戦国・動画配信 停滞するNetflix、手堅いドコモ、備え急ぐ民放…
早くも淘汰の波
定額動画配信サービス市場に嵐が吹き荒れている。外資系や携帯電話大手などの事業者が入り乱れているほか、民放も新会社を発足するなど成長市場を虎視眈々(たんたん)と狙う。シェア争いは激化の一途をたどっており、顧客が思うように獲得できず撤退する事業者が出始めた。
2015年秋。一つの定額動画配信サービスが“黒船”として日本市場に参入し、テレビ業界などを震撼(しんかん)させた。当時、全世界で6500万人もの会員数を誇っていた米Netflix(ネットフリックス)だ。あれから間もなく2年。同社の担当者は日本市場の現状について「会員数は良い形で上向いている」と説明するが、黒船と呼ばれたほどの勢いは感じられない。
スポーツ動画配信サービスは「ダ・ゾーン」と「スポナビライブ」の二つが競合する一方、映画やドラマなどが見放題となる定額動画配信サービスは乱立気味だ。
携帯大手や外資、民放などが参入しシェアを争う。現状では既存事業の顧客基盤を生かした事業者が優位に立つ。参入時に高い注目を集めながら、顧客基盤の乏しさから存在感を示せないサービスもある。
調査会社の「GEM Partners」(東京都渋谷区)によると、国内の定額動画配信市場におけるネットフリックスのシェアは16年時点で4・2%の7位にとどまる。
この背景について、同社の前川佳輝シニア・マネージャーは「米国に比べて日本では元々の認知度がない分、会員数は増えているものの、時間を要しているようだ」と推察する。他の業界関係者からは「参入時のマーケティングがうまくいかなかったのでは」という指摘も聞かれる。
ネットフリックスは07年に米国で動画配信サービスを開始。ケーブルテレビと比べて割安なサービスが人気を集めて普及した。
元々、米国ではDVDレンタルを展開しており、一定の顧客基盤を持っていた。日本とは異なり、動画配信サービスを提供していく足がかりがあったというわけだ。
日本国内におけるネットフリックスの苦戦の理由と連動するように、国内のシェア上位には高いマーケティング力を持つサービスが並ぶ。
シェア首位のNTTドコモの「dTV」はスマートフォン利用者という強固な顧客基盤を持ち、全国には「ドコモショップ」2400店舗の販売チャンネルも有する。
同2位の「Hulu」は14年4月に日本テレビ傘下に入って会員数が拡大。運営するHJホールディングス(東京都港区)の担当者は「日テレの番組と連動したプロモーションが会員数の獲得につながっている」と説明する。
一方、今後の動画配信市場の拡大に伴い、ネットフリックスの浮上を予想する業界関係者は少なくない。独自に制作したドラマや映画が業界内で高く評価されており、17年には同社の作品が米アカデミー賞を獲得した。競合他社からも「ネットフリックスの独自コンテンツは質が高い」という声が漏れるほどだ。
動画配信サービスが一段と普及し、利用者が複数のサービスの中から選ぶようになれば、独自コンテンツは勝敗を分ける重要なポイントになる。
ネットフリックスの担当者は「今後も国内向け独自コンテンツに力を入れていく」と意気込む。その力は日本市場参入の成否を分けそうだ。
インターネットイニシアティブ(IIJ)と日本テレビが2016年12月に設立したJOCDN(東京都千代田区)。動画配信サービス向け基盤を提供する会社だ。
その出資者の欄には、在阪や在名を含む全てのキー局などの社名がずらりと並ぶ。出資が完了したのは、新会社を設立してからわずか4カ月。キー局の反応はJOCDNにとっても想像以上だった。同社の福田一則取締役は「ここまで短期間で出資が集まるとは思わなかった」と目を丸くする。
動画配信サービス市場に対する民放各社の動きが慌ただしさを増している。JOCDNに対し4月までに全キー局が出資したほか、TBSとテレビ東京はWOWOWなどと共同で動画配信サービスの新会社を7月に発足した。テレビ離れなどが進む中で、拡大する動画配信市場への備えを急ぐ民放各社の思惑が透けて見える。
JOCDNは高品質な動画配信を支える「コンテンツ・デリバリー・ネットワーク(CDN)」サービスを展開する。日テレは14年4月に動画配信サービス「Hulu(フールー)」を傘下に収めるなど、同サービスに積極的に投資してきた。
ただ、ビジネスの拡大に伴いCDNコストの負担が重しとなり、その軽減策を模索。CDN会社の自社運営が有効と考え、JOCDNを立ち上げた。
テレビ離れと動画配信市場の成長という難局を迎える中、他の民放も同様の悩みを抱えていると見込み、自社の負担を減らすために出資を呼びかけた。民放各社はその思惑通りに動いたというわけだ。
一方、TBSやテレビ東京などが設立した新会社は、18年4月に動画配信サービスを開始。独自コンテンツも配信していく。
TBSの武田信二社長は「これまで我々は他社の動画配信サービスにコンテンツを供給してきた。(新会社の発足は)大きな方針転換になる」と強調。事業拡大に意欲を見せる。
テレビ東京の髙橋雄一会長は「配信事業に将来性を感じている。(各社が)多様な配信サービスを提供し、しのぎを削る時代がやってくる。他社と組むことでコンテンツの調達能力が高められる」と力を込める。
こうしたコンテンツの制作力などを持つ放送事業者同士のタッグに対し、既存の動画配信サービス事業者は警戒感を示す。米ネットフリックスの担当者は「強力な競争相手になり得る」と話す。ただ、テレビを本業とする民放が、動画配信にどの程度力を注いでいくかは不透明だ。
調査会社の「GEM Partners」(東京都渋谷区)の前川佳輝シニア・マネージャーは「(民放が)動画配信サービスをテレビの補完とするのか、主力に位置付けるのか。
それによって市場への影響は変わる」と指摘する。民放の動きは、動画配信市場において台風の目となるか。民放の本気度が試される。
動画配信サービスは市場の成長に伴い、新規参入が相次いだ。サービスの件数は飽和状態に陥り、市場には淘汰(とうた)の波が押し寄せつつある。
「6月30日をもって終了しました」―。ゲオホールディングスの定額動画配信サービス「ゲオチャンネル」のホームページには、こうした文言が掲載された。2016年2月の提供開始から、わずか1年4カ月で幕を閉じた。早期に100万件という会員獲得目標を掲げてスタートしたが「会員数が思うように伸びなかった」(ゲオホールディングス)という。
野村総合研究所によると、動画配信市場は15年度の1531億円から22年度に4割増の2188億円まで拡大する見通し。一方で市場の成長を期待し、多様な企業が参入した。
IT調査会社のMM総研(東京都港区)によると、動画配信サービスの件数は60件程度にも上る。MM総研の加太(かぶと)幹哉研究課長は「一部のサービスを除けば配信コンテンツは横並びになっており、利用者が選ぶ動機が働かない。今後、淘汰される事業者は増えるだろう」と予測する。
こうした淘汰の波に対し、同サービスを展開する携帯電話大手も危機感を募らせる。スマートフォン利用者という潤沢な顧客基盤と、携帯ショップという強固な販売チャンネルを持ち、シェア争いで優位に立つが、それでも競合相手の攻勢にさらされている。
KDDIはau顧客向けに動画配信サービス「ビデオパス」を提供しているが、ビデオパス加入者の他の動画配信サービスへの流出を懸念する。
同社エンターテインメントビジネス推進部の宮地悟史部長は「オープンな市場には強い競合がいる。それらが『ビデオパス』の加入者を浸食するのは時間の問題」と言い切る。その上で「(独自コンテンツの強化など)特徴付けができればau顧客以外にも展開したい」と、攻守両面から戦略を模索する。
一方、NTTドコモの「dTV」はドコモ利用者以外にも販売しているが、利用者を大きく広げられていない模様だ。同社コンシューマビジネス推進部の山脇晋治デジタルコンテンツサービス担当部長は「(賃貸住宅事業を手がける)不動産事業者などに導入を促し『BツーBツーC』(企業間対消費者)モデルによる利用者拡大を検討している」と顧客基盤の拡大に向けた施策を明かす。
現在の定額動画配信市場について、調査会社「GEM Partners」(東京都渋谷区)の前川佳輝シニア・マネージャーは「各社とも、ほっといても儲(もう)かる水準には達していない。会員を拡大し、儲かる体制を構築している段階」と指摘する。
ただし「一度(儲かる体制が)整えば定額制は安定的に収益が入る。新規の投資もしやすくなり、さらに会員数を増やせる良い循環になる」と続ける。
今後、市場の成長に伴い、強いサービスは加速度的に強く、弱いサービスはさらに弱くなるとみられる。多様なサービスがシェアを争う“戦国時代”は、いずれ終わりを迎え、差別化したサービスがそれぞれ得意な市場を占有する列強の時代が到来する。
(文=葭本隆太)
2015年秋。一つの定額動画配信サービスが“黒船”として日本市場に参入し、テレビ業界などを震撼(しんかん)させた。当時、全世界で6500万人もの会員数を誇っていた米Netflix(ネットフリックス)だ。あれから間もなく2年。同社の担当者は日本市場の現状について「会員数は良い形で上向いている」と説明するが、黒船と呼ばれたほどの勢いは感じられない。
スポーツ動画配信サービスは「ダ・ゾーン」と「スポナビライブ」の二つが競合する一方、映画やドラマなどが見放題となる定額動画配信サービスは乱立気味だ。
携帯大手や外資、民放などが参入しシェアを争う。現状では既存事業の顧客基盤を生かした事業者が優位に立つ。参入時に高い注目を集めながら、顧客基盤の乏しさから存在感を示せないサービスもある。
調査会社の「GEM Partners」(東京都渋谷区)によると、国内の定額動画配信市場におけるネットフリックスのシェアは16年時点で4・2%の7位にとどまる。
この背景について、同社の前川佳輝シニア・マネージャーは「米国に比べて日本では元々の認知度がない分、会員数は増えているものの、時間を要しているようだ」と推察する。他の業界関係者からは「参入時のマーケティングがうまくいかなかったのでは」という指摘も聞かれる。
ネットフリックスは07年に米国で動画配信サービスを開始。ケーブルテレビと比べて割安なサービスが人気を集めて普及した。
元々、米国ではDVDレンタルを展開しており、一定の顧客基盤を持っていた。日本とは異なり、動画配信サービスを提供していく足がかりがあったというわけだ。
日本国内におけるネットフリックスの苦戦の理由と連動するように、国内のシェア上位には高いマーケティング力を持つサービスが並ぶ。
シェア首位のNTTドコモの「dTV」はスマートフォン利用者という強固な顧客基盤を持ち、全国には「ドコモショップ」2400店舗の販売チャンネルも有する。
同2位の「Hulu」は14年4月に日本テレビ傘下に入って会員数が拡大。運営するHJホールディングス(東京都港区)の担当者は「日テレの番組と連動したプロモーションが会員数の獲得につながっている」と説明する。
一方、今後の動画配信市場の拡大に伴い、ネットフリックスの浮上を予想する業界関係者は少なくない。独自に制作したドラマや映画が業界内で高く評価されており、17年には同社の作品が米アカデミー賞を獲得した。競合他社からも「ネットフリックスの独自コンテンツは質が高い」という声が漏れるほどだ。
動画配信サービスが一段と普及し、利用者が複数のサービスの中から選ぶようになれば、独自コンテンツは勝敗を分ける重要なポイントになる。
ネットフリックスの担当者は「今後も国内向け独自コンテンツに力を入れていく」と意気込む。その力は日本市場参入の成否を分けそうだ。
補完か主力か、試される本気度
インターネットイニシアティブ(IIJ)と日本テレビが2016年12月に設立したJOCDN(東京都千代田区)。動画配信サービス向け基盤を提供する会社だ。
その出資者の欄には、在阪や在名を含む全てのキー局などの社名がずらりと並ぶ。出資が完了したのは、新会社を設立してからわずか4カ月。キー局の反応はJOCDNにとっても想像以上だった。同社の福田一則取締役は「ここまで短期間で出資が集まるとは思わなかった」と目を丸くする。
動画配信サービス市場に対する民放各社の動きが慌ただしさを増している。JOCDNに対し4月までに全キー局が出資したほか、TBSとテレビ東京はWOWOWなどと共同で動画配信サービスの新会社を7月に発足した。テレビ離れなどが進む中で、拡大する動画配信市場への備えを急ぐ民放各社の思惑が透けて見える。
JOCDNは高品質な動画配信を支える「コンテンツ・デリバリー・ネットワーク(CDN)」サービスを展開する。日テレは14年4月に動画配信サービス「Hulu(フールー)」を傘下に収めるなど、同サービスに積極的に投資してきた。
ただ、ビジネスの拡大に伴いCDNコストの負担が重しとなり、その軽減策を模索。CDN会社の自社運営が有効と考え、JOCDNを立ち上げた。
テレビ離れと動画配信市場の成長という難局を迎える中、他の民放も同様の悩みを抱えていると見込み、自社の負担を減らすために出資を呼びかけた。民放各社はその思惑通りに動いたというわけだ。
一方、TBSやテレビ東京などが設立した新会社は、18年4月に動画配信サービスを開始。独自コンテンツも配信していく。
TBSの武田信二社長は「これまで我々は他社の動画配信サービスにコンテンツを供給してきた。(新会社の発足は)大きな方針転換になる」と強調。事業拡大に意欲を見せる。
テレビ東京の髙橋雄一会長は「配信事業に将来性を感じている。(各社が)多様な配信サービスを提供し、しのぎを削る時代がやってくる。他社と組むことでコンテンツの調達能力が高められる」と力を込める。
こうしたコンテンツの制作力などを持つ放送事業者同士のタッグに対し、既存の動画配信サービス事業者は警戒感を示す。米ネットフリックスの担当者は「強力な競争相手になり得る」と話す。ただ、テレビを本業とする民放が、動画配信にどの程度力を注いでいくかは不透明だ。
調査会社の「GEM Partners」(東京都渋谷区)の前川佳輝シニア・マネージャーは「(民放が)動画配信サービスをテレビの補完とするのか、主力に位置付けるのか。
それによって市場への影響は変わる」と指摘する。民放の動きは、動画配信市場において台風の目となるか。民放の本気度が試される。
強いサービスは加速度的に強く
動画配信サービスは市場の成長に伴い、新規参入が相次いだ。サービスの件数は飽和状態に陥り、市場には淘汰(とうた)の波が押し寄せつつある。
「6月30日をもって終了しました」―。ゲオホールディングスの定額動画配信サービス「ゲオチャンネル」のホームページには、こうした文言が掲載された。2016年2月の提供開始から、わずか1年4カ月で幕を閉じた。早期に100万件という会員獲得目標を掲げてスタートしたが「会員数が思うように伸びなかった」(ゲオホールディングス)という。
野村総合研究所によると、動画配信市場は15年度の1531億円から22年度に4割増の2188億円まで拡大する見通し。一方で市場の成長を期待し、多様な企業が参入した。
IT調査会社のMM総研(東京都港区)によると、動画配信サービスの件数は60件程度にも上る。MM総研の加太(かぶと)幹哉研究課長は「一部のサービスを除けば配信コンテンツは横並びになっており、利用者が選ぶ動機が働かない。今後、淘汰される事業者は増えるだろう」と予測する。
こうした淘汰の波に対し、同サービスを展開する携帯電話大手も危機感を募らせる。スマートフォン利用者という潤沢な顧客基盤と、携帯ショップという強固な販売チャンネルを持ち、シェア争いで優位に立つが、それでも競合相手の攻勢にさらされている。
KDDIはau顧客向けに動画配信サービス「ビデオパス」を提供しているが、ビデオパス加入者の他の動画配信サービスへの流出を懸念する。
同社エンターテインメントビジネス推進部の宮地悟史部長は「オープンな市場には強い競合がいる。それらが『ビデオパス』の加入者を浸食するのは時間の問題」と言い切る。その上で「(独自コンテンツの強化など)特徴付けができればau顧客以外にも展開したい」と、攻守両面から戦略を模索する。
一方、NTTドコモの「dTV」はドコモ利用者以外にも販売しているが、利用者を大きく広げられていない模様だ。同社コンシューマビジネス推進部の山脇晋治デジタルコンテンツサービス担当部長は「(賃貸住宅事業を手がける)不動産事業者などに導入を促し『BツーBツーC』(企業間対消費者)モデルによる利用者拡大を検討している」と顧客基盤の拡大に向けた施策を明かす。
現在の定額動画配信市場について、調査会社「GEM Partners」(東京都渋谷区)の前川佳輝シニア・マネージャーは「各社とも、ほっといても儲(もう)かる水準には達していない。会員を拡大し、儲かる体制を構築している段階」と指摘する。
ただし「一度(儲かる体制が)整えば定額制は安定的に収益が入る。新規の投資もしやすくなり、さらに会員数を増やせる良い循環になる」と続ける。
今後、市場の成長に伴い、強いサービスは加速度的に強く、弱いサービスはさらに弱くなるとみられる。多様なサービスがシェアを争う“戦国時代”は、いずれ終わりを迎え、差別化したサービスがそれぞれ得意な市場を占有する列強の時代が到来する。
(文=葭本隆太)
日刊工業新聞2017年7月21日/24日/25日