デザイナーが地元商店街で駄菓子屋を開いた理由
国連の持続可能な開発目標(SDGs)がスタートから8年目に入り、目標の一つである地方活性化も進んでいる。働き方改革や住みたい土地で暮らす価値観の変化があり、仕事で身に付けた経験を地域で生かす人がいる。都市部の企業は地域貢献や優秀な人材獲得を目的とした地方進出を始めている。
ヤギサワベース、商店街でデザイナー兼駄菓子屋
東京・新宿から電車で30分ほどの「西武柳沢駅」(東京都西東京市)の商店街に駄菓子屋「ヤギサワベース」がある。菓子の容器が並ぶ店内は“昭和レトロ”な雰囲気だが、開店は2016年。店の奥では店主の中村晋也さんが大型モニターを見つめている。店番をしながら、本業のデザインの仕事をこなしているのだ。
店内には買い物に来た子どもたちが宿題をしたり、絵を描いたりして過ごせる空間がある。中村さんは“世話焼き店主”ではないので話しかけることが少ないが、「子どもが熱中する姿を見ていると居心地がいい」と顔をほころばす。
もともと中村さんは電車で都心の職場まで通勤していた。11年に発生した東日本大震災の直後、帰宅困難者になった。自分の子どもは知人が預かってくれていた。感謝とともに「自宅から離れた場所で働くのは不自然」(中村さん)と考え、近所で働く決意をした。リモートワークの先駆けだ。
また、生活している地元に知り合いが少ないことにも気付き、商店街に興味を持った。「駄菓子屋をやってみたかった。デザイン事務所と駄菓子屋をつなげると面白いと思った」(同)と、空き店舗を改装して事務所兼駄菓子屋を始めた。
すると商店街からデザインの依頼が持ち込まれるようになった。本職は雑誌のデザインだが、看板や内装まで頼まれる。「近所なので依頼者の反応が分かって、やりがいがある」(同)という。
知り合った工務店が木材を提供し、駄菓子屋に子供用の勉強机を置くことになった。お金だけが対価ではなく、助け合いも価値だと考え、地域との関係性に満足する。さらにデザインの仕事で生まれた縁で、地元ラジオ局「エフエム西東京」の取締役になり、地域の魅力を発信する番組制作にも携わる。
仕事で培った経験を地元に還元できたが、地域に貢献しようと肩肘を張ってはいない。「無理のない範囲でやっている。自分のためが大前提。駄菓子屋は自分にとって居心地が良いので、この空間を守りたい」(同)と語る。
地域と関わる企業増加、リモートワークで雇用
企業も地域との関わりを求めている。移住を支援する移住・交流推進機構(東京中央区)の会員企業は20年度の39社から52社へ増えた。JTBやDMM.com(東京都港区)、富士通、清水建設、ポニーキャニオンなど幅広い業種が参加する。
地域活性化センター(東京都中央区)の川住昌光常務理事は「地域に貢献する企業のすそ野が広がっている。デジタル化や働き方の変化があり、貢献する内容や目的が変わってきた」と分析する。
かつては支店や工場の立地で地域の雇用を支えたが、今は違う形態での進出もある。USEN―NEXTホールディングスは新潟県長岡市にリモートワーク拠点を開設し、地元出身の学生を採用した。学生は首都圏の企業に就職しながら地元で生活できることに魅力を感じた。この取り組みに共感した他社との連携も始まった。人材難に危機感を持つ他社にとっても、地方の優秀な人材を獲得できる機会だからだ。長岡市も若者の転出を防げるので協力している。
川住常務理事は「大都市でのビジネスは安定していたが、人口減少でいずれ市場は縮小する。企業は地方に根ざした事業を考える時だ」と指摘する。
企業は地域課題を解決して関係性を強固にできれば、売り上げ以外にも人材獲得などでメリットを得られる。