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野口悠紀雄インタビュー「長く続いた時代には個性的な人物が登場する」

世界史を創ったビジネスモデルとは
野口悠紀雄インタビュー「長く続いた時代には個性的な人物が登場する」

野口悠紀雄氏・一橋大学名誉教授

 ―日本人は歴史を学ぶのを好む気もしますが、歴史に学べていないのはなぜですか。
 「戦国時代などの限られた狭い話が多いから。日本史はスケールが小さい。それに比べ、ローマ帝国や海洋国家英国の歴史は面白い。実際、歴史自体を勉強しても意味がない面はあるが、そこに何を見いだすか、歴史に学べるか否かが問われる」

 ―それではなぜ古代ローマや大航海時代を考察されたのですか。
 「一つの体制は長ければよいわけではないが、長く続いた時代には理由がある。しかも、これらの時代に登場する人物は実に個性的で、興味を持てるからだ」

 ―ローマが繁栄できたのは。
 「分権化した国家機構、小さな官僚組織、自由な経済活動、戦乱の時代が終わった後の平和国家のビジネスモデルによるところが大きい。これらを作ったアウグストゥスという天才政治家の存在が大きい」

 ―それに対して海洋国家の英国はどうでしょうか。
 「エリザベスI世は自由な海が富をもたらすことを知り、陸上での領土争いに軍事力を使わず、海に可能性を求めるべきことを意識していたはず。正真正銘の海賊行為を実質的には国の事業としてやり、財政破綻を免れた」

 ―時代に応じて、必要な英雄は生まれる。それはナポレオンやネルソンという名を持つ人である必然性はないとも書かれています。
 「その通り。時代状況がそれを打破するための革命児を送り出す。改革者の名前には意味がない」

 ―米アップルのスティーブ・ジョブズは米国で生産しないという選択をしました。国にとっては不経済では。
 「大統領選でトランプ候補は、iPhone(アイフォーン)は米国内で製造すべきだと主張した。だが、ジョブズの作ったビジネスモデルは工場のない製造業。こうした産業革命的変化を起こせる人物の出現は多様性を認める社会からでないと出てこない」

 ―日本企業の役割は従来、雇用を守ることでしたが、21世紀の企業はどうあるべきでしょうか。
 「日本企業、特に日本の製造業の問題は過剰な雇用を調整できないことにある。雇用維持が優先され、ビジネスモデルの転換ができず、国際競争力を失っている。そういう発想ではダメだ」

 ―60年代後半に描かれた「知識集約型」産業という理想からどう転換すべきでしょうか。
 「日本企業が『知識集約』になっていると思われますか。残念ながら、そうなっていない。モノづくりが全てで、転換するにも遅過ぎた。師匠の前例を踏襲する日本型システムから米アップルや米グーグルは現れない」

 ―ベストセラーの『「超」整理法』に救われたビジネスパーソンは数知れず存在しますが。
 「それ以前に整理法の具体的ノウハウが書かれた本は存在しなかった。分類を前提とする手法では図書館のように多くのスタッフが居なければ成立しない。だから回答になっていなかった。(他の著者の作品で)捨てることを主眼とした本も売れたが、怒りさえ覚えた。人類は捨てないことで発展してきたのだから」
(聞き手=鈴木景章)
【略歴】
野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)一橋大学名誉教授 63年(昭38)東大工卒。64年大蔵省(現財務省)入省。一橋大教授、東大教授、スタンフォード大客員教授などを経て、05年早大院ファイナンス研究科教授。現在は早大ファイナンス総合研究所顧問、一橋大名誉教授。東京都出身、76歳。近著『世界史を創ったビジネスモデル』(新潮社)
日刊工業新聞2017年8月7日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
 検索エンジンに 野口悠紀雄 ベストセラー と入れると出てくるのはやはり「超」シリーズ。原稿でも触れたが、特に『「超」整理法』に救われたビジネスパーソンは数知れず存在すると私は思う。発言中で固有名詞を敢えて出さなかったが、対極にある否定すべき話は『捨てる技術』。これには立花隆氏も本気で噛みついていたが、野口先生も同様だったので安心した。私事だが、拙宅では机にものを載せていると、帰宅時には捨てられている。技術ではなく家人は作業として、捨て続けている。怠惰な夫への最大の励ましなのだろうが、新聞記者の家庭とは思えない事態が15年も続いているのだから異常だ。  話を戻すが、野口先生の経済の見方には歴史感が大きく反映している。最近も『戦後経済史 私たちはどこでまちがえたのか』(東洋経済新報社)、『日本経済入門』(講談社)と、初学者にもわかりやすく書かれた近著は、わが国の現在を検証する際に参考になる。先生の衰えない意欲にも大いに学びたいと素直に反省させられる充実した取材だった。 (日刊工業新聞中小企業部・鈴木景章)

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