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銚子電鉄の“あきらめない経営”支える「究極の宿直室」の正体

連載・睡眠の値段(6)
 千葉県最東端の銚子市。全長わずか6.4キロメートルの私鉄を運行する銚子電気鉄道(千葉県銚子市)は「あきらめない経営」で知られる。昭和30年代に250万人を超えていた年間乗降客数は過疎化による人口減少などで約40万人にまで落ち込んだ。経営危機に見舞われながらも鉄道以外の収益で乗り切ってきた。老朽化した線路や踏切の修理に当時の社長の横領が重なった危機を「ぬれ煎餅」の売り上げで乗り切った話は奇跡として語られ、今やそのぬれ煎餅は、同社の売り上げの7割を占める。

 直近では2018年8月に発売したどこかで見たような棒状のスナック菓子「(経営が)まずい棒」が100万本以上を売り上げ、資金繰りを改善させた。それでも21年頃には2億円が必要な変電所の改修が迫っており、クラウドファンディングで資金を集め、8月に公開するどこかで聞いたようなタイトルの映画「電車を止めるな!」の収益に望みをつなぐ。

 竹本勝紀社長は「地元住民や観光客の足としてとにかく鉄道を維持し続け、銚子電鉄がこの町にあってよかったと思ってもらうことが我々の目標だ」と力説する。その上で「鉄道以外の事業をとにかく頑張る」と言ってはばからない。

 とはいえ、鉄道の維持は安心安全の運行があってこそ。それはもちろん心得ている。そんな銚子電鉄が「仲ノ町駅」駅舎に置く本社には、日々緊張を強いられる運転手らの疲れを癒やす「究極の宿直室」がある。ある住宅メーカーとの出会いによって2年前に生まれ変わった宿直室は「あきらめない経営」の核を静かに支えている。(文=葭本隆太)

気づいたら朝だった


 あれ、もう朝か―。時計は4時半を指していた。17年2月某日、銚子電鉄鉄道部の坂本雅昭旅客係長(当時)は目覚めのよさに驚いた。宿直室が杉材や珪藻土、墨などの自然素材をふんだんに使った仕様に改修され、よく眠れるようになると聞いたが、半信半疑だった。元々眠りが浅く、ぜんそくも持っていたためなおさらだ。

 宿直室の効果を実感したのは坂本係長だけではなかった。他の運転手からも「寝起きが良くなった」「眠りが深くなった感じがする」という声が相次いだ。

銚子電鉄の本社に設けられた「究極の宿直室」(早稲田ハウス提供)

 この宿直室は千葉県松戸市の住宅メーカー、早稲田ハウスが寄贈した。16年1月に軽井沢でスキーバスの事故が発生し、運転手の健康管理の重要性が叫ばれた。それから1年が経過した頃に銚子電鉄の黒澤崇取締役と早稲田ハウスの金光容徳社長が運転手の健康管理を議論していたところ、金光社長が使い古されていた当時の宿直室を自社の看板商品「究極の寝室」の仕様に改修することを申し出た。

 両者の縁が始まったのは15年頃。銚子電鉄が鉄道車両の引退時に早稲田ハウスが作ったグッズ「ありがとうシール」を利用したいと考え、連絡を取った時だ。16年には銚子電鉄の終点「外川駅」の愛称を早稲田ハウスがネーミングライツパートナーとして命名した。こうした関係の中で銚子電鉄の「地域に『ありがとう』と言われる取り組みを続けていく」という考えに金光社長が共感したことが寄贈につながった。

 もちろん、早稲田ハウスにとって寄贈にはビジネスの側面があった。金光社長は「『究極の寝室』の宣伝効果を期待した。寄贈によって『究極の寝室』が(住宅だけでなく)鉄道会社の宿直室や病院の仮眠室など働き手の環境を改善する施策として広がるきっかけになればと思った」と明かす。

危機感が生み出した


 「究極の寝室」は早稲田ハウスの危機感が生み出した。同社は07年の設立30周年を機に、企業としてこれから生き残るための手段を模索していた。「正直に言って住宅メーカーの商品はほとんどが似たり寄ったり。他社にできることは我々にできるし、我々にできることは他社にできる。早稲田ハウスらしい何かがなければと必死に探していた」(金光社長)。そこでたどり着いたのが自然素材の活用だった。

 きっかけは仕事で付き合いがあった施工業者の知人の家を手がけたこと。その家族で当時22歳の女性が深刻な肌のトラブルを抱えていた。ちょうどその頃、自然素材の住宅によって肌のトラブルが改善した例が報告されていた。そこで自然素材住宅の知見を持つ他社に学び、家族の了解を得た上でその施工方法を導入した。その結果、完成した住宅で生活すると女性の肌のトラブルは改善したという。

早稲田ハウスの金光容徳社長

 その住宅をスタートに自然素材を活用した「健康住宅」専門の企業に体制を振り切った。金光社長は「生半可な気持ちでは駄目だと思った。今思えば大きな決断だった」と振り返る。その後、供給を続けると居住者からは肌のほか喉のトラブルなどが改善するケースが次々と報告された。

 こうした報告には金光社長自身が「不思議に思った」。ただ、効果を実感する居住者たちに意見を聞くと共通項があった。「よく眠れるようになった」という声だ。これを受けて金光社長は「自然素材の効果で部屋の空気がきれいになり、質の良い睡眠がとれる。それが居住者の健康につながっていると確信した」。そこで寝室を切り出し、よりよい自然素材を活用して完成させた商品が「究極の寝室」だ。当初は新築用に展開したが、寝室だけでも一定の効果が見込めることを実証し、今はリフォームでの提案も行っている。

 一方、「空気が良くなる」と言葉で説明しても一般の人にうさんくさく見られることはある。その視線は金光社長にも理解できる。このため、11年には1日宿泊できるモデルハウスを建設した。実際に体験してから購入を検討してもらう形を整えた。また、住宅イベントなどに出張できるように車内に究極の寝室を施した「体験カー」も用意した。

 さらに、今春には医師や大学教授と「究極の寝室」の効果などについての共同研究を始めた。金光社長は「エビデンスが明らかになれば」と期待する。その上で、「家を建てたり、リフォームしたりするときは一般にリビングや水回りが優先され、寝室は後回しになる。ただ、健康体を維持する上で寝室は大事。家にいる時間の多くを過ごす場所でもある。寝室を重視してもらえるようにしたい」と力を込める。今後は、全国でパートナー企業を募って「究極の寝室」の施工エリアを広げる。

 銚子電鉄の宿直室が生まれ変わって2年以上がたち、銚子電鉄の運転手や駅員からは通年の効果を指摘する声も聞かれる。杉材の断熱効果や珪藻土の調湿機能などにより「(従前に比べて)夏は涼しく冬は暖かく過ごせる」という。早稲田ハウスはこうした声を宣伝材料に他の鉄道会社や病院の仮眠室、ホテル、介護施設などへの提案も強化していく。銚子電鉄の「あきらめない経営」を支える「『究極の寝室』の寄贈」という取り組みが、早稲田ハウスのビジネスの後押しにつながることを銚子電鉄の運転手らも祈っている。
 「究極の寝室」の値段:6畳サイズで200万―250万円。居住者が自ら施工するDIYキットも69万8000円(消費税抜き)から販売している。また、自然素材住宅を1棟建設した時の施工単価は一般の住宅に比べて30%増程度。早稲田ハウスは建売と注文合わせて年間25棟程度施工している。

「究極の寝室」体験カー

連載・睡眠の値段


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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
銚子電鉄の竹本社長は8月公開の映画「電車を止めるな!」が成功した暁には「毎年映画を作る」と話していました。そしてゆくゆくは映画祭を開催する構想だそうです。そのときは「仲ノ町」の隣の駅「観音」で。「『カンヌ国際映画祭』ならぬ『観音(かんのん)国際映画祭』だ」と意気込んでおられました。一方、「究極の寝室」は体験カーに乗せていただきました。とても心地よい空気を感じました。6畳で200万ー250万円。金光社長に「高いですかねぇ」と聞かれたときに、3年ほど前に中古マンションを買ってリノベーションした時のことを思い出しました。やはりそのときは寝室にお金をかける考えはなく、むしろなるべく予算を抑える場所として捉えていたことを。「究極の寝室」がこうした一般のマインドを変えていけるかを注目したいと思います。

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