理工系就活の切り札に。AI活用で「学び」生かせる仕事場紹介します
就職・採用市場では企業と学生のよりよい出会いを創出したり、採用活動を効率化したりする目的で人工知能(AI)の活用が広がる。エンジニア派遣のフォーラムエンジニアリングは、理工系の学生が大学で身につけたエンジニアの素養と、それを生かせる仕事場とを結びつける仕組みにAIを生かす。2019年7月に開設した就職サイト「cognavi(コグナビ)新卒」の中核機能がそれだ。学生の履修科目や実験・実習と機械・電気系の製造業者における部署ごとの業務内容の適合度合いをAIを活用したシステムで算出し、その結果を双方に開示することでマッチングを促す。
人口減少などを背景に、製造業者の多くがエンジニアの採用に苦戦する一方、理工系の大学を卒業しながらもエンジニアとして就職しない学生は少なくない。AIを活用した「学び」と「仕事場」のマッチングは、このミスマッチを解消する切り札になるか―。(取材・葭本隆太)
情報が適切に届かない
「理工系の大学で学び、エンジニアの素養を持ちながら、ものづくり企業とは異なる業界に就職する学生が少なくない現状にメスを入れたい」。フォーラムエンジニアリングの石毛勇治取締役は力を込める。
理工系の大学を卒業する学生は年間約6万人いるが、そのうち就職先として小売業や金融業といった業界を選ぶ割合が3割近くを占める(※1)。同社はこの問題の背景に理工系学生が大学の「学び」をベースに就職先を探す手段が乏しい現状があると考え、「コグナビ新卒」を立ち上げた。機械・電気系エンジニアを製造業に派遣する企業として、人口減少に伴ってエンジニアのなり手がいなくなり、ものづくり産業が立ちゆかなくなる危機感もサイトを新設する原動力になった。
※1:文部科学省・学校基本調査によると、2019年3月に理学または工学の学部を卒業した学生約6万2000人のうち、卸売業・小売業、金融業・保険業、不動産業・物品賃貸、学術研究、教育・学習支援業、医療・福祉、サービス業のいずれかに就職した学生は約1万6000人に上る。
「日本の就職活動は(総合ナビサイトの存在感が大きく)学生が会社を選ぶ方法が(文系・理系を問わず)画一化されている。エンジニアの素養を持つ学生も(総合ナビサイトで目立つ)大手から順番に選んでしまう傾向がある。エンジニアとして就職したい学生は多くいるのに(その判断に必要な)情報が適切に届かない。(文系就職は選択肢の一つだが、そのように就職した)学生たちが果たして本当に幸せなのか疑問があった。一方、ものづくり企業も一部の大手は(総合ナビサイトを通して)優秀な学生を採算ベースで採用できるが、それ以外の多くの企業の採用は厳しい」(石毛取締役)
履修科目と業務をマッチング
そこで同社は「コグナビ新卒」において、理工系学生の「学び」と機械・電気系の製造業における各部署の「業務内容」の適合度合いを算出するシステムを構築した。学術論文などを学習させたAIの活用により、自動車や産業機械、電子部品など8業種に関わる約10万語の技術用語を線で結んで相関関係を整理した体系図を作成し、それをベースに学生の「学び」と企業の「業務内容」の適合度合いを割り出す。この結果を双方に開示することでマッチングを促せるようにした。
具体的には、学生はまず大学で履修した科目や実験・実習内容を選びながら、技術要素を関係線で結んだツリー(履修ツリー)を作成・登録する。例えば、工学部電子学科の学生の場合。「工学」を選び、それに紐付く「電力工学」、さらにその中の「パワーエレクトロニクス」と選択していくイメージだ。枝分かれする要素の中から該当する項目を選ぶことで、学んだ内容を詳細に可視化する。
企業も同じ方法により部署単位で実際に行われる業務内容についてのツリー(テクニカルツリー)を登録する。マッチングシステムは二つのツリーに登場する技術用語を見比べて、体系図を基に適合度合いを算出する。例えば、互いのツリーに「用語A」が登場すれば、適合度合いは最も高い。双方に登場しなくても、履修ツリーで「用語A」、テクニカルツリーでは体系図上で「用語A」と強い相関関係が示されている「用語B」が登場している場合、適合度合いは高くなるといった具合だ。
コグナビ新卒は、適合度合いの高さで求人企業を順位付けして表示する。このため、学生は自分の学びが生かせる企業が分かる。その情報を基に企業の説明会や選考の参加を判断できる。学生は履修科目や実験・実習を選ぶ際に好きな科目や得意なツールを登録でき、適合度合いにはそうした要素も加味される。
一方、企業も自社の業務内容とマッチングする素養を持つ学生を確認でき、選考への参加をオファーできる。
「理工系学生が(エンジニアとして)就職する場合は、面接における印象などが選考における最大の判断要素であって欲しくない。(コグナビ新卒を通して)勉強して身につけた素養が優先される環境を作りたい」(石毛取締役)
また、足下では新型コロナウイルス感染拡大の影響により、ウェブ面接の導入が進み、今後も一般化するとの見方が強い。その中で、ウェブ面接では相手の雰囲気を掴みにくいため、採用選考においてはエントリーシート(ES)などの事前情報が今まで以上に重視されると指摘されている。コグナビ新卒はそうした選考にも役立ちそうだ。
「ジョブ型雇用」推進を追い風に
サイト開設からまもなく1年。登録学生は約300人、求人掲載企業は700社程度にとどまる。機械・電気系を学んだ新卒学生年間約4万人がみな登録するサイトを目指すが、その実現はまだ遠い。
その中で、同社は現状わずか5%しかない一般認知度を今秋に50%まで一気に高める勝負に出た。ことし3月の上場を機にテレビCMを打つなど広報・宣伝活動を積極化している。
また、経済界では企業の国際競争力を高める上で、新卒一括採用や終身雇用に代表される日本型雇用制度を見直し、海外で一般的な職務を明確にする「ジョブ型雇用」を推進する機運が高まっている。新型コロナ感染拡大の影響で職種によって在宅勤務が認められるなど、働き方の「脱一律」が進んだことで雇用の脱一律となるジョブ型雇用の導入が加速するとも指摘される。企業の部署ごとの具体的な業務内容と学生のマッチングを促すコグナビ新卒にとっては追い風だ。
同社の秋山輝之上席執行役員は「(理工系学生と企業を)適切にマッチングするロジックは完成している。あとはサイトの認知度を高めて利用者や利用企業を増やす。『脱一律』という世の中の流れに乗って存在感を示したい」と力を込める。その上で「学生には(コグナビ新卒を含めて多様な手段を活用することで)企業と出会う機会を制限せずに就職活動してほしい。(コグナビ新卒では)企業との適合度合いを数値で示すが、それに従って就職してほしいわけではない。可能性を限定せず、視野を広げるツールの一つとしても使って欲しい」と期待する。
「コグナビ新卒」はあくまでツールに過ぎない。理工系の学生が大学の「学び」を仕事に生かそうという意識を持たなければ、このツールの利用は広がらない。同社はこれまでに約90校の大学で「学びとエンジニアの仕事の関係」をテーマにした講義を展開し、そうした意識の醸成を図っているが、この取り組みのさらなる強化も重要になりそうだ。
連載・withコロナ時代―就活に変(全5回)
ウェブ面接やウェブ合同説明会、スカウト型採用など新型コロナの感染拡大を機に就活に関わる多様なツールが注目を集めています。こうしたツールの利用拡大によって変わりゆく就職活動のあり方を追いました。
#01 トヨタも導入。ウェブ面接は新卒採用の選考基準を変える(6月1日公開)
#02 ウェブ就活イベント活況。「リアル」はもういらないのか(6月3日公開)
#03 「スカウト型」新卒採用。コロナで脚光のワケと飛躍への壁(6月5日公開)
#04 信用なくした「リクナビ」が放つ覚悟の一手。学生起点に振り切る(6月8日公開)
#05 理工系就活の切り札はAI活用。「学び」と「仕事場」をマッチング(6月12日公開)