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震災を受けて1人で新聞を立ち上げ、コミュニティに根差した情報発信

本のホント#14 「わたしは「ひとり新聞社」 岩手県大槌町で生き、考え、伝える」
震災を受けて1人で新聞を立ち上げ、コミュニティに根差した情報発信

わたしは「ひとり新聞社」著者・菊池由貴子さん

東日本大震災発生時に経験した情報不足を受けて、岩手県大槌町で「大槌新聞」を立ち上げた菊池由貴子さん。取材・執筆・発行までのほとんどを一人でこなした。2021年3月で新聞の発行は終了したが、その軌跡を綴ったのが書籍『わたしは「ひとり新聞社」 岩手県大槌町で生き、考え、伝える』。地域に生きる読者が必要とする情報を発信しつづけた菊池さんは、その教訓を全国に広げる活動を続ける。コミュニティに根差した情報発信の在り方について聞いた。(聞き手・昆梓紗)

地域で本当に必要な情報を届ける

―多くの情報発信手段がある中で、「新聞」という媒体を選んだ理由は。
 震災直後から、大槌町では深刻な情報不足に陥っていました。停電によってテレビ、スマートフォン、パソコンは思うように使えません。ラジオは聞けても県域の放送しかなく、自分のいる地域の状況が知りたいのに分からないことも多く、次第に聞かなくなってしまって。そんな時、救援物資を運ぶ車の中に(すこし前に発行された)古新聞の束があったのを発見し、夢中になって読みました。新聞は自分の都合のよい時間に読めますし、必要な部分だけ選んで読むこともできる。地域の人が知りたい情報を集めた新聞を作りたい、という思いが募り、12年6月30日に発行を開始しました。

―大槌新聞には震災復興やまちづくりの話題を中心に、生活している人が必要とする情報が掲載されているのが特徴ですね。
 私自身、震災以前に新聞を読む習慣はなかったのですが、同じように読む習慣がない、時間がないという人も多いと思っていました。なので、最低限知ってもらいたい情報を新聞に掲載しよう、と意識しました。また地域のペットの情報なども入れて親しみを持ってもらっていました。地域の人たちとの普段の会話が取材や記事につながり、生活している中で自然と取材すべきことが分かっていきました。

―新聞発行を経て、町内が変化したと感じられることは。
 直接感想をもらうことはあまり多くはありませんでしたが、市の行政に関しての情報や不祥事を報じていったことは大きかったと思います。これまで報じる媒体がなかったのです。
 例えば、復興に向けた土地区画整備事業で整備した宅地に家を建てた被災者に一律100万円を補助するという制度。一見充実した補助のように見えるですが、同じ被災者であっても特定の地域に移住した方だけ補助され、それ以外の移住には補助がないというものでした。こういったさまざまな問題を大槌新聞で報じていったところ、新聞を手にして庁舎に訴えに行く人もいたようです。町政の不祥事を報道する姿勢に共感してもらえる町会議員も出てきました。

―新聞を発行するだけでなく、一時期はラジオでも情報発信するなど、メディアミックスにも積極的に取り組まれていました。
 行政関連の申請締め切りなどの重要な情報は、新聞で掲載した内容をラジオでも再度発信することでより確実に周知ができます。紙面で伝えきれなかった情報を付け加えたり、かみ砕いて説明したりすることも行いました。
 また、新聞は基本的に町内に配布しているのですが、ラジオは町外の方や転出された方も聞けるので、つながりを保ってもらうという面でも役立ちました。目が悪い方や部屋から出られない方などへも音声は届きやすい利点があります。今はラジオや音声配信のスローな情報の届け方が改めて受け入れられている感覚もあり、良さを実感しました。
 官民連携でメディアセンターを立ち上げる構想もありましたが、町によって国の緊急雇用助成金が打ち切られ、災害FM(臨時災害放送局)は16年3月に終了してしまいました。

発行終了の背景

―大槌新聞は数々の賞を受賞しながらも21年3月に発行終了しましたが、その理由は。
 一つは経営的な問題です。大槌町全戸に無料配布してきましたが、これを有料化するというのは難しく、一人での発行体制に限界もありました。
 また、もう一つは、大槌新聞を続けるうちに私自身が町外へと目線が広がったことが挙げられます。大槌新聞の活動を知った方からの依頼で大槌町での経験や教訓を町外の人に発信する機会が増え、そこで良い反応をたくさんもらえました。今後は地方自治についての情報発信や勉強会を、町外に向けて行っていきたいと考えています。

―発行のきっかけが震災時の情報不足と伺いましたので、震災から10年が経過したことで情報不足が解消された面もあったのかなと推察します。
 いえ。10年が経ったからといって、情報が不要になることはありません。大槌新聞が休刊になってから町政の現状や問題を知る手段が減っていますし、基本的な状況は変わっていないのではという感覚です。

―本書では地方自治における情報発信を継続していく難しさが書かれています。成功しているなと感じられる自治体はありますか。
 青森県南津軽郡田舎館村ではコミュニティFMを長年運営しています。少ない人数で取材から放送までこなしているという、本当にすごい方々です。また宮城県山元町でも精力的に運営されていた災害FMがありましたが、閉局しました。地方紙が地域向け新聞を作る動きなどもありますが、いずれにせよ主体となって動く人材がいるかどうかが鍵です。自治体規模の大小は関係なく、人材確保は深刻な問題になっています。

―担い手を増やす意味でも、地方自治の現状を発信していくことは重要です。
 日頃から地方自治に関心を持つ方を増やし、育てていく必要があります。これまでオンライン講座などを実施してきましたが、今後は若手町会議員や市議会議員に向けた勉強会も実施してみたいです。また、(地方自治だけでなく)震災復興に際して防災士の資格を取得される方が増えましたが、取って終わりになってしまっています。資格取得者向けの勉強会を行いたいです。
いずれも、関心のある方や関係者同士がつながり、お互いに事例を紹介し合い、学び合う場を作ることが私の使命だと考えています。

ニュースイッチオリジナル
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
読者が必要とする情報を届けるのがマスコミだと考えています。ですが、「マス」を意識しているとこぼれ落ちてしまう情報も多いことは確かです。復興に関しては多くの記事や情報が出ていたと考えていたのですが、それにより生活者にとって本当に必要な情報が見えにくくなっていた面もあるのかもしれないと個人的に感じました。震災復興に限らず、地方における情報発信の担い手不足は深刻だと話してくれたことが印象的でした。特定の分野に向けた取材をする記者の一人として、学ぶことの多い書籍でした。

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