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寝具業界は劇的に伸びない…危機感の老舗「ふとんの西川」が広げる“相談所”
連載・睡眠の値段(3)
「ふとんの西川から睡眠の西川へ」―。創業450年超、寝具の取り扱いでも100年以上の歴史を持つ西川の本社では今、この言葉が社員の共通認識になっている。寝具だけでなく、光や音、空気などを含めよりよい睡眠環境を提案できる体制を志向する。その背景には「家を所有しない人でさえも寝具は持っており、今後の人口減少を鑑みると寝具業界は劇的に伸びていくとは言えない。我々は寝具卸が売上の中心になっており、そこにとどまっていては生き残っていけない」(西川幹部)という危機感がある。
一方、国内では2017年に睡眠が足りていない状態を示す「睡眠負債」が流行語になるなど、良質な睡眠に対する関心は高まっている。個人向け寝具は高単価化が進み、睡眠環境の改善に対する意欲も強い。西川はこうした追い風に乗り、人口減などの逆風を跳ね返す構えだ。
その〝足場〟を全国に広げ始めた。西川グループの西川産業(当時、通称・東京西川)が17年3月に提供を開始し、現在は31カ所の販売店で提供する「ねむりの相談所」事業だ。専門知識を持った販売員「スリープマスター」が睡眠に関する多様な相談を受け付け、寝具や睡眠環境などを提案するその事業は「睡眠の西川」への変革を先導する役割を担う。(文=葭本隆太)
寝具市場の規模:寝具業界の関係者によると、ここ数年は1兆2000億円前後で推移しており、ほぼ横ばい。個人向けでは高単価化が進んでおり、寝具店の販売員からは「枕などは自分に合ったものを購入するため既製品ではなく、オーダーメード製品を選ぶ人の割合が増えている」という声が聞かれる。>
「圧力のかかり方のバランスを見るとこちらの硬さがお薦めですよ」―。東京・日本橋に構える西川の販売店「日本橋西川」のスタッフ、笠原雅子さんが肩こりや腰痛に悩む20代女性にマットレスを提案した。6月某日、日本橋西川の2階にある「ねむりの相談所」コーナーだ。相談者の生活習慣を聞き取った上で寝具を体験してもらい、体圧のかかり方や寝姿勢などを踏まえて助言した。
ねむりの相談所は、睡眠について専門知識を持つと西川が認めたスリープマスターが、寝具やアロマなどの快眠道具の提案のほか、生活習慣の助言など睡眠に関するコンサルティングを行う。30―40代の男女を中心に月100人程度が相談に訪れる。相談内容は「自分に合った寝具が知りたい」や「寝付きが悪いがどうすればよいか」など様々だ。1台1080円で活動量計や寝室環境を測定・解析するセンサーを貸し出し、そのデータを基に睡眠の状態や環境を可視化した上での提案や助言も行う。笠原さんは「(消費者にとって)睡眠環境を改善する糸口を見つける場所になっている」と説明する。
西川にとってねむりの相談所は寝具の販売力の向上につながる。事業責任者で営業企画統括部の藤ヶ森仁部長は「(従前の店舗とは異なり)睡眠の状況や環境を可視化した上で寝具などを提案することで信憑性が増す。購買率を高められる」と力を込める。睡眠について気軽に相談できる場所は少ないため、新規顧客を獲得する窓口にもなる。また、西川ではホームIoT(モノのインターネット)を手がけるパナソニックと良質な睡眠環境を提供するための共同研究を進めている。今後、この研究成果を踏まえたサービスや製品の提案も展開する考えだ。
相談所の開設に向け東京西川で社内プロジェクトが走り始めたのは15年頃。睡眠の悩みを抱える人が多くいる一方で、気軽に相談できる場所が少ない状況に注目した。「よりよい睡眠環境を提供する」という思いとともに、事業領域を広げる狙いがあった。ただ、睡眠環境のコンサルは医師法や薬機法に抵触する可能性があった。そのため、産業競争力強化法に基づくグレーゾーン解消制度を活用し、相談所でのコンサルが「同法に抵触しない」という厚生労働省と経済産業省の回答を得て展開にこぎ着けた。
東京西川が睡眠コンサルに踏み出せた背景としては、同社が1984年に開設した日本睡眠科学研究所の存在も大きい。睡眠生理の解明などをテーマに研究活動し、知見は寝具の開発に生かしていた。ねむりの相談所における助言などにも研究で蓄積された知見が生かされる。また、今後のサービスの幅を広げ得るパナソニックとの共同研究に至った背景にもこの研究所で培った知見がある。パナソニックアプライアンス社の菊地真由美さんは「(西川は)我々がまったく持っていない『眠りと寝具の知見』をとにかく持っている。(ホームIoTなどによって)睡眠環境をよりよくする上で寝具の知見は欠かせない」と明かす。
西川は今年2月に同じルーツを持つ「東京西川」と「西川リビング(通称・大阪西川)」「京都西川」の3社が経営統合し、誕生した。第二次世界大戦下において西川グループの生き残りを図るために1941年に分社化して以来、約80年ぶりに結集した。終戦後は販路の差別化などで住み分けつつ、互いに切磋琢磨していたが、「バブル崩壊後は徐々に商圏が被り、無駄な競争も出てきていた」(藤ヶ森部長)ため、資源の統一を決めた。
西川は全国の加盟店について、現在の約450店舗から1000店舗まで広げ、うち200店舗で「ねむりの相談所」事業を展開する構想を持つ。その中で東京西川が培った資源である「ねむりの相談所」は、大阪西川や京都西川が管轄する販売店でも共有していく考えだ。
とはいえ、藤ヶ森部長は「いたずらに横に広げて睡眠コンサルの質が担保できないとマイナスになる。しっかりとしたルールを守れる店舗に広げていく」と慎重姿勢を示す。「ねむりの相談所」という資源を円滑に共有できるかは、「睡眠の西川」への変革のスピードを左右するカギになりそうだ。
【01】パナソニックは30年越し…“睡眠テック”で抜け出すのは誰か(2019年7月8日配信)
【02】吉野家と出会い飛躍、睡眠テックベンチャーの雄が実現したいこと(7月8日配信)
【03】寝具業界は劇的に伸びない…危機感の老舗「ふとんの西川」広げる“相談所”(7月9日配信)
【04】豪州で“バカ売れ”の寝具メーカーが日本市場を最重要視するワケ(7月10日配信)
【05】珈琲で仮眠と街の価値上げる「睡眠カフェ」開設の舞台裏(7月11日配信)
【06】銚子電鉄の“あきらめない経営”支える「究極の宿直室」の正体(7月12日配信)
【07】睡眠研究の権威語る、最高の眠り方と睡眠ビジネスの懸念(7月13日配信)
一方、国内では2017年に睡眠が足りていない状態を示す「睡眠負債」が流行語になるなど、良質な睡眠に対する関心は高まっている。個人向け寝具は高単価化が進み、睡眠環境の改善に対する意欲も強い。西川はこうした追い風に乗り、人口減などの逆風を跳ね返す構えだ。
その〝足場〟を全国に広げ始めた。西川グループの西川産業(当時、通称・東京西川)が17年3月に提供を開始し、現在は31カ所の販売店で提供する「ねむりの相談所」事業だ。専門知識を持った販売員「スリープマスター」が睡眠に関する多様な相談を受け付け、寝具や睡眠環境などを提案するその事業は「睡眠の西川」への変革を先導する役割を担う。(文=葭本隆太)
「寝具提案の信憑性が増す」
「圧力のかかり方のバランスを見るとこちらの硬さがお薦めですよ」―。東京・日本橋に構える西川の販売店「日本橋西川」のスタッフ、笠原雅子さんが肩こりや腰痛に悩む20代女性にマットレスを提案した。6月某日、日本橋西川の2階にある「ねむりの相談所」コーナーだ。相談者の生活習慣を聞き取った上で寝具を体験してもらい、体圧のかかり方や寝姿勢などを踏まえて助言した。
ねむりの相談所は、睡眠について専門知識を持つと西川が認めたスリープマスターが、寝具やアロマなどの快眠道具の提案のほか、生活習慣の助言など睡眠に関するコンサルティングを行う。30―40代の男女を中心に月100人程度が相談に訪れる。相談内容は「自分に合った寝具が知りたい」や「寝付きが悪いがどうすればよいか」など様々だ。1台1080円で活動量計や寝室環境を測定・解析するセンサーを貸し出し、そのデータを基に睡眠の状態や環境を可視化した上での提案や助言も行う。笠原さんは「(消費者にとって)睡眠環境を改善する糸口を見つける場所になっている」と説明する。
西川にとってねむりの相談所は寝具の販売力の向上につながる。事業責任者で営業企画統括部の藤ヶ森仁部長は「(従前の店舗とは異なり)睡眠の状況や環境を可視化した上で寝具などを提案することで信憑性が増す。購買率を高められる」と力を込める。睡眠について気軽に相談できる場所は少ないため、新規顧客を獲得する窓口にもなる。また、西川ではホームIoT(モノのインターネット)を手がけるパナソニックと良質な睡眠環境を提供するための共同研究を進めている。今後、この研究成果を踏まえたサービスや製品の提案も展開する考えだ。
睡眠研究所の知見を生かす
相談所の開設に向け東京西川で社内プロジェクトが走り始めたのは15年頃。睡眠の悩みを抱える人が多くいる一方で、気軽に相談できる場所が少ない状況に注目した。「よりよい睡眠環境を提供する」という思いとともに、事業領域を広げる狙いがあった。ただ、睡眠環境のコンサルは医師法や薬機法に抵触する可能性があった。そのため、産業競争力強化法に基づくグレーゾーン解消制度を活用し、相談所でのコンサルが「同法に抵触しない」という厚生労働省と経済産業省の回答を得て展開にこぎ着けた。
東京西川が睡眠コンサルに踏み出せた背景としては、同社が1984年に開設した日本睡眠科学研究所の存在も大きい。睡眠生理の解明などをテーマに研究活動し、知見は寝具の開発に生かしていた。ねむりの相談所における助言などにも研究で蓄積された知見が生かされる。また、今後のサービスの幅を広げ得るパナソニックとの共同研究に至った背景にもこの研究所で培った知見がある。パナソニックアプライアンス社の菊地真由美さんは「(西川は)我々がまったく持っていない『眠りと寝具の知見』をとにかく持っている。(ホームIoTなどによって)睡眠環境をよりよくする上で寝具の知見は欠かせない」と明かす。
約80年ぶりに結集
西川は今年2月に同じルーツを持つ「東京西川」と「西川リビング(通称・大阪西川)」「京都西川」の3社が経営統合し、誕生した。第二次世界大戦下において西川グループの生き残りを図るために1941年に分社化して以来、約80年ぶりに結集した。終戦後は販路の差別化などで住み分けつつ、互いに切磋琢磨していたが、「バブル崩壊後は徐々に商圏が被り、無駄な競争も出てきていた」(藤ヶ森部長)ため、資源の統一を決めた。
西川は全国の加盟店について、現在の約450店舗から1000店舗まで広げ、うち200店舗で「ねむりの相談所」事業を展開する構想を持つ。その中で東京西川が培った資源である「ねむりの相談所」は、大阪西川や京都西川が管轄する販売店でも共有していく考えだ。
とはいえ、藤ヶ森部長は「いたずらに横に広げて睡眠コンサルの質が担保できないとマイナスになる。しっかりとしたルールを守れる店舗に広げていく」と慎重姿勢を示す。「ねむりの相談所」という資源を円滑に共有できるかは、「睡眠の西川」への変革のスピードを左右するカギになりそうだ。
連載・睡眠の値段
【01】パナソニックは30年越し…“睡眠テック”で抜け出すのは誰か(2019年7月8日配信)
【02】吉野家と出会い飛躍、睡眠テックベンチャーの雄が実現したいこと(7月8日配信)
【03】寝具業界は劇的に伸びない…危機感の老舗「ふとんの西川」広げる“相談所”(7月9日配信)
【04】豪州で“バカ売れ”の寝具メーカーが日本市場を最重要視するワケ(7月10日配信)
【05】珈琲で仮眠と街の価値上げる「睡眠カフェ」開設の舞台裏(7月11日配信)
【06】銚子電鉄の“あきらめない経営”支える「究極の宿直室」の正体(7月12日配信)
【07】睡眠研究の権威語る、最高の眠り方と睡眠ビジネスの懸念(7月13日配信)
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睡眠不足が借金のように積み重なり不調を引き起こす「睡眠負債」という言葉が2017年に流行語になって以来、睡眠ビジネスがブームの様相を呈しています。睡眠ビジネスに挑む人たちやその舞台裏、懸念などについて取材しました。