素材がやらねば…化学業界が一斉に「CFP」算出体制の整備に乗り出した!
国内化学業界で、製品ごとにライフサイクル全体の二酸化炭素(CO2)排出量を見える化する動きが広がっている。住友化学や三菱ケミカルホールディングスグループ(HDG)が国内生産品を中心に網羅的な排出量計算の体制を整備。住友化学は他社へ計算ツールの無償提供も行う。見える化は環境負荷の低い製品として顧客に選ばれるための入り口。持続成長のためにはデータの精度を高め、CO2排出の少ない調達やモノづくりを実現する必要がある。(梶原洵子)
国内化学大手は一斉に、製品ごとにライフサイクル全体のCO2排出量(カーボンフットプリント、CFP)を迅速に算出できる体制の整備に乗り出した。住友化学は約2万品目超の自社製品の排出量算出を終え、顧客の要望に応じて開示する準備を整えた。三菱ケミカルHDGの化学系事業会社の三菱ケミカルは、9月末までに国内事業所・工場で生産する全製品についてCFPを速やかに算定できる体制を確立する。
旭化成はNTTデータと協力し、ナイロン66などの機能性樹脂製品1万品目以上でCFPを算出する情報基盤を構築。5月から顧客へデータ提供を開始する。今後、別のシステムを用いて他事業の製品も見える化する。
三井化学は、10年以上前から顧客の要求に応じてLCA(ライフサイクルアセスメント)データを提供し、この一環でCO2排出データも「適宜提供している」(伊澤一雅常務執行役員)。今後の要求増加に備え、現在CFP計算の自動化を進めている。樹脂など主要製品は9月末までに完了し、その後、自動計算の対象を広げる。
帝人は、21年にグローバル展開する複合成形材料事業で各顧客の要望に合わせてCFPデータを提供できる体制を整え、国内企業の先駆けとなった。環境意識の高い欧州に主要拠点を持つアラミド繊維事業で11年に構築した、環境影響を計算するシステムをベースに取り組んだ。
脱炭素社会に向け、自動車や電機、日用品などさまざまな業界で、部材へのCO2排出削減要求が強まっている。CO2排出の見える化は削減の第一歩。BツーB取引だけでなく、将来は消費者がCFPの小さな商品を選ぶことが脱炭素化の大きなドライバーになると期待される。欧州ではCO2排出量を食品包装の前面に表示する試行も始まっている。
素材業界のCFP算出はこうした大きな社会の流れによるもの。供給網の最上流に位置する素材業界がやらなければ始まらない。
無償でツール提供 「標準」つくり存在感高める
住友化学は自社グループのデータ整備から一歩踏み込み、他社へもCFPの自動計算ツールを無償提供する。21年12月に無償提供を公表すると「ほぼ毎日のように問い合わせがある。すでに紹介済みが30件を超え、これから10件以上の紹介を予定している」(同社)といい、関心は非常に高い。
住友化学の開発した計算ツールは、マイクロソフトアクセスやエクセルといった汎用ソフトウエアをベースに構築し、他社も取り入れやすい。通常業務で用いる原価計算システムにひも付け、これに用いる原料やエネルギー情報を計算に使う。連産品や副生燃料・蒸気の発生といった化学品製造プロセスの特徴を考慮し、複数の計算パターンを用意した。ツール利用者には計算式も開示する。
辻純平執行役員は、「無償提供は岩田圭一社長の一言で決まった」と明かす。CFP計算は非常に手間がかかり、一般的な方法がないことが課題だ。ツール提供は社会貢献の意義に加え、「日本の産業界でCFP計算のスタンダードを作れれば、世界をけん引できる」(岩田社長)というのも狙いだ。今後、CFPデータの重要度は増し、活用方法などへも議論が広がる。その中で、日本の産業界の存在感を高めていく意義は大きい。
同じ方法でCFPを算出する企業が増えれば、データ精度が上がる期待もある。というのも、計算には原料のCFPデータがいる。住友化学は産業技術総合研究所がまとめた4000品目のCFPデータベースを用いているが、世の中の全ての原料は網羅できない。
例えば、自動車や家電、建材などに広く使われるABS樹脂は、原料であるアクリロニトリルなどの3種類のモノマーを共重合したもの。部品成形には、樹脂に強度を上げるフィラーや着色する顔料、機能を付与する多様な添加剤を混ぜたコンパウンドを使う。一つのプラ製品にも多くの原料が含まれる。
高精度なCFPデータを得るには、まず化学業界の中でも供給網の川上に位置する化学大手からCFPデータを出し、川下の化学メーカーへ広げ、業界をあげた動きとなっていく必要がある。
ゴールは排出量削減 消費者の理解カギ
一連の取り組みのゴールは、排出量の削減だ。各製品のCFPがわかれば、生産現場の改善や原料の選択などさまざまな場で、排出削減へのモチベーションを高められる。
旭化成は見える化により製品競争力の確認や戦略見直しを検討。将来、プラントをサイバー空間上に再現した「デジタルツイン」を用いてCO2排出量削減のシミュレーションを行い、最小化を目指す構想もあるという。
また、化学各社は生産プロセスを変え、CFPを低減する技術革新に挑んでいる。三菱ケミカルHDGはマイクロ波化学(大阪府吹田市)と協力し、使用済みアクリル樹脂をモノマーに分解する技術の開発に取り組む。三井化学はバイオマスナフサを原料とする化学品の生産を始めた。
こうした環境負荷の低い新しい材料は化石資源由来よりも高価だ。メーカーのコスト低減努力ではカバーしきれず、最終製品の価格も上がる可能性が高い。CO2排出削減の成否は消費者の行動に委ねられる側面もある。
消費者にCFPを知ってもらい、多少高価でも環境負荷の低い製品を選んでもらう―。消費者にこういった行動変容を促す仕掛けづくりにも、産業界や行政が知恵を絞る必要がある。