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10月開催、国際ロボット競技会が新たなビジネスを掘り起こす

ワールド・ロボット・サミット、日本発のオープンイノベーションを示す舞台に
10月開催、国際ロボット競技会が新たなビジネスを掘り起こす

陳列・廃棄タスクをこなす東大C−teamのロボ

 技術開発から社会への導入まで、開発者とユーザーのそれぞれのコミュニティーが混ざり合いながらイノベーションを進める手法が浸透してきた。競技会に技術や人材を集め、競技課題を解くことによってさまざまな適応例をユーザーに見せて実用化する。米国では競技会が自動運転技術を育て、現在の自動運転ブームをつくった。10月開催の国際ロボット競演会「ワールド・ロボット・サミット」(WRS)の2018年大会は、日本発のオープンイノベーションを世界に示す舞台になる。

 「WRSでイノベーション手法そのものを開発する」と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の弓取修二ロボットAI部長は強調する。経済産業省とNEDOは10月にWRSのプレ大会を、2020年に本大会を開く。

 「ものづくり」と「サービス」「インフラ・災害対応」の3部門に、19歳以下がチャレンジする「ジュニア」部門を加えた合計4部門でロボットが技を競う。それぞれ、工場での製品組み立てやコンビニエンスストアでの接客、災害現場での人命救助などを競技にしている。

 実行委員長を務める佐藤知正東京大学名誉教授は、「競技会は開発者とユーザーが交わる場になる」と説明する。競技会では運営側がユーザーのニーズを技術者の視点から整理して競技課題をデザインし、開発者はロボットで競技課題を解くことによってニーズに応える。研究課題とアプローチを決めて進める従来の共同研究に比べ、競技会として競うことで多彩な技術やアプローチが集まる。ユーザーは自社にあった技術を探せ、開発者は他のチームのアプローチを学んで自らの研究を加速する。

 こうしたアプローチで先行する米国では、米国防高等研究計画局(DARPA)が04―07年に自動運転技術の競技会を開き、現在の自動運転ブームにつながったことはよく知られている。人材や技術を集めるオープンイノベーションの手法として広く認められ、例えば最先端の開発協議会を主催する米Xプライズ財団は、英蘭系のロイヤル・ダッチ・シェルと海底探査ロボット、ANAホールディングスとはアバター(遠隔分身技術)関連の競技会を運営する。

 WRSの特徴は、ものづくりとサービス、インフラ・災害と、3種のコミュニティーが集まる点だ。他の競技会の多くは一つの象徴的なキラーアプリや技術を競う。WRSはそれぞれのコミュニティーが抱える課題がいくつも提示される。

 それぞれのコミュニティーの連携が成熟すれば、課題解決の精度が高まる。一つの課題を解けばビジネスにつながりやすく、競技会を通して生まれた要素技術に買い手がつきやすい。一方、未成熟なコミュニティーは課題が整理されておらず、複数の課題を同時に解く必要がある。

 

ユーザーと連携


 「ものづくり」はロボット開発者とユーザーの双方が深い知見をもち、課題が明確な分野だ。佐藤委員長は「日本の自動車メーカーの生産技術部隊が日本の産業用ロボットを世界一に育てた」と振り返る。開発者とユーザーの連携が成熟しており、どんな課題を解けばインパクトが大きいかや技術的な難しさを双方で共有する。

 そこでWRSの競技には軟らかいベルトを含む精密組み立てを採用した。ロボットにとって柔軟物の扱いは難しく、次のブレークスルーが望まれる課題だ。端的にいえば競技課題を解けばビジネスになる。

 「サービス」は連携が成熟した部分と未熟な部分が混在する。コンビニの物流倉庫など、バックヤード側は技術への知見が深く、店舗など顧客に近づくほど薄れがちだ。家庭用や学校用では技術に明るくないユーザーと開発者の連携が必要だ。こうした分野では開発者側が現場の課題をロボット技術で解ける技術課題に分解し、ユーザーにソリューションとして示す必要がある。ユーザーの習熟にかける労力も開発側で最小化する。

 玉川大学工学部の岡田浩之教授は、「家庭用や学校用はまだキラーアプリが明確ではない。開発者とユーザーが、一緒に作っていく仕組みが重要になる」と指摘する。

 家事や雑務など一つひとつの頻度は低く、細かな作業をたくさんロボット化する必要がある。そのためトヨタ自動車やソフトバンクがプラットフォームとなる機体を提供して開発負担を減らし、開発コミュニティーは多彩なアプリケーションを開発することに主眼を置く。

 

稼げる技術が明確


 一方、インフラ・災害はこの中間に当たる分野だ。国家プロジェクトとしてロボット開発が進められ、ユーザーと開発者が現場課題の整理を進めてきた。NEDOはロボットの性能を評価する標準的な試験手順(STM)を整備した。WRSではトンネル災害とインフラ保守に加え、STMを競技の柱に据えている。

 開発者にとっては稼げる技術が明確になっていく分野だ。課題はシステムインテグレーターの不在だ。東北大学大学院情報科学研究科の田所諭教授は、「災害対応ロボは官需しかなく、市場規模は大きくない」と説明する。要素技術を一つにまとめあげるシステムインテグレーターがビジネスとして成立するには、ある程度の産業規模が必要だ。民需が広がればインフラ災害もシステムインテグレーターが登場する可能性がある。

 WRSは、すぐにビジネスになり得る課題から、少し時間がかかる課題まで一つの場で挑戦する。すぐに稼げない分野でもコミュニティーとして技術と人材を支えれば、潜在的なシステムインテグレーターが育つ。米国では技術と人材、インテグレーションのノウハウがそろえば巨額の投資を集められる。WRSは次のブレークスルーの苗床だ。技術やビジネス、多彩なアイデアが集まり、イノベーションを起こす場となる。

プラント災害を想定したダクトの奥を確認し認識する

(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2018年9月4日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
開発者コミュニティーにユーザーの声を反映するために、ユーザーから課題を集めるアプローチがあります。ユーザーの課題を競技課題として解いて、優秀なモノから現場にもっていって、現場の課題を次の競技会に反映させます。これを繰り返すと開発者コミュニティー全体にユーザーの現場感覚を反映できます。WRS2018ではインフラ災害で消防などのユーザーの声が反映されました。ただ、現場課題をそのまま競技課題にしてしまうと問題が複雑過ぎて評価できなくなるので、STMとするなどの工夫が要ります。災害対応という公的分野でSTMのノウハウが培われたので、空港やコンビニ、在宅介護、学校など、これからロボット研究を活性化させたい分野に、競技化するノウハウを展開したいところです。協議課題を通してユーザーと開発者のコミュニティーをつなぐ競技会方式はイノベーションプロセスの定法になっていくと思います。WRS2020までの競技会でデータを蓄積してシェアする仕組みも整えたいところです。                         

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