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eスポーツ “感触” で開拓、オムロンが世界シェア首位「マウススイッチ」で挑む

遠隔医療など応用視野
eスポーツ “感触” で開拓、オムロンが世界シェア首位「マウススイッチ」で挑む

オムロンのゲーミングマウス用スイッチ

インターネット上でゲームの腕を競う「eスポーツ」など、現実社会と仮想空間の融合で生まれ始めた新たなビジネス機会を、オムロンが“感触”をキーワードに取り込もうとしている。eスポーツ専用マウスに搭載される同社のスイッチは、絶妙な操作感などが評価され世界シェアで首位。需要増を踏まえて中国拠点の能力も引き上げた。操作感を極める過程で得た感触の定量化の知見を生かし、将来的には遠隔医療などへの参入も目指す。(山田邦和)

eスポーツはオンラインでつながった複数の人たちが行うゲーム対戦を、スポーツ競技として捉えるもの。ゲーム自体の面白さに加え、体格や性別、年齢、国籍に関係なく戦えるため競技人口や観覧者が増えている。

eスポーツでは専用のゲーミングマウスを使ってキャラクターを操作する。重要になるのがボタンの操作感。ボタンクリックは選手が対戦中に最も多く行う動作で、長押しや素早い連打など、押し方もさまざま。多様な技に応える頑丈さに加え、押し心地(感触)の良さが求められる。

カギを握るのが、マウスボタンの下に搭載した電子部品のスイッチだ。ボタンをクリックするとスイッチの突起が下に押され、弓状をした数ミリメートルの板バネが上下。電気を流す接点部がオン・オフと 切り替わる。この板バネの形状が感触を決める。

オムロンはゲーミングマウス用のスイッチで世界シェア約5割を占める。eスポーツ人口の増加で操作感への要求も多様化する中、理想の感触をスイッチで実現する取り組みを進めてきたことが背景にある。

同社が15年から始めたのが、主観的な感触の定量化。感触が異なるスイッチを複数用意し、人が触ったときにどう感じるか調査した。「キレが良い」、「重厚感がある」などの感触を表す言葉と、スイッチを押した時の力の強さと押し込む深さの相関を分析。人が触った時の感触を数値化し、定量的に把握できるようにした。

スイッチ事業に関わる仲真美子マーケティング部主査は「さまざまな設計パラメーター(変数)のバランスが取れているほど、心地よい感触と評価する傾向が強いことが分かった」と話す。重要部分の板バネの動きはコンピューター利用解析(CAE)で解析し、たわみ具合などの要素を数値化。完成時にCAEの予測通りに動くよう、細かく条件を設定した。

一連の取り組みが評価され、引き合いも増えている。製造拠点の中国・深圳工場では増産投資を実施。投資額は非公表だが、足元の生産能力は20年度比で約4割増えた。

接点の代わりにセンサーを使って電気のオンオフを行い、ゲーミングマウスの高速化に貢献するスイッチの新製品の開発も進める。「中国の競合がすでに製品化しているが、当社はより感触の良い製品を目指している。24年度までの中期経営期間中の完成を目指したい」(仲主査)。

“感触の数値化”の応用範囲はゲーム関連にとどまらない。電子部品を管掌する行本閑人執行役員常務は「次世代のデバイスやアプリケーションにも提案していける」と期待を示す。

現在はまだ構想段階だが、一例が鉄の微粒子を混ぜた液体(MR流体)を使った製品への応用。MR流体の粘り気を磁場の強さの変化で操り、モノを触った際の感覚を疑似的に表現する。この技術にオムロンの知見を応用すれば、現在より複雑な感触を再現できる可能性がある。

見る・聴くが中心だった感覚のデジタル化に「触る」が加われば、製造業や医療など幅広い産業に革新をもたらす。遠く離れた場所にいる医師に、患者の患部の触感まで伝える手術支援ロボットなどの開発の道が開ける可能性も出てくる。スイッチで蓄積した“リアルな感触”の知見で、仮想空間と現実を結ぶ新たなビジネスに参入したい考えだ。

日刊工業新聞 2022年11月04日

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