三井化学会長が企業改革で積み重ねた“当たり前”
「個人も組織も明るさが必要だ。営業をしていた30代のころ、多くの企業を回った。明るい人や組織には人も情報もツキも集まる」
三井化学の淡輪敏会長はそう心がけ企業改革に取り組んだ。社長就任前の2013年度まで3期連続当期赤字から、足元の21年度は過去最高業績の達成を見込む。構造改革に加えモビリティーなどの成長分野の強化が進み、大きく生まれ変わった。
「社長就任の時、『三井化学の誇りを取り戻す戦いだ』と従業員に話した。リーマン・ショックから立ち直りかけた時に岩国大竹工場で事故が発生。皆が自信をなくした。マインドを切り替えなければならなかった」
構造改革の遂行に加え自信を回復させるため即効性のあるコスト改革に注力した。また週1回のブログを開始し自らをオープンにした。動物観察などの話題が人気だった。
「『経営に奇手妙手はない。当たり前のことを当たり前にやる』。大合板会社を築いた営業先の経営者の言葉が心にある。客観的に情報を集めて見る『ファクト・ファインディング』を判断の原点とした」
情報収集と判断は情に流されないが、決定後に携わる人々の心に向き合う。特に歴史ある石化事業の大型設備を停止すれば、仕事をなくす人もいる。「経緯を正直に丁寧に話した」と振り返る。
「センセーショナルな動きにとらわれず、本質論で考えることが重要だ。表面だけを見ると見誤る」
日本化学工業協会の会長を務めた18―20年には、海洋プラスチック汚染問題に対し、欧州を中心に急激な脱プラスチック議論が巻き起こった。その中で、日本は回収や処理のデータを集め、管理することが解決への第一歩と説いた。米国では「ジャパニーズ・ウェイ」と評価され、東南アジアにも広まった。環境問題だけではない。海外の事業活動は「国の歴史を学ぶ必要がある」と指摘する。
「部下との関係は、江戸時代の儒学者・荻生徂徠の教え『徂徠訓』をよりどころにした。『任せた以上委ねきる』など、当たり前のことが書かれているが、実践は大変だ」
今ではベンチャー企業で若手研究者が武者修行し、自ら考えて行動する自由な雰囲気の会社となった。任せて委ねてきた成果だ。
明るくオープンマインドに客観的に事実を見る。当たり前の実践を難しくても積み重ねることが大きな改革につながる。(梶原洵子)
【略歴】たんのわ・つとむ 76年(昭51)早大商卒、同年三井東圧化学(現三井化学)入社。07年執行役員、10年常務執行役員、12年取締役常務執行役員、13年同専務執行役員、14年社長、20年会長。福岡県出身、70歳。