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実験自動化へ、国の旗艦プロジェクトが動き出した

研究自動化 ビジネスになるか(下)
実験自動化へ、国の旗艦プロジェクトが動き出した

理研で自動細胞培養に挑む双腕ロボ「まほろ」は細胞の数や状態をカメラ観察して自動培養できる(理研提供)

実験を自動化するラボオートメーション(LA、研究自動化)へのニーズは高まっている。だが、現状はロボットインテグレーター(SIer)がシステム構築にも苦労する段階だ。技術と知見が蓄えられ、モジュールやパッケージ、専用ラインへと成熟するまでには時間がかかる。そこで研究代行として仕事を受け、自動化技術を蓄える試みが注目される。

MOLCURE(モルキュア、川崎市幸区)は、医薬品になる抗体やペプチドを人工知能(AI)技術で高速探索する。従来の半分の時間で10倍以上の数の医薬品候補を探せる。創薬AIサービスで稼ぎLAに投資している。

開発するのはモジュール式の実験ロボット群「HAIVE」だ。六角柱のモジュールでは電動ピペットが上下に動き、その下を試料を載せたコンテナが行き来する。このコンテナにチップの供給や冷蔵、磁気ビーズでの精製などの機能を持たせた。次世代DNAシーケンサーの前処理を自動化する。

興野悠太郎最高技術責任者(CTO)は「まずは社内の実験作業を自動化する。外販の計画はない」と説明する。21年に社内のシーケンサー前処理を自動化し、実験業務の負荷を減らす。モジュール式を採用したのは拡張性を担保するためだ。興野CTOは「販売を前提にすると要求レベルがぐっと上がる。だが顧客が求めるのはロボットでなくデータや解析結果だ」と、LAは顧客サービスを実現するための手段と認識。創薬支援の研究代行サービスとして事業を成立させている。

【社会実装で苦労】

LAのフラッグシップとなるプロジェクトが1月1日に始動した。科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業で「ロボティックバイオロジーによる生命科学の加速」が探索研究から本格研究として動きだす。予算は5年で約7億5000万円。ヒト型双腕ロボ「まほろ」でさまざまな実験機器をつなぎ細胞培養やフルゲノム臨床診断を自動化する。

研究プロジェクトの審査過程で最も苦労したのが、成果の社会実装だった。まほろを開発運用するには高度な人材と費用が必要で、どんな研究室でも導入できるわけではない。まほろで研究を自動化しても稼働させる場が限られる。

そこで実験を請け負うロボットセンターとしての社会実装を想定する。世界の研究者から実験を受注し、ロボット実験のエキスパートがまほろを動かす。高品質なデータと世界中どこでも再現可能な研究成果を提供する。

プロジェクトの代表を務める理化学研究所の高橋恒一チームリーダーは「まずは放射光施設やスパコンのように共同利用機関として運用したい」と説明する。集中的にロボットを運用して実験プロトコルを収集。タイムシェアで利用料を抑える。

【学術界変える】

高橋リーダーは「研究のサイクルが数カ月から週単位に短くなる」と指摘する。実験がロボットで再現可能になれば、生命科学もオープンにプロトコルやデータをシェアできる。研究手段や成果をシェアし、日々更新されるようになる。経済合理性では到達しえない、学術界の形を変える挑戦が始まった。(取材=小寺貴之)

日刊工業新聞2021年1月15日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
実験代行ロボで研究が再現可能になり、論文の検証コストが下がれば、生命科学分野に潜む膨大な量の無駄をお掃除できるかもしれません。情報科学では論文共有サイト「arXiv」とオープンソースで加速したように、生命科学もプロトコルやデータをシェアして研究を加速できるかもしれません。ロボット売りではペイしなくても、ロボット実験ならでは価値が認められればロボット研究代行サービスは成立する可能性があります。

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