員が顧客対応のスピード向上や実務の精度向上など“よかれ”と思って行っている。両部門分離の重要性の理解が浸透していないことが原因のため、同様のケースがまだ出てくる可能性はある。
これらの正常化対応は料金値上げとは分けて考えるべきだ。だが消費者には「不正によってムダなコストが上乗せされ、値上げにつながるのでは」という疑念が残る。電力業界が不正問題の膿を徹底的に出し、法的分離のままでも公正な競争ができるという取り組みを明確に示す必要がある。同時に国も検証し直す必要があろう。
家庭用電気料金でも、自由料金は4月から値上げされる。規制料金も託送料金部分は4月から上がる。ただ国の激変緩和措置で2月検針分から補助金が出るため、消費者にはここ数カ月の電気料金の中身は分かりにくい。電力会社と国は値上げに関する問題点をあらためて整理し、国民に正しく伝える必要がある。