宇宙輸送の主力「再使用ロケット」。日本が国際競争力を高めるためのカギになる理由
政府は打ち上げ後のロケット機体の一部を回収して使う「再使用型」を2030年頃に打ち上げる方針を示した。再使用型にすることで打ち上げ費用を大幅削減し、21年度中にも打ち上げられる大型基幹ロケット「H3」の約半分にする計画だ。海外では宇宙開発スタートアップが台頭し、コスト面で優位性を持つ。日本が国際競争力を高めるには、技術力とともに運用コストの低減がカギを握る。(飯田真美子、孝志勇輔)
40年、打ち上げ費用10分の1に
日本では宇宙航空研究開発機構(JAXA)や三菱重工業を中心に開発中のH3が、21年度中にも打ち上げられる。宇宙輸送は将来市場が見込める分野だけに国際的な開発競争が激化している。その中で注目されるのが再使用型で、打ち上げ機体の一部を再度使い、打ち上げ費用を大幅に抑える効果がある。現行の主力ロケットである「H2A」の打ち上げ費用は約100億円。コスト負担が大きいことから、海外からの衛星打ち上げ受注の機会損失につながっているとの見方もある。
再使用型の打ち上げ費用はH3の約半分となる約25億円に設定し、30年にも打ち上げる計画。再使用型の開発と並行して宇宙飛行向け輸送機の検討・開発も進め、部品などの共通化でコスト低減につなげる。
量産効果や完全再使用化により、40年前半には打ち上げ費用をH3の約10分の1にする。再使用型で国・民間のミッションを増やし、宇宙輸送分野の国際競争力も確保する構えだ。
再使用型ではロケットの打ち上げに加えて一部の機体を目的の場所に「帰還」させて「回収」し、「再整備」する必要がある。特に帰還・回収には機体を目的の場所に誘導する制御技術や、燃料である推進剤を有効に活用するために挙動の調査や制御デバイスの研究開発が求められる。
軽量・高性能エンジン必須
機体製造費と運用費の低コスト化や軽量化、エンジンの性能向上など開発項目は多岐にわたる。その中で軽量化に着目すると、ロケットは構造重量を軽くすることで打ち上げ能力を伸ばせる。推進剤や整備費のコストは一定であるため、必然的に打ち上げ能力を高めないとコスト削減にはつながらない。
再使用する機体の回収と再整備は地上で行うので、そのシステム開発もカギとなる。25年頃までに低コスト化や回収・再整備システムの技術開発にめどをつける計画だ。
JAXAはフランス国立宇宙研究センター(CNES)やドイツ航空宇宙センター(DLR)と共同で、再使用ロケット実験機「カリスト」を開発している。その前段階として小型実験機「RV―X」を投入し、21年内にも打ち上げ実験に着手する見込み。垂直姿勢で高度約100メートルまで打ち上げ、推力飛行での離着陸や姿勢制御、方向転換運用などを実証し、要素技術の基盤を構築する。
JAXAの沖田耕一研究開発部門第四研究ユニット長は「非宇宙分野と連携して、技術的な魅力があり世界と戦える再使用型の輸送システムを実現したい」と力込める。
米国が開発先行 スペースX、早くも実用化
現在、再使用型ロケットの開発が世界で進む。中でも米国が先行しており、スペースXが再使用型ロケットの実用化にこぎ着けた。同社の大型基幹ロケット「ファルコン9」は1段目のエンジンを回収・再使用している。最近では有人宇宙船「クルードラゴン」初号機を打ち上げたファルコン9の1段目エンジンを、同2号機に再使用したことが話題になった。20日に米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏を宇宙空間に運んだ米ブルーオリジンの輸送機も再使用型だ。
スペースシャトルも本体や打ち上げたロケットの一部が再使用されていた。だが、本体は宇宙空間から大気圏に再突入する時に約3000度Cの熱にさらされる。そのため整備に高い耐熱技術が必要だった。再使用型として費用の面で採算が合わなくなり、引退を余儀なくされた。
ファルコン9の打ち上げ費用は約70億円と言われている。H3の打ち上げ目標費用の約50億円よりも若干高いものの、再使用できるファルコン9の方がコスト面で有利と見られる。
JAXA宇宙飛行士の野口聡一さんは「日本は労働単価が高いため、コストを抑えるには再使用型にする以外に道はないと感じる」との認識を示す。
官→民、収益化に時間
ロケットの開発や打ち上げをめぐっては、民間企業の主導に移行しつつある。国家プロジェクトとして進んできたロケットを事業化するには高い信頼性を前提に、衛星などの商業受注を増やすことが欠かせない。ロケットの再使用に必要な技術も競争力を左右する。
日本では三菱重工やIHIがロケット開発に参画しているものの、安全保障の観点から必要な衛星の打ち上げ能力を確保することが重視され、民間の宇宙利用に伴う需要の本格的な開拓はこれからだ。打ち上げをサービスとして展開し、収益に結びつけるのは高いハードルといえる。
H3の場合、21年度以降、20年間を見据えて毎年6機程度の打ち上げを目指している。限定的な官需を民需の取り込みでカバーすることが必要だ。打ち上げ価格をH2Aと比べて半分の50億円ほどに抑えるとともに、注文から打ち上げの期間も2年から1年に短縮する。IHIもイプシロンロケットの打ち上げを手がける。
一方、米国の新興勢などに対抗するには、再使用に関連する技術もカギとなる。IHIはJAXAと共同で、液化メタンを燃料に使うエンジンの開発に取り組んでいる。液化水素よりも保存性に優れる燃料で、機体システム全体の小型・軽量化を見込める。燃焼後にすすが発生しないなど長寿命なことから、再使用にも適している。IHI子会社でロケットなどを製造するIHIエアロスペース(東京都江東区)の並木文春社長は「メタンは環境への影響も低い」と説明する。液体水素やケロシンに代わる燃料として期待される。