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吉野家と出会い飛躍、睡眠テックベンチャーの雄が実現したいこと

連載・睡眠の値段(2)
吉野家と出会い飛躍、睡眠テックベンチャーの雄が実現したいこと

センサーで睡眠状況を計測し、可視化する(ニューロスペース提供)

 ニューロスペース(東京都墨田区)はセンサーなどを活用して個人の睡眠状況を可視化し、最適な睡眠を促すサービスなどを手がけるスリープテックベンチャーだ。法人向け睡眠改善プログラムはDeNAなど70社、延べ1万人以上に利用された。日本人の多くが睡眠不足を抱えるとされ「睡眠の質」が注目される中で、同社のサービスは存在感を高めている。

 ただ、創業期から順風満帆だったわけではない。小林孝徳社長は創業当時の2013年頃について「企業にとって従業員の睡眠はプライベートという概念だった。仕事の生産性と関連付けられず見向きもされなかった」と振り返る。その状況を変えたのは牛丼の吉野家との出会いだ。小売りや外食などのシフト勤務は決まった時間に働く人に比べ、生活が不規則になりやすい。店長時代に自らが睡眠の悩みを抱えていた吉野家の河村泰貴社長の関心が飛躍のきっかけになった。(文=葭本隆太)

コンテストの審査員だった


 15年9月、東京・日本橋で「第3回テックプラングランプリ」が開かれていた。起業前の個人やベンチャー企業がビジネスプランを発表し、主催のリバネス(東京都新宿区)と提携する企業の経営層が審査するコンテストだ。ニューロスペースの小林社長は発表者として登壇した。そのプレゼン内容に強い関心を示したのが、審査員を務めていた吉野家の河村社長だった。グランプリ後に「吉野家の店長は睡眠ノウハウに対する関心が高い。是非話してほしい」と声をかけられ、翌16年の初めに睡眠改善プログラムの導入が決まった。創業から約2年、初めての顧客だった。

 小林社長は学生時代から起業を考えており、手がけるビジネスには三つの軸を想定していた。「科学技術を活用した事業」「つらくても諦めずに続けられる事業」「根本的に世の中を変えられる事業」だ。その中でスリープテックを選んだのは自身の経験からだ。小林社長は「中学生時代から寝ても疲れがとれないなど睡眠に苦しんでいた。睡眠の悩みを根本的に解決できる社会の仕組みを作りたかった」と力を込める。

 睡眠改善プログラムはリバネスのアクセラレータプログラムに参加し、紹介を受けた大学や医療機関との共同研究により構築した。従業員のアンケートを基に、睡眠に関わる企業特有の課題を分析して良質な睡眠を促す生活習慣などを研修会で紹介し、改善効果も検証する仕組みだ。

 当初は見向きもされなかったサービスだが、吉野家への導入とそれによる効果が知られたことで利用は広がり、今では導入企業が70社に上った。だからこそ「自ら市場を作ってきた」(小林社長)と自負する。

個人向けで世の中に衝撃を


 今後はより世の中にインパクトが与えられるBtoBtoC事業の拡大を狙う。すでにKDDIと提携し、同社のホームIoT(モノのインターネット)サービス「auHOME」で個人向け睡眠モニタリングサービスを提供している。マットレスの下に敷くセンサーで体の動きや心拍、呼吸を計測し、それを基に睡眠状態を可視化する。その上でよりよく眠るためのアドバイスを行う。今秋には部屋の照明などとも連携し、最適な睡眠環境をつくるサービスも始める。

 ほかにも東京電力グループや東急不動産などと協業関係を築いており、ホームIoT分野の顧客拡大を図っていく。70社に導入した実績やそれによって得た知見を武器にさらに協業先を増やす考えだ。

 もちろんBtoBtoCによるサービスの利用を広げる上ではデータの蓄積と分析を繰り返し、精度を高めることが欠かせない。そしてその積み重ねの先には「良質な睡眠の促進」に留まらない、新たな価値の提供を構想する。小林社長は「中長期的には個人の目標に対して睡眠を選べる環境を作りたい。翌日のゴルフで最高のパフォーマンスを出すための睡眠や翌日14時のプレゼンにピークタイムを持って行く睡眠など眠り分けを提案できれば」と見据える。

連載・睡眠の値段


【01】パナソニックは30年越し…“睡眠テック”で抜け出すのは誰か(2019年7月8日配信)
【02】吉野家と出会い飛躍、睡眠テックベンチャーの雄が実現したいこと(7月8日配信)
【03】寝具業界は劇的に伸びない…危機感の老舗「ふとんの西川」広げる“相談所”(7月9日配信)
【04】豪州で“バカ売れ”の寝具メーカーが日本市場を最重要視するワケ(7月10日配信)
【05】珈琲で仮眠と街の価値上げる「睡眠カフェ」開設の舞台裏(7月11日配信)
【06】銚子電鉄の“あきらめない経営”支える「究極の宿直室」の正体(7月12日配信)
【07】睡眠研究の権威語る、最高の眠り方と睡眠ビジネスの懸念(7月13日配信)
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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
創業から約2年間はバイトしながら、なんとか続けてきたそうです。「自ら市場を作ってきた」と語る言葉に力がこもっていました。また、創業5年半の現在の事業に対する手応えについて伺うと、「確信めいたものはまだないし、見つかることはないのかもしれない。とにかく常に試行錯誤し続けていく」と話されていた姿も印象的でした。

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睡眠の値段
睡眠の値段
睡眠不足が借金のように積み重なり不調を引き起こす「睡眠負債」という言葉が2017年に流行語になって以来、睡眠ビジネスがブームの様相を呈しています。睡眠ビジネスに挑む人たちやその舞台裏、懸念などについて取材しました。

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