歴史の違う3社が結集した“東北・トヨタ”、託された小型車への挑戦
「国内第3の生産拠点」創意工夫で課題克服
トヨタ自動車が「国内第3の生産拠点」と位置付ける東北の地で、トヨタ自動車東日本(TMEJ、宮城県大衡村)が奮闘している。担当車種が小型車ゆえの課題や苦労と向き合い、創意工夫で乗り越える施策を打つ。関東自動車工業、セントラル自動車、トヨタ自動車東北の3社が統合し、7月で設立5周年を迎えたTMEJ。重要拠点として、これから一段と成果が問われてくる。
「コンパクトカー(小型車)というクルマづくりの基本に立ち返る」。トヨタの豊田章男社長は、5月の決算会見で危機感を隠さなかった。2018年3月期に2期連続の減収減益を見込むトヨタ。「性能や品質の競争力向上を優先し、コストやリードタイムは後回しということになっていないか」(豊田社長)と、疑問を投げかけた。
そこで引き合いに出したのが小型車だった。安全性や快適な室内空間、軽快な走りなどを実現しなければならない小型車だが、安価な価格設定も求められるため収益構造は厳しくなる。競合他社との競争も激しい小型車の収益改善はトヨタの課題といえる。
重責を担うのがTMEJだ。トヨタの本拠地である愛知県、高級車ブランド「レクサス」を生産する九州に次ぎ、トヨタは「国内第3の生産拠点」として東北のTMEJに小型車を託した。
本社を構える宮城大衡工場(宮城県大衡村)では小型ミニバン「シエンタ」や小型車「カローラ」を、岩手工場(岩手県金ケ崎町)では小型ハイブリッド車(HV)「アクア」や小型スポーツ多目的車(SUV)「C-HR」を量産している。
歴史の違う3社が結集したTMEJでは、設立当初の課題の一つが“融合”だった。設立時からトップを務めるTMEJの白根武史社長が施した手法は、工場間のたすき掛け人事。
セントラル自動車が11年に稼働した宮城大衡工場と、関東自動車工業の拠点だった岩手工場のそれぞれの部長数人が、お互いの工場の副部長を半年間兼務後、実際に工場間の部長を入れ替えた。
そうすると新部長が次の人事異動から出身母体の元部下を引っ張ってくるので、自然と融合が促進されたという。「例えば、岩手工場の塗装工程でなにかトラブルがあれば、宮城大衡工場から(部長が)部下を連れて飛んでいく」(白根社長)という。
宮城大衡工場で受注が好調のシエンタの生産が始まった15年には、カローラフィールダーの生産を岩手工場に約1年間移管して急場をしのいだ事例もスムーズにいった。
異質に映るのは東富士工場(静岡県裾野市)。関東自動車工業の元工場で、小型ミニバン「ポルテ/スペイド」「アイシス」のほか、最高級車「センチュリー」なども生産している。
東北の地からは離れているが白根社長は「生産技術と設計・開発部隊が横にいるので、工場の新しい工程計画などを地の利のアドバンテージを生かして取り組み、東北にも展開していく」と強調。道を挟んで隣接する東富士総合センターとの相乗効果の発揮を狙う。
主戦場の東北は愛知県や九州とは違い、完成車メーカーがTMEJしかない。アクアの大ヒットで12年度は約66万台を生産したが、現状生産台数は約50万台。愛知県内の部品メーカー首脳は「小型車の利益率は低い」と東北にある自社拠点の運営の難しさを吐露する。
そこでTMEJが始めたのが「順序生産・順序納入」という手法。約4日前に車両の生産順序を決めるため、部品メーカーは不必要な在庫を持たずに済む。TMEJ1社に集中できる東北ならではの特徴を生かした試みだ。
生産ラインではテコの原理などを用いる「からくり」を多用するのがTMEJの特色。「工場の現場の全員が対象」(梅原武執行役員)という、からくりの認定制度も実施。
現在は約8割の現場従業員が、からくり改善の実績を残した「入門」から「初級」「中級」「上級」「匠(たくみ)」の認定を得ている。高価な設備を導入しにくい小型車の生産ラインだからこそ、コストを抑えながら知恵と工夫で生産効率を高める土壌を育んだ。
そのほか、13年に開所した企業内訓練校「トヨタ東日本学園」では定員20人のうち、5人は地元企業から受け入れて地域の基盤強化を意識。鍛えた若者が10年後に200人、20年後に400人になって東北のモノづくりを支えるとそろばんをはじく。
サプライチェーンの構築も推進し、11年に約100拠点だった東北での調達先は愛知県などからの1次部品メーカーの進出も相まって16年には約140拠点に拡大した。ただ、まだ十分とはいえず、部品メーカーの進出促進や育成は道半ばだ。
―5年間の手応えは。
「現場がオーナーシップを持つことで生産技術も設計者も呼んで、競争力のあるモノづくりを展開していく三位一体の形が取れてきた。東北は自動車産業が乏しかったので、1次部品メーカーや構成品を担う地場企業と一緒にサプライチェーンを広げていく」
―からくりの導入を推進しています。
「AGVは単にモノを運ぶだけでなく、作業者の手元まで持っていくなど皆の知恵と工夫で進めている。できるだけ人手を掛けない。なかなかほかの工場にはないことだ」
―トヨタ自動車が16年4月に導入した小型車のカンパニーの所属になりましたが。
「意思決定のスピードは速くなったが、完結できる力をつけなければいけない。まだまだトヨタの各カンパニーとの連携で仕事をしている。我々がもっと消費者と接点を持ち、ニーズをつかまなければならない」
―将来像は。
「リーン(筋肉質)な開発から生産まで一貫してできる会社にする。コンパクトカーを背負ってグローバルで凌駕(りょうが)できる使命を達成したい」
(文=名古屋・今村博之)
豊田社長の危機感
「コンパクトカー(小型車)というクルマづくりの基本に立ち返る」。トヨタの豊田章男社長は、5月の決算会見で危機感を隠さなかった。2018年3月期に2期連続の減収減益を見込むトヨタ。「性能や品質の競争力向上を優先し、コストやリードタイムは後回しということになっていないか」(豊田社長)と、疑問を投げかけた。
そこで引き合いに出したのが小型車だった。安全性や快適な室内空間、軽快な走りなどを実現しなければならない小型車だが、安価な価格設定も求められるため収益構造は厳しくなる。競合他社との競争も激しい小型車の収益改善はトヨタの課題といえる。
重責を担うのがTMEJだ。トヨタの本拠地である愛知県、高級車ブランド「レクサス」を生産する九州に次ぎ、トヨタは「国内第3の生産拠点」として東北のTMEJに小型車を託した。
本社を構える宮城大衡工場(宮城県大衡村)では小型ミニバン「シエンタ」や小型車「カローラ」を、岩手工場(岩手県金ケ崎町)では小型ハイブリッド車(HV)「アクア」や小型スポーツ多目的車(SUV)「C-HR」を量産している。
工場間のたすき掛け人事
歴史の違う3社が結集したTMEJでは、設立当初の課題の一つが“融合”だった。設立時からトップを務めるTMEJの白根武史社長が施した手法は、工場間のたすき掛け人事。
セントラル自動車が11年に稼働した宮城大衡工場と、関東自動車工業の拠点だった岩手工場のそれぞれの部長数人が、お互いの工場の副部長を半年間兼務後、実際に工場間の部長を入れ替えた。
そうすると新部長が次の人事異動から出身母体の元部下を引っ張ってくるので、自然と融合が促進されたという。「例えば、岩手工場の塗装工程でなにかトラブルがあれば、宮城大衡工場から(部長が)部下を連れて飛んでいく」(白根社長)という。
宮城大衡工場で受注が好調のシエンタの生産が始まった15年には、カローラフィールダーの生産を岩手工場に約1年間移管して急場をしのいだ事例もスムーズにいった。
4日前に決定、順序生産・順序納入
異質に映るのは東富士工場(静岡県裾野市)。関東自動車工業の元工場で、小型ミニバン「ポルテ/スペイド」「アイシス」のほか、最高級車「センチュリー」なども生産している。
東北の地からは離れているが白根社長は「生産技術と設計・開発部隊が横にいるので、工場の新しい工程計画などを地の利のアドバンテージを生かして取り組み、東北にも展開していく」と強調。道を挟んで隣接する東富士総合センターとの相乗効果の発揮を狙う。
主戦場の東北は愛知県や九州とは違い、完成車メーカーがTMEJしかない。アクアの大ヒットで12年度は約66万台を生産したが、現状生産台数は約50万台。愛知県内の部品メーカー首脳は「小型車の利益率は低い」と東北にある自社拠点の運営の難しさを吐露する。
そこでTMEJが始めたのが「順序生産・順序納入」という手法。約4日前に車両の生産順序を決めるため、部品メーカーは不必要な在庫を持たずに済む。TMEJ1社に集中できる東北ならではの特徴を生かした試みだ。
生産ラインではテコの原理などを用いる「からくり」を多用するのがTMEJの特色。「工場の現場の全員が対象」(梅原武執行役員)という、からくりの認定制度も実施。
現在は約8割の現場従業員が、からくり改善の実績を残した「入門」から「初級」「中級」「上級」「匠(たくみ)」の認定を得ている。高価な設備を導入しにくい小型車の生産ラインだからこそ、コストを抑えながら知恵と工夫で生産効率を高める土壌を育んだ。
そのほか、13年に開所した企業内訓練校「トヨタ東日本学園」では定員20人のうち、5人は地元企業から受け入れて地域の基盤強化を意識。鍛えた若者が10年後に200人、20年後に400人になって東北のモノづくりを支えるとそろばんをはじく。
サプライチェーンの構築も推進し、11年に約100拠点だった東北での調達先は愛知県などからの1次部品メーカーの進出も相まって16年には約140拠点に拡大した。ただ、まだ十分とはいえず、部品メーカーの進出促進や育成は道半ばだ。
トヨタ自動車東日本・白根武史社長に聞く
―5年間の手応えは。
「現場がオーナーシップを持つことで生産技術も設計者も呼んで、競争力のあるモノづくりを展開していく三位一体の形が取れてきた。東北は自動車産業が乏しかったので、1次部品メーカーや構成品を担う地場企業と一緒にサプライチェーンを広げていく」
―からくりの導入を推進しています。
「AGVは単にモノを運ぶだけでなく、作業者の手元まで持っていくなど皆の知恵と工夫で進めている。できるだけ人手を掛けない。なかなかほかの工場にはないことだ」
―トヨタ自動車が16年4月に導入した小型車のカンパニーの所属になりましたが。
「意思決定のスピードは速くなったが、完結できる力をつけなければいけない。まだまだトヨタの各カンパニーとの連携で仕事をしている。我々がもっと消費者と接点を持ち、ニーズをつかまなければならない」
―将来像は。
「リーン(筋肉質)な開発から生産まで一貫してできる会社にする。コンパクトカーを背負ってグローバルで凌駕(りょうが)できる使命を達成したい」
(文=名古屋・今村博之)
日刊工業新聞2017年7月20日