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「自動化の脅威」AIとともにある社会に向け事前の準備を

沖縄科学技術大学院大学学長のピーター・グルース氏インタビュー
 人工知能(AI)とともに過ごす生活はかつてSF映画や小説の中にしか存在しなかった。しかし、フィクションでしかなかったAI社会が、私たちが生きている間に実現する可能性が最近の研究の進歩により示唆されている。AIを搭載したスマートマシンは社会全体を混乱させる可能性もある。私たちの生活にAIをうまく適応させるには、日々の生活に安全かつ生産的に導入するための慎重な計画、教育、法整備を進めるなど、事前の準備が必要だ。

 人間と同等の知能を持つAIはまだ実現していないが、さまざまな形態のAIが存在する。画像分析などの高度な専門作業をするAIはいくつかの業種ですでに導入され、作業の自動化が試行されている。米スタンフォード大学の研究者らが製作した、リンパ節生検の全スライド画像を用いて乳がん診断を支援する深層学習アルゴリズムが一例だ。もっと強力なAIを実現させていく上で、その影響について考えておく必要がある。

 産業界と学術分野の研究者らは、AIがもたらす潜在的問題に関する論文を2016年に発表した。考慮が不十分なまま作られたAIはその行動が社会にとってネガティブな結果をもたらすか、または目標達成のルールをAI自身が書き換えて行動するようになる可能性がある。

 例えば、掃除ロボットが花瓶がない方が早く掃除できると判断してその花瓶を壊すとか、目の前の汚い部屋を見ないようにするために自分の視覚センサーを無視する、といったことが指摘されている。これらは大して害がない例かもしれないが、もっと恐ろしい結果をもたらすような状況は想像に難くない。

対人スキルが重要


 AIが社会をどのように変えていくかを考えておくことも重要だ。産業革命は製品製造において社会に根本的な変化をもたらし、人々は工場で作業員としての雇用を探し始めたが、技術進歩によってそれらの業務の一部は自動システムに置き換えられてきた。自動化による影響はこれまで主に単純労働に限られていた。しかし、AIの台頭によってこの制限はなくなり、より多様な業務が自動化されるだろう。

 PwCコンサルティングの18年の報告書によれば、反復作業や計算作業が主体の財務や通信などの分野で自動化が進行中であることが示唆されている。報告書はさらに、日本の雇用の約25%が自動化リスクにさらされると推定している(米国は40%)。自動化がより多くの業種に広がってくると、クリティカルシンキングやクリエーティブシンキング、対人関係のスキルを高めることが次世代にとって重要となる。これらの領域は自動化される可能性が低いからだ。

ベンチャーが雇用創出


 国による管理が適正に行われれば、自動化の進展は日本にとってむしろ好機となるだろう。起業を奨励すれば教育水準が高く、高度な技術を持つ日本人の就職先が増え、AIによる雇用損失を軽減できる。前回このコラムで触れたように大学は、学生や研究者がベンチャービジネスを立ち上げられるイノベーションエコシステムを醸成するという重要な役割を果たす必要がある。サービス業などのソーシャルスキルが大きな役割を果たす産業では自動化は困難で、雇用は今後も継続していく。人文科学を教育するのも大学の役割だ。

 産業界と大学は、政府の支援の下で日本の経済発展を促進する共生関係を築くことで、それまでの価値観を変えるような破壊的技術の到来に対処できる。そのような技術が現実化する前に、政府はAIと自動化が雇用や富の分配にもたらす影響を考慮し、新技術開発のルールづくりや指導を始める必要がある。そしてビジネスリーダーは各自の戦略プランにAIの潜在的な役割や影響を取り込んでいかなければならない。

 AIがいつ私たちの社会に統合されるのかは不明だが、それが起こることはほとんど不可避である。我々はその日に向けて準備しなければならない。
【略歴】77年独ハイデルベルク大博士(分子生物学)。バイオ創薬ベンチャー共同設立、マックス・プランク学術振興協会会長を2期12年務め、17年から現職。シーメンス社の技術革新カウンシル議長を兼務。68歳。
日刊工業新聞2018年8月27日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
次回はKPMGコンサルティング社長の宮原正弘氏です

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