「稼ぐ大学」へ、東大や名大などがしかける産学連携の可能性と危うさ

企業から大学への投資を3倍する政府目標は本当に可能なのか

  • 5
  • 10
 大学が“稼ぐ組織”への改革に踏み出そうとしている。政府は企業から大学などへの投資を3倍の年間3500億円に増やす成長戦略を掲げる。研究者同士のつながりによる共同研究から、大学と企業が組織同士で契約して技術と事業を開発する「組織」対「組織」の産学連携への転換を促す。

 東京大学は産学協創推進本部で専門弁護士を雇用し、ベンチャー支援機能を拡充した。名古屋大学は研究の企画段階から企業の声を反映する体制を整備。東京工業大学は2017年度に学長のリーダーシップの下で産学連携部門を強化する。より機動的にプロジェクトを管理、実行する。

 各大学は研究企画や産学連携部門など民間企業の企画や営業にあたる部門を強化している。先行する海外大学は企画や戦略の立案力・実施力に優れ、日本企業から大型資金を獲得してきた。米スタンフォード大学は80人、米マサチューセッツ工科大学は140人以上の営業部隊を抱える。

 日本の大学は企業で言えば営業体制を整えたばかり。企業に投資効果を説明するには、プロジェクト管理機能を備えねばならない。企業の先端的な研究を扱うには、機密管理や進捗管理、計画遅延時の対策など高い管理体制が求められる。

 ただ、体力のある総合大学と比べて中堅大学や地方大学が、独自に体制を整備するのは難しい。複数の大学で技術移転機関(TLO)を共同運営する試みはあるが、苦戦している。全国の大学に改革を促すには、共同運営組織の設置など新たな枠組みも検討しなければならない。

野依JST研究開発戦略センター長に聞く


「事業性優先の共同研究に追われれば、大学のガバナンスが効かなくなる」
 野依良治科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター長は、産学連携の推進について、このままでは混乱を深めると危機感を持つ。専門組織「イノベーション特区」が必要と説く。
野依良治氏

 ―課題の本質は。
「大学は教育と学術研究の場だ。だが産から学への投資は短中期的な産業競争力の強化が主な目的だ。研究者が事業性優先の共同研究に追われれば、大学のガバナンス(統治)が効かなくなる」

 「外部と連携し技術営業や事業開発を担うフロントオフィスと職務教育やコンプライアンス管理、事務局を担うバックオフィス機能を整備すべきだ。『特区』をつくり、研究開発法人や大学を省庁横断的に支えるプラットフォーム機能を整える必要がある」

 ―機能を担うのはどこが適切でしょうか。
「司令塔たる内閣府がふさわしい。JSTは研究資金の配分を担ってきたが研究開発法人に転換した。自ら研究戦略を打ち出し、優秀な人材を集めて研究を実践できる。研究者を抱えない研究機関として未来を実現する」

 ―企業のように統制された組織が必要です。
「まずは『特区』でモデルをつくる。企業には機密管理の点で、大学との共同研究を危ぶむ声がある。パソコン利用の公私混同など情報管理ができず重要な研究を任せられないという企業もある。連携が本当に機能する規律と互恵関係をつくるプロの組織が必要だ」

 ―資金と人材は。
 「米国のように大学教員の雇用期間を年間9カ月にし、残りの3カ月は産学連携研究やベンチャーの運営に充てて自ら稼げる形にすればよい。大学の人件費を減らせ、現在はタダ同然で働かせている大学院生への対価と教育に充てられる。産と学の共創で新しい価値をつくることが社会の要請であり、産学連携の目的が資金獲得になっては本末転倒だ」
(聞き手=小寺貴之)

日刊工業新聞2017年5月5日

COMMENT

小寺貴之
編集局中小企業部
記者

 産学連携への民間資金の3倍増は、大学の資金を多様化する効果もあります。国からの運営費交付金が減少傾向にあるため、大学や国研が民間資金をとって、そこに間接経費を上乗せして、組織運営や次の研究の種まきに使いたいところです。一方、企業からは費用対効果が不透明、または下がるという懸念があります。費用対効果を示すには、研究者はモノに仕上げるか、企業の開発部隊に渡すまでコミットしなければなりません。  論文が書ければ終わりでなくなり、研究が頓挫したら、他の研究者の手や知恵を借りてでも進めないといけなくなります。それが「組織」対「組織」の契約であり、そこまでやらないと大型予算はもらえません。組織として研究の遂行能力を外に示すには、望まない研究者にもチームを組ませる権限を、大学トップが持たないと始まりません。本当に日本の大学に受託開発会社のような機能を望むのかどうかは議論の分かれるところです。  ただ海外の研究開発会社は受託研究もやるし、独自研究もやるしと、両方のバランスを取っています。生き残りを懸けて、どの技術を伸ばし、どんな設備投資をするか、ハードな議論をしています。尖った中小規模の組織なら意思決定もできるのですが、日本の大学の教授たちの民主主義で、そんなハードな議論と選択ができるのか。民主主義すら効かなくなった大学に戦略を練る知恵や実行する体力があるのか、個人的には疑問です。  そんなストレスがないからこそ、研究者には自由な研究環境が保障され、面白い研究もされてきました。受託研究と独自研究のバランスは、どこに落ち着くのかわかりません。中堅以下の私大は、いっそのこと受託研究に特化してしてしまうのも正解かもしれませんし、東大や京大にとっての正解モデルは地方大学では使えないように思います。 <野依先生のインタビューについて>  産学連携への民間資金の3倍増に対して、「資金目的の産学連携になってしまえば本末転倒」と強く牽制します。「本当にイノベーションが期待できるなら、いくらでも資金は集まる」が持論で、まずは大学側に産学連携に応える力や体制がないと始まらないという意見です。  そこで産学連携支援のプラットフォーム創設を提案されていて、内閣府に設置することを提案されています。野依先生は理研の理事長を退任されて現在はJST(文科省所管)に居るのに、JSTではなく内閣府を挙げるところが、野依先生らしいところです。ノーベル賞をとったことのない研究者にはとてもとてもと思うと思います。  産学連携プラットフォームを作ったとしても、ちゃんと機能し出すまでには時間がかかります。経験と人を蓄積させるループをプラットフォームと多大学の間で築かないといけません。やるなら丁寧に進めて欲しいです。省庁間で機能や予算を取り合っていたら、野依先生のいう「本末転倒」になってしまいます。

関連する記事はこちら

特集