【ディープテックを追え】半導体業界の再現狙う。バイオファウンドリとは?
組織や細胞、遺伝子などの生物の構成要素を部品に見立て、人工的に生物システムをデザインする「合成生物学」。この学問を応用して石油代替品や医薬品を製造する”バイオものづくり”が注目を集めている。世界ではバイオものづくりを大規模化した「バイオファウンドリ」を標榜する企業も登場。日本からは同分野で有名な神戸大学が中心になって立ち上げたバッカス・バイオイノベーション(神戸市中央区)が、この潮流に挑む。
実験を高速化する「DBTLサイクル」
バイオものづくりは人工知能(AI)を中心とした計算科学と、ゲノム編集などサイエンスの領域を組み合わせた新しい産業だ。
特定の化合物を作り出すなど、目的に応じた生物システムをコンピューターで設計。設計を基に、サイエンス技術で生物システムを作成し、性能を試験する。試験結果から得られた法則性を再度コンピューターに反映して、設計の精度を高める。
この一連の流れである「DBTLサイクル」を高速で繰り返す。開発する微生物によって異なるが、一つのプロジェクトでこのDBTLサイクルを半年間で3~4回繰り返す。実験を繰り返す速度が速いため、従来の化学合成では作るのが難しい、高機能素材の製造を容易にできるメリットがある。
「半導体ファウンドリ」の再現を狙う
バイオファウンドリが目指すのは、半導体業界の再現だ。2010年代以降、半導体業界では、台湾のTSMCなどの半導体製造会社と米エヌビディアなどの設計会社による役割分担が生まれた。これにより、限りあるリソースを最適に配分し、半導体の微細化という果実を急速に成長させた。これをバイオ業界に置き換えると、細胞や酵素などの設計をバイオファウンドリが担い、量産プロセスの開発を化学メーカーが担う役割分担を構想する。
AIやゲノム編集の高度化や低価格化に加え、脱炭素に向けた社会的要請も背中を押す。その対象として、製造に高エネルギーが必要な石油化学が挙げられる。バイオファウンドリは目的の化合物生成を効率的かつ、低エネルギーで行える可能性を秘める。バッカス・バイオイノベーションの取締役でもある、近藤昭彦神戸大副学長は「我々と化学メーカーは競合ではなく、パートナーだ」と強調する。
同社のビジネスモデルは最終製品のプロフィットシェアを想定。そのため設計の精度だけでなく、量産プロセス開発から販売網の確保も必要になってくる。設計から販売までの一連のプロセスを統合する効率的なシステムが重要だ。化学メーカーも同分野での連携を強める。住友化学は米ザイマージェンと共同で高機能フィルムを開発。米ギンコ・バイオワークスも大手化学メーカーと連携し、高機能素材の開発に取り組む。
バッカス・バイオイノベーションは二酸化炭素(CO2)を原料に生物解性プラスチックを作る水素菌を開発する。事業拡大を見据え、バイオ人材の採用を増やす。30年ごろに、CO2を使う微生物の開発から量産、生成製品の販売に向けた一連の方向性を作っていきたいとしている。
アジアでのシェア獲得を目指す
米国や欧州はバイオ由来製品の市場を作るため、規制や政府調達を加速させている。米グーグルなどのIT大手は、自社サービスとの相性の良さから同分野への投資を積極的に行う。日本も新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が中心となり支援策を用意する。
技術面では新規上場(IPO)も果たしたギンコ・バイオワークスなど米国勢が先行する。ただ微生物は種類が多く、性能も幅広い。近藤副学長は「将来は微生物や生成化合物の得意分野や、地域に応じて、シェアを分け合うのではないか」と予測する。バッカス・バイオイノベーションはアジア地域でのシェア獲得を目指す。そのうえで、「バイオファウンドリの競争力はDBTLサイクルの蓄積だ。資金に加えて、AIを使いこなせるバイオ人材も必要だ」(近藤副学長)と支援拡充の重要性を強調する。
化学合成に加え、医療やエネルギー分野への波及効果が期待されるバイオファウンドリ。バイオとデジタルを組み合わせた「次の産業革命」の覇権争いは始まっている。
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