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“消滅可能性都市”で起きる映画館戦争、挑む男とその夢
連載・映画館 新時代(4)
東京・池袋が映画の街として一層活気付こうとしている。2019―20年に二つの大型シネマコンプレックスが相次ぎ開業する。また、池袋のある豊島区は映画を含めた文化の活用を前面に、にぎわいを創出する都市再生を推進している。シネコンを開業する予定の興行会社は、集客力の向上につながると期待する。一方、2つのシネコンは近接地で開発が進んでおり、開業後には激しい集客合戦が繰り広げられそうだ。
JR池袋駅東口から徒歩4分。商業施設の開発が進む工事現場に毎日のように通う男がいる。シネマコンプレックス「シネマサンシャイン」を運営する佐々木興業(東京都豊島区)の佐々木伸一社長だ。同社は、東急不動産が開発するその商業施設の目玉として、19年夏に大型シネコンを開業する。12スクリーンを構える首都圏最大級のシネコンだ。
佐々木社長にとって大型シネコンの開発は悲願だった。「大型シネコンが3つある新宿は、年800万人を映画館に集客する力がある。これに対し、池袋は200万人にとどまる。これはしっかりしたインフラが提供できていない我々の責任。85年に(シネコンの)『シネマサンシャイン池袋』を開業し、実質の創業地である池袋に恩返しする意味でも日本一の映画館を作りたい思いがあった」(佐々木社長)。
大型シネコンの計画には14年に商業施設付きで土地を取得し、再開発を試みる形で着手した。開発後の計画について既存テナントとの調整に時間を要したが、東急不動産の協力を得て17年夏に着工した。苦節4年、完成が迫っている。
一方、池袋を中心とする豊島区では佐々木社長をやきもきさせるまちづくりの計画が進む。「国際アート・カルチャー都市構想」だ。
豊島区がこの都市構想を掲げたのは15年。その前年に民間の会議体「日本創成会議」によって東京23区で唯一の「消滅可能性都市」に位置付けられ、危機感を覚えたのがきっかけだ。
豊島区政策経営部の馬場晋一国際アート・カルチャー都市推進室長は「高野之夫豊島区長は1999年の就任から財政健全化のほか、文化によるまちづくりを進めて街の雰囲気を改善してきていた。その矢先に“消滅可能性都市”に指定されたため、ショックを受けた。そこで緊急対策会議を開き、文化を軸に“消滅可能性都市”から持続発展できる都市に転換する構想を打ち出した」と説明する。
消滅可能性都市:少子化や人口流出に歯止めがかからず、存続できなくなるおそれがある自治体。2010年から2040年までの間に20~39歳の女性の人口が5割以下に減少すると推計される自治体。全国の市区町村の約半数が該当する。>
こうして誕生した都市構想では、豊島区が持つ文化や芸術を通じたにぎわいの創出を主要施策に掲げ、2020年に向けて劇場や公園を整備する。この動きに対して佐々木興業の佐々木社長は「観客が映画を楽しむ場所を選ぶ場合は映画館の魅力はもちろん、その街で鑑賞後などに楽しめるかどうかも基準になる。行政が街として(映画を含めた)文化や芸術を盛り上げてくれるのはありがたい」と述べる。しかし同時に危機感も感じている。
国際・アートカルチャー都市構想を実現する中核拠点として20年夏にグランドオープンする「Hareza(ハレザ)池袋」において、TOHOシネマズ(東京都千代田区)が10スクリーンを持つ大型シネコンを開業するからだ。しかも自社の大型シネコンの建設地とハレザ池袋は目と鼻の先にある。
佐々木社長は「互いに切磋琢磨して街を盛り上げたい」と強調するが、心中穏やかでない。「TOHOシネマズは業界トップ。競合としては本当に強い相手がきたというのが率直な感想。どう対抗するかと問われても答えることが難しい」と本音も漏らす。ただ、それでも自らが開業する新たなシネコンの計画に意識を集中し、前を向く。
佐々木社長には忘れられない体験がある。1978年、小学6年生の夏休みに小遣いを握りしめて一人映画館に行った。中学受験を控えていたが、どうしても見たい映画があった。「スター・ウォーズ」だ。「ストーリーの良さはもちろん、それまで見たこともない映像を体験した。音楽も素晴らしく映画の魅力のすべてがあった。私にとってスター・ウォーズは生涯ベストの映画であり続けている」(佐々木社長)。
スター・ウォーズはその後、シリーズを重ね、19年末には現3部作を締めくくる「エピソード9」が公開される見込みだ。佐々木社長は「最新の設備による最高の環境で当時の自分のような子どもに見て欲しい。それを我々の映画館で実現するのが夢」と笑う。
シネコンは街や商業施設の集客装置として不動産会社などの期待が大きい。例えば15年には東京都世田谷区の東急線「二子玉川」駅周辺の再開発によって誕生した「109シネマズ二子玉川」が注目を集めた。商業施設「二子玉川ライズ」の第2期事業の中で開業し、ライズの集客力を押し上げる要因になった。109シネマズ二子玉川が開業した15年度の来館者数は前年度比61%増の3086万人に上った。
「109シネマズ」を運営する東急レクリエーション(東京都渋谷区)の山下喜光取締役は「商圏の民度を考えてロビーを大きくするなど贅沢な作りにした。それが奏功した。東急グループが映画館はまちづくりの重要なツールと考えてくれるよいきっかけになった」と胸を張る。
【01】映画館の“アトラクション化”その裏にあるシネコンの自負と危機(9月7日公開)
【02】VR映画の道のりは厳しいが…仕掛け人が語る東映の勝算(9月8日公開)
【03】シネコンが奪い合う!“爆音映画祭“ファン拡大中(9月9日公開)
【04】“消滅可能性都市”で起きる映画館戦争、挑む男とその夢(9月10日公開)
【05】ライブ・ビューイング市場、成長のカギは“演歌”が握る(9月11日公開)
悲願の巨大シネコン開発
JR池袋駅東口から徒歩4分。商業施設の開発が進む工事現場に毎日のように通う男がいる。シネマコンプレックス「シネマサンシャイン」を運営する佐々木興業(東京都豊島区)の佐々木伸一社長だ。同社は、東急不動産が開発するその商業施設の目玉として、19年夏に大型シネコンを開業する。12スクリーンを構える首都圏最大級のシネコンだ。
佐々木社長にとって大型シネコンの開発は悲願だった。「大型シネコンが3つある新宿は、年800万人を映画館に集客する力がある。これに対し、池袋は200万人にとどまる。これはしっかりしたインフラが提供できていない我々の責任。85年に(シネコンの)『シネマサンシャイン池袋』を開業し、実質の創業地である池袋に恩返しする意味でも日本一の映画館を作りたい思いがあった」(佐々木社長)。
大型シネコンの計画には14年に商業施設付きで土地を取得し、再開発を試みる形で着手した。開発後の計画について既存テナントとの調整に時間を要したが、東急不動産の協力を得て17年夏に着工した。苦節4年、完成が迫っている。
都市再生の拠点がライバル
一方、池袋を中心とする豊島区では佐々木社長をやきもきさせるまちづくりの計画が進む。「国際アート・カルチャー都市構想」だ。
豊島区がこの都市構想を掲げたのは15年。その前年に民間の会議体「日本創成会議」によって東京23区で唯一の「消滅可能性都市」に位置付けられ、危機感を覚えたのがきっかけだ。
豊島区政策経営部の馬場晋一国際アート・カルチャー都市推進室長は「高野之夫豊島区長は1999年の就任から財政健全化のほか、文化によるまちづくりを進めて街の雰囲気を改善してきていた。その矢先に“消滅可能性都市”に指定されたため、ショックを受けた。そこで緊急対策会議を開き、文化を軸に“消滅可能性都市”から持続発展できる都市に転換する構想を打ち出した」と説明する。
こうして誕生した都市構想では、豊島区が持つ文化や芸術を通じたにぎわいの創出を主要施策に掲げ、2020年に向けて劇場や公園を整備する。この動きに対して佐々木興業の佐々木社長は「観客が映画を楽しむ場所を選ぶ場合は映画館の魅力はもちろん、その街で鑑賞後などに楽しめるかどうかも基準になる。行政が街として(映画を含めた)文化や芸術を盛り上げてくれるのはありがたい」と述べる。しかし同時に危機感も感じている。
国際・アートカルチャー都市構想を実現する中核拠点として20年夏にグランドオープンする「Hareza(ハレザ)池袋」において、TOHOシネマズ(東京都千代田区)が10スクリーンを持つ大型シネコンを開業するからだ。しかも自社の大型シネコンの建設地とハレザ池袋は目と鼻の先にある。
佐々木社長は「互いに切磋琢磨して街を盛り上げたい」と強調するが、心中穏やかでない。「TOHOシネマズは業界トップ。競合としては本当に強い相手がきたというのが率直な感想。どう対抗するかと問われても答えることが難しい」と本音も漏らす。ただ、それでも自らが開業する新たなシネコンの計画に意識を集中し、前を向く。
佐々木社長には忘れられない体験がある。1978年、小学6年生の夏休みに小遣いを握りしめて一人映画館に行った。中学受験を控えていたが、どうしても見たい映画があった。「スター・ウォーズ」だ。「ストーリーの良さはもちろん、それまで見たこともない映像を体験した。音楽も素晴らしく映画の魅力のすべてがあった。私にとってスター・ウォーズは生涯ベストの映画であり続けている」(佐々木社長)。
スター・ウォーズはその後、シリーズを重ね、19年末には現3部作を締めくくる「エピソード9」が公開される見込みだ。佐々木社長は「最新の設備による最高の環境で当時の自分のような子どもに見て欲しい。それを我々の映画館で実現するのが夢」と笑う。
まちづくりとシネコン
シネコンは街や商業施設の集客装置として不動産会社などの期待が大きい。例えば15年には東京都世田谷区の東急線「二子玉川」駅周辺の再開発によって誕生した「109シネマズ二子玉川」が注目を集めた。商業施設「二子玉川ライズ」の第2期事業の中で開業し、ライズの集客力を押し上げる要因になった。109シネマズ二子玉川が開業した15年度の来館者数は前年度比61%増の3086万人に上った。
「109シネマズ」を運営する東急レクリエーション(東京都渋谷区)の山下喜光取締役は「商圏の民度を考えてロビーを大きくするなど贅沢な作りにした。それが奏功した。東急グループが映画館はまちづくりの重要なツールと考えてくれるよいきっかけになった」と胸を張る。
「映画館 新時代」5回連載
【01】映画館の“アトラクション化”その裏にあるシネコンの自負と危機(9月7日公開)
【02】VR映画の道のりは厳しいが…仕掛け人が語る東映の勝算(9月8日公開)
【03】シネコンが奪い合う!“爆音映画祭“ファン拡大中(9月9日公開)
【04】“消滅可能性都市”で起きる映画館戦争、挑む男とその夢(9月10日公開)
【05】ライブ・ビューイング市場、成長のカギは“演歌”が握る(9月11日公開)
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