半年から3年。製品の企画から量産までの間、設計者が意識するべきこと
設計を開始してから製品化までの道のりは長い。一般的な家電製品の場合、既製の技術と既製の部品を多く使用した派生製品は半年から1年弱、既製の技術ではあるがほとんどが新しい部品の新製品は1~2年、新しい技術と新しく開発した部品を使用した製品は 2~3年くらいの期間をかけて製品化を行う。この期間は製品の規模や難易度により、さまざまである。この期間中は、設計者は決めた日程どおりに業務をこなしていくことになる。設計、試作、試験/評価、仕様書/図面の作成、量産部品の作製、種々の申請、量産導入などの業務がこの期間にほぼ隙間なく詰め込まれ、自分の休暇も日程に入れ込んでおく。筆者はだいたい1年半くらいの設計期間の製品が多く、この期間中 はマラソンをしているようなものであった。以降に、このような製品化におけるプロセスを4つのブロックに分けてお伝えする。
製品化プロセスの主な流れ
図1に製品化プロセスの主な流れを示す。大きく4つのブロックに分かれる。最初は「構想」である。どのような製品をつくりたいか、そしてつくることができるかを考え、仕様と日程、コストを決めるブロックだ。2番目は「試作設計」である。設計を行い、試作品を作製しその試験/評価を行い、抽出した問題点の設計修正を行う。このブロックは設計の難易度によって複数回繰り返すこともある。3番目は「量産設計」である。試作品の試験/評価による問題点がクリアになった段階で量産部品を作製する。そして最後は製品とそれに使用される部品の「量産」となる。
設計者には、主に機構設計者と電気設計者、ソフト設計者がいる。もちろん製品によって、カメラの場合はレンズを担当する光学設計者、プリンタの場合はインクを担当するインク担当者などもいる。これらの設計者は別々に設計を進めているが、※印のイベントでは全員が日程を合わせる必要がある。そのため日程厳守で業務を進めなければならない。
また、※印のイベントのみで日程を合わせれば良いため、難易度の高い部分的なモジュールは、日程より先行して設計を進めたり、試作回数を多く行ったりすることもできる。
日程には多くの設計者や部署、協力会社がかかわってくる。各カテゴリーに分かれた設計者をはじめ、試験/評価にかかわる品質保証部門、購入するキーデバイスの会社や金型メーカー、部品の加工メーカー、プリント基板メーカーなどの協力会社である。日程作成は、これらすべてを配慮すべき重要な業務である。
日程の中には、図1の4ブロック以外にも、デザ インの作成や量産部品メーカーの選定、法規制の認証申請、展示会への出展などのイベントもある。
構想
構想には“企画”と“原理試作”、“設計構想”が含まれる。企画とは「このような世界(市場)をつくるために、このような製品をつくりたい」という志に基づいて、主な仕様と日程、コストを提案することである。志はウォークマンで言えば「音楽を外に持ち出して聴くことのできる世界をつくるために、ラジカセとヘッドホンを一体化したポータブルな製品をつくりたい」となる。
しかし現実には、良い技術やアイデアをすでに持っており、それの製品化のためにベンチャー企業を立ち上げたり、技術シーズにはこだわらず起業を目的としたアントレプレナーもいたりする。前者のパターンは日本に多く、後付けで志を考え出して成功する場合もある。前出のウォークマンはその典型と言える。
起業の段階ですでに技術シーズを持っているベンチャー企業にありがちなのは、“仕様”はしっかりと決めてはいるが、コストをおざなりにして設計を進めていることだ。コストとは、つまり何年間で何個(台)販売したいかを計算した合計の売上げから、固定費や材料費などを差し引いて利益を計算することである。せっかく量産までたどり着けたとしても、即コストダウンや大幅な設計変更で、さらに多く出費するのは避けたい。また、材料費を決めておかなければ、設計を始めることもできない。私たちの身の回りには、性能と品質がほぼ同等でも値段の幅が大きい製品は多い。設計者は安全率を高く持ちたいため、コストの意識なく設計を進めると、一般的に高価な部品や材料、構造となり、材料費はアップしてしまう。よって、「○○円の材料費で設計する」という意識が製品化には必要なのである。
設計構想は企画の内容を受けて、設計者による現実的な視点で「つくれる製品」を提示するものだ(図2)。現実的な視点とは、材料費や日程、設計パワー、技術動向、入手可能なデバイスや部品、設計者自身のスキルなどのことである。設計者はこれらを考慮し、より詳細な仕様と日程、コストを提示する。
また、この設計構想には設計者のチャレンジを加えておくことをお勧めする。例えば、「業界最軽量」や「バイオマスプラスチック材を使用」というような、製品のイメージアップにつながるものでも良いし、「部品点数を既製品より30%削減」 や「製造方法を従来から簡略化」などのように、設計者のモチベーションを上げるものであっても良い。
原理試作とは、その製品に新しい部品やデバイス、機構を導入する場合、設計構想の前にその実現性の事前確認を行うための簡易的な試作のことである。必要があれば実施する。
試作設計
試作設計の主な流れは図3のようになる。このブロックは製品の難易度によって複数回繰り返しても良い。また、部分的に新規であったり難易度が高かったりするモジュールは、それだけを複数回繰り返すこともある。最近はシミュレーションツールが充実しているため、この試作設計の回数は減らすことができる。
機構設計の場合の“設計審査”とは、出来上がった3次元データと2次元データの妥当性を、関係者で確認することである。内容としては、設計構想で提示した仕様を満足するかどうかはもちろん、前回の連載でお伝えした安全性や信頼性、製造性、コスト、サービス性、金型での製造性、社内の設計基準に関して、データのみで判断できるところを確認する。単なる設計ミスや部品同士の干渉などは、設計者自身で事前に確認しておきたい。強度や耐久性などの信頼性に関しては、実施したシミュレーション結果を確認することになる。ただ、漠然とデータを見ていても問題点を見つけることは難しく、時間もかかる。各項目に関して、データのみで確認できる内容を事前にリストアッ プしておき、それに沿って確認を行うと良い。
一般的に設計修正は後回しにすればするほど、修正にかかる時間とコストは増大する(図4)。この設計審査の直後であればデータの修正のみでよく、それは数分で完了するが、試作品を発注した後になれば、試作の部品メーカーに加工状況の確認と修正依頼のメールを出す必要がある。試作品が例えば50個完成してしまっていれば、その追加工が必要になる。製品化プロセスの後半になり、金型が完成した後や量産が開始された後になると、数日の修正期間と数百万円の修正コストがかかる場合もある。よって、この設計審査はとても重要なイベントなのだ。
この設計審査で抽出された問題点が少なかった からといって、設計者は「完成度が高かった」と安心してはならない。問題点が少ないことについて「問題点を見つけられなかった、持ち越してしまっている」と考える、謙虚な姿勢が必要だ。
試作の部品の多くは、試作専門の部品メーカーに発注することになる。試作と量産の両方を手がけている部品メーカーに発注すれば、この段階で量産における問題点を指摘してもらえる。部品の完成度がより高くなるのだ。
“組立て”では製造性を確認することができる。製品を組み立てる部門や協力会社の人に立ち会ってもらい、製造性のアドバイスをもらうと良い。このアドバイスにより、部品の形状をより良い方向に修正できる。
“試験/評価”は前述の設計審査で確認した内容を、実際の試作品で確認することである。試作品は高価であるため、試験の種類は多くても試作品は数多くつくれるものではない。もちろん使い回すのだが、試験内容によっては試作品に大きなダメージが加わり、別の試験の評価が適切にできない場合がある。よって、少ない台数の試作品で効率良く試験と評価ができるように、その順番には工夫が必要だ。
最後が“設計修正”である。機構設計であれば 3次元データと2次元データの修正になる。製品の部品構成や員数が変更になれば、それに合わせてBOM(部品表)の修正も行う。
量産設計
量産設計の流れは、基本的に試作設計と同じである。大きな違いは「量産する部品を作製する」という点だ。試作設計では数個の部品を1回きりで作製するだけだったので、多少無理な形状であっても工夫すればつくれてしまう。しかし、量産部品は量産が開始されてから定められた期間中、同じ品質で定期的に製造される必要があるので、量産に適した形状にする必要がある。そこで、製造技術と品質管理が重要になってくるのだ。日本の部品メーカーはこの分野に秀でているため、日本の部品の品質とそれによる製品の品質は世界のトップクラスと言われている。
製造技術は、定められた品質の部品を効率良く製造する技術だ。よって、それに対応した形状にする必要がある。品質管理は、決められた一定のばらつきで製造されることを管理することだ。よって、まずその一定のばらつきを決める必要がある。ばらつきが小さすぎれば、部品を効率良く製造できなくなり、不良率がアップしコストアップにつながる。ばらつきが大きすぎれば、製品として成り立たない部品となってしまう。よって、製品として成り立つばらつき範囲で効率良く製造ができ、かつその範囲が量産期間中に保証できるように決める必要がある。
量産個数が多い部品は、金型を作製する必要があり、それを考慮した設計をしなければならない。もちろん試作の段階から、設計者は金型を考慮して設計を進めてはいるが、設計者のスキルによって、配慮できる範囲に差がある。また、金型メーカーによっても設計手法は異なる。よって、金型打合せ後に設計修正が必要な場合がある。
量産部品での組立てでは、組立順とその作業方 法を決め、量産時に必要なQC工程表と作業標準書の原稿を作成する。専門の製造技術者がいれば、その担当者主導で決めることになるが、設計的な 要望があれば、それを伝える必要がある。組立作業の多くは手作業で行われるが、手作業にはばらつきがつきものだ。そのばらつきによって、製品の品質に影響が出る可能性があれば治具を作製す る。
部品の作製においても、部品メーカーはQC工 程表と作業標準書、治具を作製する。これらは部品メーカー主導で作製されるが、設計的な要望があれば、それを伝える必要がある。
量産
量産前には主に次の 2つの確認を行う。1つは 量産部品の確認、もう1つは製造現場の確認である。量産部品の確認とは、これから量産される部品が、これまでのすべての修正を網羅し、3次元データと2次元データを満足する部品になっているかを、量産と同等の製造方法で作製した部品で確認することである。問題がないと判断されれば、承認部品を複数作製して、寸法データなどとともに設計者と部品メーカー、完成品メーカー(製品 を組み立てる工場)の3社で同じものを共有する。その承認部品以外の部品は、不良品となる。
製造現場の確認とは、部品メーカーや完成品メーカーのQC工程表と作業標準書、治具を確認することだ(図5)。設計者の要望が反映されており、設計意図を満足した製造工程になっているかを、設計者の目で確認する。量産が開始された後に設計者が部品メーカーや完成品メーカーの製造現場を訪れることは、何か不良が発生したとき以外はない。よって、製造現場に残す設計者の意思が盛り込まれたこれら3つの確認は必須である。そして、これらが量産後の部品と製品の品質のベースになるのだ。
量産後の品質
量産が開始されると、その後の部品と製品の品質を維持管理する業務は、完成品メーカーの品質保証部門に移る。しかし、この部門の主な役割は、部品と製品の量産開始時の品質を保つことである。あくまで一定のばらつき範囲の維持であるため、それは量産開始前にQC工程表と作業標準書、治具が確実にできていることを設計者が確認しているのが前提となる。設計者はそれを忘れてはならない。
著者略歴
ロジ 小田 淳(おだ あつし)
製品化のイロハコンサルタント。上智大学理工学部機械工学科卒。ソニーに29年在籍し、プロジェクタなど15モデルを製品化。ベンチャーを支援する中で、材料費が高すぎ売っても損する、輸送中に壊れる、法規制がわからないなど、製品化のハードルを越えられない企業に出会う。企画から設計〜試作〜検証〜量産の全プロセスにおける、安全性(法規制)・信頼性・製造性・コスト管理などの手法をコンサルと研修で伝える。
雑誌紹介
雑誌名:機械設計2021年5月号
判型:B5判
税込み価格:1,540円
内容紹介
機械設計 2021年5月号 Vol.65 No.6 【特集】ねじ締結体設計と安全管理のポイントねじやボルトは機械要素の要として位置づけられ、「ねじ締結体」として締結される部材を締め付けて用いられることになります。こうしたねじ締結体設計の基礎から、安全設計、信頼性の管理方法、メンテナンス手法などを解説しました。